第54話 織田信長、時と心の旅路

 ダイスBOTの欠片データを持って、関ヶ原の戦いまで落ちていく。

 絶対に、報復を果たさねばならぬのだ。

 苦しみ苛まれ、無慈悲に殺され、笑顔と喜びを奪われた同胞のためにも。

 あと少し、あと少しだったというのに。

 第六天魔王とも恐れられた織田信長が、魔王になることもせずTRPGを遊び呆けようとは、森宗意軒最大の誤算であろう。

 だが、次の手は残っている。

 関ヶ原で徳川家康の東軍が負ければ、徳川の治世は覆るはずだ。

 その後は、どうなろうと知ったことではない。


 どんなに苦しい中でも、信仰を胸に精一杯生きて笑みを浮かべた人々。

 日々のささやかなことに喜びを見出した、無垢な人々。

 なのに殺戮された同胞たちのことを思えば、その報復を諦めるわけにはいかない。


 ――待て。

 待つがよい、シナリオ仙人森宗意軒よ。


 織田信長が追ってきたようだ。

 思えば、0.00000000000000001%という確率の彼方より受肉させた器だというのに。

 まるで役に立たなかった。それどころか、邪魔をした。


 ――わしは、おぬしに言わねばならぬことがある。


 今さら、何を言うというのだろう?

 島原より数えて、三八〇余年。練りに練った大魔術を打ち砕かれたのだ。


 ――おぬしのシナリオ、練りに練られた見事なシナリオであった。


 まさか、そんなことを言うために飛び込んできたというのだろうか?

 なんのつもりか、見当もつかない。


 ――そう思っておるのは、わしだけではないぞ。よく見てみるがよい。


 何を、見ろというのか……?

 情報を失い、解体されていくというのに。


 ――おぬしへのレスよ。

 一〇〇万PVだけあって感謝と喜びの声に満ちておる。

 確かに、おぬしは恨みを晴らすためにシナリオを作ったのかもしれん。

 しかし、あのシナリオが多くのゲーマーに笑顔と喜びを与えたのじゃ。


 自分のアカウントに来ていたレスを見る。

「ありがとう」「面白かったです」「また遊びます!」「笑いました」「楽しかったです」「みんな喜びました」

 なんなのだ、これは……?

 過去を踏みにじる今と未来に、TRPGによる報いを与えるはずであったのに。

 何故、こんなことに。そうだ、人々の笑顔と喜びのために戦ったはず。

 永きに渡り、奪われ失ったと思っていた。

 まさか、いつの間に、こんな近くにあったのだ……?


 ――シナリオ仙人よ。

 恨みを捨てよとはいわん、許せともいわん。

 だが、おぬしのシナリオが与えた喜びと笑顔。失ったそれより多いと思わんか?


 そうだ、そうだったのだ……。

 憎しみばかりで見失い、わからなかったのだ。

 いつの間にか、笑顔と喜びのために戦って憎しみにまみれていた。

 憎しみにまみれて戦い、いつの間にか笑顔と喜びを生みだしていた。

 これがTRPGがもたらす本来のものか。

 ああ、今度こそ、じっくり遊んでみよう。

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