第37話 織田信長、シナリオ対策

「信長さん、どうしてあんな勝負受けたんですか! 僕がシナリオ作るだなんて」

 今日はセッション砦ではなく、そのままコウ太の部屋に戻った。部屋に入るなり、さっそく弱音をぶつけた。

「顕如坊主めにわざわざ呼び出されて。勝負を挑まれたからのう」

「でも、負けたら、信長さんを解脱させる……消滅させるって言ってましたよ!? それに、TRPG捨てろって……」

「仮に勝負を受けなかったとしても、顕如坊主はわしを討滅するはずよ。わしに勝負をふっかけたのは、あやつなりにわざわざわしに筋目を通したのじゃ。なれば、受けて立つべきであろう」

「受けて立たなかったとしても、問答無用で信長さんは消されるってことですか?」

「左様。あやつは魔王となったわしが世に地獄を招く前に葬りたいと申した。ならば、わざわざ告げずに黙ってやればよい。勝負を仕掛けるなど、面倒なことなどをせんでもよいはずであろう」

「言われてみれば、確かに……」


 魔王となるべき可能性を持っている織田信長を消滅させたいというなら、本人に告げず黙ってやればよかったのだ。

 ミツアキさんに同調した顕如がわざわざ呼び出したのは、なんのためか?

 信長は、それを顕如が筋目を通したと語った。消滅させるにしても、本人の同意なしにはしないということであろうか? 戦国時代に血みどろの争いをした両雄なのだから、一方を葬り去ることに躊躇ちゅうちょはないはずだ。

 信長を消滅させるためには、同意を取り付ける必要があるのかもしれない。

「わざわざTRPG勝負なんぞを挑んできたのは、何かしらの訳があるはず。コウ太よ、最初から負けるものと考えておっては得るものはない。勝てば顕如坊主がこちらの軍門に降る。さすれば、わしの転生とあの卵の謎を聞き出せるかもしれんぞ。絶好の好機だと、ものの見方を変えてみよ」

 わざわざ敵の方からやってきたというのであれば、チャンスと捉える。

 さすがは織田信長といったところだ。

 桶狭間の今川義元の本陣に切り込んだときも、このように考えていたのだろうか。

 だが、問題がある。コウ太は信長のような英傑ではない、ただのキモオタ卓ゲーマーだ。


「信長さん。シナリオを作るの僕なんですよ? できないです、そんなの」

「わしもTRPGのシナリオなんぞ、まだ大して作れんわ」

「えええええ~……」

「わし、ちょっと前まで戦国大名をやっておっただけで、まだTRPG初心者であろうが。なれば、おぬしがシナリオを作ったほうがよっぽどましよ。わしと顕如坊主は十年来の仇敵じゃ。お互い手の内は知り尽くしておる。おぬしは、わしにとっての奥の手になるのじゃ」

「ま、待ってください! 顕如……ミツアキさんはシナリオ作るのもすごくうまいです。僕、あの人の卓で感動してボロボロ泣いちゃったんですから」

「その卓で顕如坊主が取り憑いた青年はおぬしにこう言うたのだろう? 『このシナリオで泣いてくれるのは、君が純粋で感受性が豊かだからじゃないかな?』とな」

「は、はい。そう言ってもらえましたけど。それが何か……?」

「コウ太、それがおぬしの武器よ――」

「僕の、武器……?」

「よいかコウ太。敵方も、おぬしはよき心を持ち、物事の機微きびを感じ取る力があると認めておるのだ」

 純粋で豊かな感受性が武器となる。そんなことを言われたのは初めてだった。

 褒められたようで嬉しくはあるが、武器というのはどういう意味だろう?

「……それが、僕の武器になるんでしょうか?」

「無論、なる。わしの頃にも茶の湯や数寄が刀槍とうそうに勝る武器にもなったようにな。心が美しゅうあれば相手を喜ばすため邪心なく尽くせる。物事の機微を感じ取れるというなら、微に妙がある名物の良し悪しもわかる。シナリオの作成とて同じではないか?」

「僕、ただ涙もろいだけだと思うんですけど」

「自信を持て、コウ太。おぬしはあやつの卓に入って敵方の出方を知っておる。であればこそ、コウ太がシナリオを自作するのが最善の策……わしの武将としての経験を信じるがよい」

「で、でも、僕は信長さんみたいな戦国武将じゃないんですよ!? 相手は信長さんと渡り合った本願寺顕如なのに!」

「コウ太、おぬしは何か大きな勘違いをしておる」

「勘違い、ですか?」

「戦国武将だとTRPGのシナリオをうまく作れる理屈は――どこにもない!」

「……ああっ!?」

 

 コウ太はそこに気づいた。今さらといえば今さらであった。

 信長は、ダイス事故によって本能寺から召喚されたため、成り行きでTRPGを遊び始めただけである。驚異的な適応能力と柔軟性によって急激な成長を遂げているが、別にTRPGの神でも化身でもない。初心者武将ゲーマーにすぎない。

 冷静に考えれば、戦国武将イコールTRPGがうまいとの思い込みは、単なる錯覚だった。それがたとえ信長相手に十年間対抗してきた本願寺顕如だからといって、必要以上に恐れることはなかったのである。

 現世で出会う武将たちが、何故か軒並みTRPGにはまっているという不思議な偶然があっただけだ。


「そ、それでも駄目なんです、僕……」

 だとしても、コウ太にはシナリオを作るなんてできない。

 仮に作れたとしても、人に見せるなんて、とても……。

「コウ太よ、わしがこの時代に転生したとき、おぬしは『悪魔の卵』の改変シナリオを作ろうとダイスを振っておったではないか。ほれ、あれを見せてみい」

「あ? あ、ああああああれは未完成で……。人に見せるなんてできないです!?」

「いやいや、作りかけであってもそのタブレットPCにはシナリオのデータが残っておるのだろう? わしが直々に吟味ぎんみして進ぜよう」

 信長は、コウ太の未完成シナリオを閲覧しようとタブレットPCに手を伸ばした。

「駄目です――!!」

 思わず、タブレットPCをひったくり、胸に抱えた。見られたくない。

 コウ太の顔は真っ赤に染まり、額には脂汗が滲んでいる。


 ――ああ、信長さんに変に思われた。


 そのくらい、自分でも取り乱していることがわかった。

 目尻には、じんわりと涙が浮かび始めていた。


「……コウ太、おぬし何があった?」 

 ただならぬ様子に、信長もコウ太が心に秘められたものを感じたようであった。

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