第56話 織田信長、残された日々
コウ太の研究レポート、『織田信長、戦国のゲームマスター』の発表は終わった。
終わった、というのが雑感である。信長に関して言いたいことは全部言った。
信長が時空の
自分なりに資料を漁り、論文を読み、考えて考えてまとめたものだ。
カイヨワの『遊びと人間』については、“このパパ”岸辺教授に教えてもらった。
「コウ太くん、素晴らしいレポートだったと思います」
席に戻ると、隣のアフリカ系留学生の彼が微笑んでサムズアップで迎えてくれた。もう後期だというのに、コウ太は彼の名前を知らない。
「あの、どうも……」
「私、リカルドです」
「リカルドさん、ですか」
「はい。織田信長のこと、知りたくて日本に留学してきました。その前は少しだけ、ビジネスもやっていましたが」
今時、日本の戦国時代のこと、しかも織田信長のことを勉強しようと思って留学してくるなんてすごい意欲だと、コウ太は感心した。
「でも、リカルドさん。どうして信長なんですかね?」
「私、自分のルーツ調べました。どうやら、モザンビークのようなのです」
「あっ! モザンビークって、
「そうです、私と同じ黒人です。彼のことを知って、とても誇りに思っていました。遠い国に行って、奴隷ではなく侍になった戦士がいたのですから」
弥助――。宣教師ヴァリニャーノが連れてきた黒人奴隷を信長が気に入り、弥助の名を与えて士分に取り立てた人物だ。信長は側近として護衛と身の回りの供をさせ、ゆくゆくは城を与えてようとしたとされている。
本能寺の変が起こると二条城に異変を報せに向かい、追手の明智方相手に奮戦したのち、投降した。光秀は彼を処刑せずに解き放ったが、その後の行方は記録にない。
「それで、信長のこと知りたくて日本に来るとか、すごいですね」
「私にとって大事なことです。人生をかけても知りたいこと、あります。でも、コウ太くんもロールプレイングゲーム、やるんですね」
「ということは、リカルドさんも?」
もし、信長もTRPGを遊んでいたと言ったら、大喜びするじゃないだろうか。
「はい、僕も遊びます。『パスファインダー』が好きです」
『パスファインダーRPG』は、『D&D』から派生したゲームである。これを遊ぶのだから、リカルドさんもかなりのゲーマーだ。
「ロールプレイングゲームが好きなコウ太くんに、見てもほしいものがあります」
リカルドさんは、自前のノートPCで動画を再生する。
アフリカの部族社会の子どもたちが遊んでいる様子の映像だ。地面に迷路を描いて、駒のようなものを進めている。
「……これ、TRPGじゃん!」
まさに、ダンジョン探索のTRPGを楽しんでいるように見えた。
「この地域には、東の果ての国の王に会った男が、伝えた遊びたという言い伝え、あります。私も、とても興味を惹かれました」
「弥助って、故郷に帰ってたんだ。でも、なんでTRPG伝わったんだろう……?」
信長は、芸夢転生の術によって、コウ太の部屋に本能寺の変の直後の姿で受肉して現れた。そして、関ヶ原につながる
もしかしたら、こういうことかもしれない。コウ太は考えを整理する。
信長は、関ヶ原の戦いの改変を目論むシナリオ仙人森宗意軒の企みを阻止し、本能寺の変後も生き延びていた弥助と合流、TRPGと信長ダンジョンを教えて故郷のモザンビークに帰してやった……。そんな物語が即興で浮かんでくる。
もしかすると、その時代にTRPGを伝えて弥助を帰国させたことで改変された歴史もあるのかもしれないが、今のところコウ太にはわからない。
ちょっとした感動だった。信長さん、向こうの時代でもTRPG遊んでるんだと。
「数寄屋くん、実に堂々としたもんだったじゃないか。ちょっと心配だったけど、レポートの発表なんて、まずはあれでいいんだよ」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうな町田助教に、コウ太は頭をかきながら礼を下げる。褒められるのは、やはり嬉しいことである。
「ただ、ちょっと思い入れありすぎてるかな? 私もね、よく指摘されるんだけど。町田は主観を入れすぎるって」
「先生もですか……?」
「うん、なるべく客観的に研究しなきゃいけないんだけど、それじゃわからんこともあるからねえ。でも、戦国のゲームマスターはよかった。強引な点もあるけども、情熱だよね。研究者にとって大切だよ。しかし、君もTRPGやるの?」
「あの、君もってことは、先生も……?」
その言葉を聞いて、横のリカルドさんも驚いている。
「私も、学生時代にTRPGを遊んでたんだよ。国際環境大の岸辺って教授知ってる? ちょっといけ好かない感じの。あいつ、私と同期でさ、同じゲームサークルで遊んでたゲーム仲間なんだよね」
「マジですか!?」
ここにも、ゲーマーがいた。
まさか、町田助教までTRPGを遊んでいたとは思わなかった。しかも、岸辺教授の元ゲーム仲間らしい。
よくTRPGゲーマーは身近にひっそり潜んでいるというが、本当である。
「遊んだのは『
「あっ、それは遊んだことないです。最近は、『CoC』……ええと、『クトゥルフ』が人気です」
「ええっ、『クトゥルフ』が? そりゃあ意外だ」
町田助教が学生だった時代は、『CoC』も旧版の頃だ。
その当時だと、一部に人気はあったが、今のように一番人気というわけでもない。
TRPGを遊ぶ状況はさまざまな流行と変遷を経ている。
「だからね。君が信長をゲームマスターに喩えたときは、おっ? と思ったんだよ。信長だったら、どういうふうなGMになるのかねえ」
「結構うまいですよ、信長さん」
「うん?」
「あっ!? えっ、とその……」
思わず素で答えてしまったコウ太である。
さすがに、一緒に卓を囲んで遊んだと言っても信じてもらえないだろう。
「まあ、信長はGMうまいかもねえ。家康は下手かも。しかし、私も信長への愛情は結構なもんだと思ってたんだが、数寄屋くんはまるで信長を友達のように語るなあ」
「うっ……」
――友達? いいや、それだけじゃない。もっと大切なものだ。
コウ太にとって信長は、かけがえのないゲーム仲間だ。
だけど、今はこの時代にはいない。もう一ヶ月も信長と卓を囲んでいない。
「うぐ、ううっ……。ふっ、ぐっ……。ううう……」
「ちょっ? 君、泣いてるの? な、何か悪いこと言ったかな……?」
「な、なんでも、ないんで……ううっ」
思わず、涙が溢れる。相変わらず涙もろいコウ太である。
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