第58話 織田信長、夢幻の卓上

 スマートフォンの画像のダイス目は、1が三つに0が十三個!!

 召喚確率、0.00000000000000001%の衝撃――!!

 ――ダイス目なんぞはいつでも覆せる。そう言い切った人物がくるのだ。

 揃った、ついに揃ったのだ、奇跡中の奇跡、奇縁中の奇縁が。

 神はサイコロを振る。ダイスの女神様を見るがいい、振りまくるではないか。

 ダイス目の奇跡は起こる。ファンブルもクリティカルも、信じられないタイミングで発生して、誰もが想像もし得ない物語の可能性を拡張する。

 TRPGゲーマーなら、誰もが知る常識だ。

 ああ、ダイスに限らない。

 トランプも花札も、事故るときは事故るが、同じだけ奇跡も生む。

 だから、世の中とTRPGは面白い。


 スマホの画面からまばゆい光が溢れ、周囲に満ちる。

 時空を破って経路パスが繋がり、突如として街の光景の中に現れた。

 ……そしている! あの歴史上の人物が、この光の渦の中に。

 出ないはずの目が出たから来るのか、来るからこそ出ないはずの目が出るのか? ともかく彼は来た!

 戦国時代を峻烈に駆け抜け、後世でも第六天魔王と呼ばれた男。

 コウ太が、“戦国のゲームマスター”の称号を贈った武将。

 その出で立ちは、南蛮胴に黒のビロードマント、跨っているのは京の馬揃えでも一番入りであった名馬鬼葦毛おにあしげだろう。

 腰の刀は、へし切長谷部あらためドラ斬り長谷部。

 ――騎馬武者姿が凛々しく眩しい、織田平朝臣三郎信長その人である。


「待たせたな、コウ太よ――」

「の、信長さん!」

 遅いじゃないですかと言おうとしたところで、溢れそうな涙をこらえる。

 せっかくの再会なのだから、笑って迎えるのだ。

 信長は、いつものなんともいえぬいくさ人の笑みを浮かべて言った。

「すまぬな、コウ太。関ヶ原はなんとか間に合った。三河殿は勝って無事幕府を開くまではよかった。だが、ちといろいろあってのう」

「……いろいろって?」

「うむ、シナリオ大魔王がさまざまに経路パスを繋いだおかげで、さまざまな可能性もまだ開いたままじゃ。おかげで、別世界ではルルイエの浮上が始まりつつあり、侵魔エミュレーターが侵略を開始し、リアリティ・ストームも“災厄ハザード”も起こりかけ、“奈落の魔域”までも広がりかけておる」

「みんなTRPGの世界の危機じゃないですか……!!」

 そんなものがまとめて起こったら、歴史改変どころではなくなる。

 あのダイスBOTは、それほどのものを引き寄せたままなのか。

「しかし、安心いたせ。わしは時空を彷徨ううちに界渡りオーヴァーランダーとなったのじゃ。界渡りプレーンウォーカーでもよいがな!」

 驚くべきことである。織田信長は、第六天魔王どころか、いくつもの世界と可能性を行き交う超時空存在となったのである。どちらも、TRPG的には異世界を渡り歩くクラスだ。そういえば、コウ太も信長にはエトランゼのスタイルを当てたのだ。

 すべては、ダイス事故が招いた奇跡――。

 ダイスの女神様は、本当に何をしでかすかわからない。


「このまま世界の危機をほうっておくわけにもいかん。おぬしのTRPGちからを借りたいと思っておったところじゃ」

「……えっと、その中で僕は何をすればいいんですかね?」

「すべてTRPGの危機なら、やはりTRPGをもって救うのが道理であろう」

「いやあ、それはどうかなぁ」

「ふっ、何を申すか。顕如坊主にもシナリオ仙人にも勝ったゲーマーであろうが」

「へ、へへへ……」

 褒められると嬉しいが、特に信長に褒められるのが嬉しいコウ太である。

 自分がいてどうなるのかわからないが、信長なら世界の危機がまとめて襲来しようとなんとかしてくれるのは間違いない。実際に救ったし。

 その信長が、一緒に来いと言うならコウ太も力を貸す。

 ゲーム仲間が来てほしいというなら、そりゃあ行く。


「よおし、皆揃ったな――」

 信長が言って振り向くと、そこには今度の戦の仲間たちが勢揃いしていた。

 木村秀夫だった豊臣秀吉は、日輪の兜と千成瓢箪せんなりびょうたんの馬印。

 剃髪したミツアキさんは大僧正の袈裟衣けさぎぬで顕如の姿。役者なのにいいんだろうか?

 いっちーさんはお市の方のコスプレなのか戦国一の美姫として。

 サツキくんは、桔梗紋の兜でダイスをもって明智光秀に。

 リカルドさんまで弥助の格好でいるのは謎だが、後で事情を聞いてみよう。

 浅井長政が三人もいるのは、いっちーさんが付き合った相手たちか。

 宣教師ルイス・フロイスは、信長が力を借りた留学経験者だろうか?

 杉谷善住坊、神業でヒャッハーした鬼武蔵こと森武蔵守長可も。空からは乱れ龍の謙信ドラゴン、陸を駆けて風林火山の武田サーベルタイガーもやってくる。

 九十九髪茄子、初花肩衝の大名物も、信長所蔵の名剣名刀も揃い踏み。

 花もダイスも乱れ舞う、豪華絢爛戦国絵巻――。

 世界の危機だというのに、胸躍るセッションが待っているかのようだ。


「信長さん、僕あのときのアクトシートはまだ持ってるんですよ。だって、『RLに経験をあげる?』の欄にチェックがないから!」

 財布の中から折りたたんであるアクトシートを取り出して、信長に渡す。この日を待っていたのだから、肌身離さず持っているのは当たり前なのだ。

 『N◎VA』は、経験点をチケットにできる。いつアクトを挑まれてもいいようにするのがゲーマーの嗜みである。

「おう、そうか。それなくしては画竜点睛がりょうてんせいを欠くというものよ――」

 信長は、コウ太から渡されたアクトシートを受け取り、チェックを入れようとしたところで、はたと手を止めた。

「えっ、どうしたんですか信長さん……?」

「いいや、このアクトは終わっておらん。まだまだ卓は続くぞコウ太、ポストアクトはその後じゃ!」

 ゲームが終わって経験点を算出したり、感想を述べるのをアフタープレイということがある。『N◎VA』はセッションのことをアクトといい、アクトが終わっての経験算出などを行なうことをポストアクトというのだ。

「ああ、そうですね! まだまだ終わってないですね」

「いかにも、世界の危機なぞ何するものぞ。人間五十年、化天のうちをくらぶれば、夢幻ゲームの如くなりじゃ! さあ、早う片づけて一卓囲もうぞ。いざ出陣――!!」

 “戦国のゲームマスター”織田信長と武将ゲーマーたちとともに。

 コウ太は、経路パスが開いた光の渦に飛び込んでいった。

 きっといろいろあるだろう。でも、ダイス目なんていつでも覆せる。

 覆らなかったから、そのときはそのとき。信長さんならなんとかしてくれる。

 さあ、待っていろ。  

 ここから一卓、夢幻の物語と無限の可能性が始まるのだ。

 コウ太と信長とのセッションは、まだ終わらない――。




                      ノブナガ・ザ・ゲームマスター 

                                  ―完―



 

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ノブナガ・ザ・ゲームマスター 解田明 @tokemin

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