第57話 織田信長、夢の跡

「もー、数寄屋くん。やっぱりTRPG知ってたんじゃん」

 ゼミが終わると、コウ太のところにちょっと膨れ顔の女子がやってきた。前に、TRPGを教えてほしいと言ってきた子である。

 見るからにだったから、思わず逃げた記憶がリフレインする。

「あ、うん。ごめんね。僕、女の子と話したこと、あんまりなかったから……」

「そうなの? わたしたちも思い切って声かけてみたんだよ」

「お詫びに、今度TRPGの遊び方、教えてあげるから」

「本当? ありがとう! せっかくみんなでお金出して高いルールブック買ったんだから、遊ばないともったいないし」

「そうだよね、その友達も呼んでもらえれば、すぐに遊べるから」

 目立ったら死――。オタの掟も、結局は自分自身で架していたものである。

 なんのことはないし、その程度で目立つわけでもない。

 TRPGは、コミュニケーションの遊びと言われたりする。

 ちゃんと対話するのはできて当然、できて当たり前――。

 意外とそうでもない、対話が難しいから、コミュ障がいる。

 しかし、コミュ障もコミュ強も、リア充も非モテも、陽キャも陰キャも、卓を一緒に囲むなら、同じゲーム仲間であり遊ぶ上では関係ない。

 TRPGにもないのだ。

 なんせ戦国武将だって、一緒に遊べたのだから。


 今日の授業も終わって、コウ太は部屋への帰路につく。

 バイトのシフトも入れてないから、徒歩で帰っている。

 セッション砦は、まだ解約しないで残っている。

 秀吉が木村秀夫名義にして継続して家賃を払っている。セッション“聚楽第”として、コウ太が管理を任されている。

 ミツアキさんは、顕如の精神憑依の同調から徐々に解放されているらしい。

 いっちーさんは、まだお市の方の前世記憶があって浅井長政を探している。

 サツキくんは、今でも悪魔の卵が生んだこの世ならざるモノたちを夜な夜な狩っているという。どこのラノベ主人公だとツッコミを入れたくなる。


 今度の休みは、岸部教授の主催するコミュニケーションゲーマーズの例会がある。あれ以来、コウ太は継続して顔を出している。今度、町田助教の話をしてみよう。

 れのんちゃんには、拡散協力の礼を言った。卓下れのんのチャンネル登録数は、あの影響で二〇万を突破した。受験に備えて更新お休みだそうで、頑張ってほしい。

 このちゃんは相変わらず元気で、『天使の卵』をGMするという報告があった。正直言って、とても嬉しい。ちょっと前まで、自分のシナリオを公開する自信なんてなかったが、動画の応援や拡散での評価によってすっかり強くなった。批判の声もあるが、遊んでなかったり読みとばりしているのだと、冷静に判断できる。

 カッコちゃんは、やっぱりコウ太の顔を見るとすぐに脇腹をぷにぷにしてくる。ご褒美は継続中である。


 シナリオ仙人のアカウントには、今現在もプレイ報告が上がり続けている。

 あのシナリオ、やっぱり面白いから当然だ。一〇〇万PVを超え、どこまで伸びるか見物である。芸夢転生も、きっともう起こらない。

 信長がセッション砦に招いたマハルさん、瑠韻さん、黒亭さん、もち団子さんたちとはまたオンセで遊んだ。

 もち団子さんからは、「ゲーム仲間は減る理由のほうが多いから大切にね」というアドバイスを貰った。

 進学、就職、転勤、結婚など生活環境の変化で遊べなくなる理由は多い。しかし、現役ゲーマーが仲間を集めて遊んでいれば、いつでも戻ってくる場がそれだけで用意できるのだ、と。さすがは丹羽長秀に喩えられるほどのベテランゲーマーだ。


 信長が戻って来たら、いつでもすぐに遊べる環境を提供できるよう、コウ太はこれからもTRPGを遊び続ける。ゲーム仲間も増やしていくつもりだ。

 信長と卓を遊んだゲーマーたちも、その帰りを待っている。

 みんな「ノブさんどうしたの?」と聞いてくる。

 コウ太も「もうしばらくしたら帰ってくるから」と返す日々だ。

 そう、きっと帰ってくるのだ。

 だから、コウ太は気がつくとダイスアプリを振っている。D10ダイスを十六個。

 1が三つに、0が十三個。何度振っても、あの目は出ない。

 当たり前だ、出る確率は、0.00000000000000001%。

 宇宙は冷たい法則おきてが支配する、拡散したエントロピーは元には戻らない。

 だが、それでも。

 コウ太は、時間を見つけてはダイスアプリを起動して、ダイスを振り続ける。

 また、あの目が出ると今日も信じて――。























 で、出たのだ。確率0.00000000000000001%が――。



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