第36話 織田信長、TRPGの刃

 信長が現代から戦国時代へと戻り、魔王となって降臨する?

 信じられないが、そもそも信長や武将ゲーマーが現代にいることも信じられない。

 もうこうなった以上、腹をくくって信じるしかないだろう。


「その惨状の中で、私は御仏に一身に祈った。そして真相を悟りました。あなたがダイス事故で四〇〇年後のこの時代に召喚されることも、魔王となることも。本能寺での第六天魔王生誕を阻止すべく、こうして時を超えてきたのです」

「坊主の戯言たわごとなぞ、にわかには信じぬが……。わしも時空を超えてこの時代におる以上、おぬしの言を聞くほかあるまい。存分に申してみよ」

「信長公、あなたがこの時代にやってきたのはTRPGによるダイス事故でありましょう。今、私は『悪魔の卵』を改変し、第六天魔王の降臨を阻止して葬るという動画として公開しております」

 劇団B.O.Z.制作として公開された、あの二〇万再生の動画のことだ。

「百万遍念仏によって私がこの時代にやってこられたように、リプレイ動画再生数二〇万ともなれば念仏大唱和だいしょうわと同じ力を持ちましょう。信長公、あなたの煩悩を消し去って涅槃ねはんへの道行きを示し、輪廻転生りんねてんしょうからの解脱げたつへと導きましょう」

 仏教とは、涅槃の境地に至って輪廻転生からの解脱を目指す教えであった。

 お釈迦様は菩提樹ぼだいじゅの下で涅槃の境地に至って解脱を達成し、二度と生まれ変わることはないと言ったという。

 そういう意味では、坊主は転生者キラーでもある。

 

「できるのか、斯様なことが?」

「私と信長公が時空を超えてここで邂逅した以上、できないことはありますまい。私に従って魔王となる煩悩をすべて捨て去っていただきましょう」

「煩悩を捨てよとな。それはTRPGも含むか?」

「無論のこと」

「えっ!?」

 顕如は、信長を解脱させるためにはTRPGを辞めさせようとしている。

 ダイス事故での転生の原因となったものだから、そうなるのもわからなくもない。

 正確には、過去からの転移かもしれないが、それはきっとどうでもいい。 

 どちらにせよ、コウ太はともに遊んだゲーム仲間を失ってしまうのだ。


「顕如よ、わしがおぬしに従う道理など、どこにもあるまい。おぬしとわしの争いは御上の取り成しで和睦と相成ったはず。それとも、またひといくさするつもりか」

「はい、もう一度あなたに勝負を挑みます。そのために呼び出しました」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 勝負なんて。一緒にゲームして遊ぶんじゃなかったんですか! しかもTRPG辞めろだなんて」

「コウ太くん。君にとってノブさんはただのゲーム仲間かもしれないが、僕と謙虚にとっては、歴史の彼方からやってきた第六天魔王なんだ。その兆候、もう表れているよね?」

「そ、それは……」

 コウ太に語りかけるときは、顕如はミツアキさんの表情に戻る。

 あの不気味な夢、そして頻発する地震、渋谷上空に出現したドラゴン。

 これが魔王顕現の予兆であるというのなら、もうそうだとしか思えない。

 だけど、それでも違うのだ。


「信長さんは、ただTRPGを遊んでいるだけです!」

 声を大にして言いたかった。

 今、ここにいる信長は戦国時代を戦い抜いた褒美として、好きなだけTRPGを満喫しているゲーム好きアラフィフおじさんでしかない。

「そうかもしれない。でも、織田信長はダイス事故で現代に召喚された。だから、もしまたダイス事故が起こったら戦国時代に戻ってしまうことだってあるだろう? 低い確率だから起こらない、なんてことはない」

「でも、僕は……」

「考えてみてくれよ。現代知識を吸収した織田信長が、元の戦国時代に戻れば、それだけで魔王と呼んでいい存在になってしまう。本人の意思がどうあろうとね」

 確かに、このまま信長が過去に戻ってしまえば、現代知識によって魔王といえる存在となろう。

 過去に存在するだけで、歴史が改変されてしまうのだ。

 事実、顕如の本体がいる時代はすでに大きく書き換わっている。


「信長公、私とTRPGでひとつ勝負をしてもらいたい。それが、あなたに向けるTRPGの刃です」

「ほう、TRPG勝負で決すると申すか」

「勝負ったって、TPRGは勝ち負けのない遊びですよ!?」

 この辺は信長にも説明している。TRPGは勝ち負けのない遊びだ。

「本来はそうだね。でも、どっちのセッションが面白かったかなら勝負はできる」

「そ、そういう勝負なんですか?」

「例えば、参加してもらうプレイヤーに投票してもらったり、作成したりプレイ動画の再生数が多いほうが勝ち、とかね」

 TRPG勝負、確かにそれなら勝負はできる。

 大きな口では言えないものの、あのGMは下手、このGMはうまい、あのシナリオは面白い、このシナリオはつまらないという品評事態は、TRPGコミュニティはよくされている。そういう勝負をしようというのだ。

「顕如坊主、つまりわしとおぬしでをするというわけじゃな」

「さすがは信長公、飲み込みが早くて助かります」

 ここにきて、顕如を宿したミツアキさんが柔らかく微笑む。

 立ち会い能とは、猿楽の上演の一種である。複数の一座が演目出し物を演じて、観衆にどちらが面白いものであったかを決めてもらおうというものだ。

「お互いに、四人のプレイヤーを選びましょう。そのプレイヤーを代わる代わるお互いのセッションに招き、どちらが面白かったかを投票で決める。そのセッションをライブ中継し、視聴者からも投票してもらいます。負けた方は、勝った方のいうことをひとつ聞く……いかがか?」

「面白い、その勝負受けて立つ!」

「の、信長さん!?」

「それでこそ信長公です。これは、あなたと私の――セッションデュエル!」

「セッションデュエル!?」

 戦国の遺恨ふたたび、TRPGによるリターンマッチである。

 セッションデュエル、お互いのTRPG力を結集したバトルになるだろう。

 しかし、火花を散らしながらも、どこかふたりとも楽しげに見えるのはコウ太の気のせいであろうか? 


「TRPGの刃、しかと我が喉元に突き立っておるわ。して顕如よ。この勝負、“せっしょんでゅえる”であるから、競うのはセッションの優劣でよいな?」

「そうなります。システムの選択もお互い自由としましょう。セッションでどちらがプレイヤーの評価が高ったほうが勝ち、ですから」

「ならば、シナリオの作成はわし自身でなくてもよいはず」

「構いませんが、自作シナリオでなくてよろしいので?」

「うむ。わしはまだ初心者ゆえ、シナリオの作成はコウ太に任せたい」

 いきなり振られた。何の心の準備もないうちに。

「ふぁああああああっ……!?」

 よってコウ太は奇声を上げることしかできなかった。

 まさか、こんな大一番の場で、信長がGMするためのシナリオを自分が作成するはめになるなんて。

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