終章 絢爛エンディング編

第55話 織田信長、戦国のゲームマスター

 あ、あの……! あっ、マイクもう入ってる……?

 ええと、よろしくお願いします、数寄屋コウ太です。

 なんか、すみません。……その、人前に立つの、慣れてないもんで。

 ふう……。では、研究レポート、発表させてもらいます。


 僕のレポートですけど、織田信長についてです。


 前に、町田先生が常識を超えた合理性の持ち主、戦国時代の革命者のイメージは、エンターテイメントの世界の話だって言っておられました。

 僕も、そのとおりだと思うんです。

 では、そのイメージはどこから生まれたんだろうって、考えてみました。

 調べてみると、信長の評価は、戦前だと天皇を助けた勤王家のイメージがありますけど、秀吉のほうが評価されていたようです。

 戦後になって、革新的なイメージが強調され始めたみたいです。江戸時代は神君家康こそが天下人にふさわしいという正統性のために残忍で短気なイメージが強調されました。「鳴かぬなら殺してしまえ不如帰」もそうですし、『絵本太功記えほんたいこうき』では、小田春長おだ はるながとして武智光秀たけち みつひでを辱めます。江戸時代、おおっぴらに戦国武将を題材にできないんでこうなっていますが。


 天下布武っていう言葉の意味も、昔は武力による全国統一を目指したものと思われていましたが、今では近畿五カ国支配で天下静謐のせんを出していますので、畿内の平定を目指したものなんじゃないかと言われるようになりました。近畿五カ国までが限界だったろうというのも、そのとおりなんじゃないかなと思います。

 楽市楽座も、六角定頼ろっかく さだよりや今川氏真のほうが先に政策として実行していて、信長はその影響を受けて踏襲したんじゃないかと言われるようになってきました。


 でも、先進的や革新性が備わっていなくても、信長には有効だと思ったら即実行する行動力、新しいものを取り入れる優れた柔軟性があったと思うんです。

 それと、好奇心と楽しむ気持ちでしょうか?

 別段優しいわけでもなかったですし、見せしめや腹立ち紛れの殺戮もあります。ただ、若い頃から民衆や下々と身分の上下なく交わっていた逸話はいくつかあるようです。

 興味を惹かれるものがあったら飛び込んでいき、目の前になんとかできそうなものがあったらすぐ試してみる……。この点については、既成概念に囚われず、好奇心旺盛で新しいものを好み、なんにでも挑戦してみるという性格のイメージを裏付けるものじゃなかと思います。


 信長が有力大名となったのは、桶狭間の戦いで勝利してから美濃を平定し、天下布武の朱印状を使い始めて上洛した頃です。

 応仁の乱より一〇〇年が経過し、下剋上や勢力争いが常態化していました。

 この中で、信長はさまざまなトライ&エラーを繰り返したのだと思います。

 信長の城攻めの成功率が上がるのは、美濃攻めで付け城戦略を使い始めた頃と言われています。付け城戦略というのは、敵の城を攻略するために自分たちの側に城を築くっていう戦略です。

 のちの長篠の戦いでの野戦築城にも活かされたと思います。


 トライ&エラーですから、挑戦にはエラーという代償がつきものです。

 信長は、トライの分だけエラーも多い武将です。浅井長政の離反で窮地に陥ったり、何回か背かれたり、石山合戦では援軍の毛利方の村上水軍に大敗もしました。

 僕の雑感ですが、戦国の三傑の中でも、エラーのリスクを回避する点は秀吉、エラーを教訓として成長する点は家康が勝っていると思います。

 しかし、トライとフローの点では信長のほうが優れているのではないでしょうか?

 ……あっ、フローっていうのは、経験や学んだことを吐き出すって意味で、ゲームでも重視されるものです。デジタルのゲームでもそうですし、アナログゲームのゲーム、ボードゲームやTRPGでもここが楽しい点で……あっ、あの、TRPG知らない人います? 面白いゲームなんですけど、今は関係なかったですね、すみません!

 ……ええと、話を戻します。


 天下静謐、つまり戦のない世の中――。

 戦国時代のドラマでは、よく武将たちがそれを目指して戦ったように脚色されることがあります。進んで戦争をするのですから、平和な時代の中にいる現代人が共感できるような人物像として誇張される表現の例です。

 戦国時代が好きな人からは、「何、武将にきれいごと言わせてるんだ」って話ですが、フィクションですから戦国時代に詳しい人たちだけじゃなく、興味ない人やちょっと好きって人を引き込むためですから、そういう脚色もありだと思います。

 

 でも、織田信長は本気で戦のない世を目指したように思います。

 別に、平和を愛したとか、そんなんじゃなくて……。

 庶民のお祭りに混ざって太鼓叩いて楽しんだり、相撲や猿楽を楽しんだり、名物を集めたり。安土城も防御機能ないから近畿平定してないと建てる余裕ないわけです。篝火焚いてライトアップしたり、拝観料取って案内したり見せびらかします。

 そういうことって、平和じゃないと楽しめないじゃないですか。楽市楽座も、経済のためもあったかもしれませんが、きっと賑わっている城下を見るのが好きだからってのが理由じゃないでしょうか?

 京都の御前馬揃えなんかも、力の誇示っていうよりは個人の趣味でしょう。

 僕は思うんですけど、遊んだり楽しいことが好きだからといって、ゆるい性格をしているわけじゃないと思うんです。

 真剣に遊ぶ人には、厳しい側面もあります。せっかく楽しみにしていたのに、参加者がふざけていたり手を抜いたら楽しくないですし。

 信長の厳しさと寛容さの二面性って、こういう部分な気がします。


 畿内を治めて大きな勢力になると、今度は他の勢力も一人勝ちをさせるまいと信長包囲網を形成されて窮地に陥ったり、足利義昭との関係悪化も招きました。

 これも、トライした結果の予期せぬエラーだったのでしょう。そして、本能寺の変というエラーで最期を迎えるわけです。

 ですが、この信長のトライは、天下統一というものを人々に意識させることになったはずです。天下を統一すると、戦も起こらなくなるのではないか? 大名にも民衆にも、天下静謐というひとつの目標を示したのではないかと思います。

 ゲームでいう、勝利条件の提示にあたるものです。


 先にも言ったように、戦国時代ですから戦が常態化していて、人が死んだり殺されることも当たり前でした。戦はあるのが普通で、周辺からなくなることを想像できても、日本全国から戦がなくなるなんて想像できる方が少なかったはずです。

 そんな中で、信長がこの具体例を提示したことで、その意識が変わったのではないかと思います。

 天下静謐は、可能なんじゃないか?

 民衆は戦がなくなることで助かり、大名や武士も下剋上で殺されたり血縁同士で殺し合ったり、領土争いをしなくても安堵される、そういう道筋を体現して示した。

 本人はそこまで意識していなかったのかも知れません。

 しかし、結果として戦国の世は信長の示したトライとエラーによって筋道が示され、実際に間近で彼を学んだ秀吉と家康がその終焉に向かわせます。

 天下統一というゲームの盤上に、何人かのプレイヤーをエントリーさせたのです。

 北条や毛利など、この一ゲームにエントリーしなかったプレイヤーは、結果としてこの時代の勝利を得られなかったのは歴史に知るとおりです。

 こうした信長の影響力は、後世の僕たちにも及んでいるのではないでしょうか?


 織田信長なら、何かするんじゃないか?

 織田信長なら、なんとかしてくれるんじゃないか?


 時代の変遷によって、織田信長像は人々の求めに応じて形で変わっていきます。

 時に冷酷非情さが強調され、革新者や野心溢れる人物であったりしました。

 第六天魔王と名乗ったせいで、魔王のような人物として描かれることもあります。女性化されたりモンスターになったりもします。

 ここまでキャラクターの派生が多い戦国武将はいません。

 物語とは、人々が語る可能性なわけで、織田信長がトライによって示した可能性こそが、今でも我々を魅了して織田信長というキャラクターを生むの理由ではないでしょうか?


 僕は、信長は求めに応じてさまざまなキャラクター、役割を演じたと思います。

 TRPGでいう役割演技ロールプレイなのですが、わかるでしょうか?

 信長は、今もフィクションやエンターテイメントでさまざなキャラクターの役割演技ロールプレイをしているように思います。

 今は、自分らしさがいわれる時代ですが、TRPGのGMというのはプレイヤーの求めやシナリオに応じて、魔王もお姫様も、いろんなキャラクターを演じます。

 これってとても楽しい遊びなんです。ロジェ・カイヨワという哲学者は『遊びと人間』という著書の中で遊びを分類していますが、模倣や演劇、ごっこ遊びを〈ミミクリー〉として定義しています。

 信長も、案外演じることを楽しんでいたのかもしれません。

 

 さて、最後にですが……。

 さまざまな役割を演じてきただけあって、信長には多くの異名や仇名があります。

 第六天魔王の他、戦国の覇王、尾張の大うつけ、赤鬼なんてのもありますし、ネットでは、ノッブなんて親しみを込めた愛称もあります。

 僕は、ゲームやTRPGが好きなので、今回の研究では織田信長を趣味であるゲームを通じて理解してみることにしたのです。

 戦国時代というゲームの支配者として勝利によるリソースを分配し、他の大名たちに上位者として停戦を命じもしました。TRPGのGMのように、いくつもの役割を演じました。天下統一というゲームに仲間を引っ張り込み、そんな中でもいろいろなものに興味を示して楽しもうとしました。

 そんな彼に、僕はこの称号を贈り、レポートのタイトルとしたいと思います。


 織田信長、戦国のゲームの達人ノブナガ・ザ・ゲームマスターと――。

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