第14話 織田信長、DMする
「では、よろしくお願いしまーす」
信長の卓には、岸部教授とこのちゃん親子、れのんちゃん、サツキくん、そしてコウ太が割り当てられた。
カッコちゃんはニチアサ変身ヒーローとなって遊ぶことができる『マージナルヒーローズ』が立卓したので、そちらに参加した。
このちゃんは信長がGMする卓に入ることを決めていて、それと一緒に保護者である岸部教授もついてきた形だ。れのんちゃんとサツキくんは、サークル初見のアラフィフゲーマー、ノブさんのお手並み拝見といったところであろう。
さて、この卓で信長人生初GMをするわけだが、彼が選んだゲームは『D&D』第五版である。
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』、前にも説明したが世界初のRPGである。
ここで“T”をつけないのは、ロールプレイング・ゲームとは『D&D』が世界で初めて標榜したからだ。まさにキング・オブ・キングスの風格である。
つまり、デジタルアナログ問わず、ジャンルの創始者にして開拓者である。
『D&D』が開拓したRPGをコンピュータでも遊べるようにしたのが、『ウィザードリィ』や『ウルティマ』などであり、日本では『ドラゴンクエスト』であった。
それが、改定と版を重ねて第五版。四半世紀近く愛され、世界中にファンがいる。
信長が机の上に出したのは、『ダンジョンズ&ドラゴンズ スターター・セット』日本語版。冊子ではなくドラゴンの箱絵が描かれた――ボックスタイプだ。
「あ、箱のルールだ! パパの持ってる『CoC』とおんなじ」
このちゃんが反応した。
初の『CoC』日本語版は、一九八四年にボックスタイプで発売された。最初の箱は“赤箱”と呼ばれている。
つまり、岸部教授はその頃からの古参TRPGゲーマーだと推測される。
「ノブさん、僕と同世代ということで同卓するのを楽しみにしていたんですよ。
岸部教授は軽く一礼する。
“このこの”というハンドルの由来は、彼女の本名かららしい。
「もー、パパやめてよ。あたし本名バレしたじゃん!」
岸部教授の娘だから、このちゃんの本名は
ぐぐふ、このちゃんの本名げっと! ……とか思うことは止める、父親の前だし。
コウ太の場合、心で思ってしまっても事案になりかねない。
「ああ、ごめん。サークルのみんなが知ってることだしと思って……」
「そんなんだから、あたしパパのアカウント、ブロックしてるんだよ。政治のツイート多いしさー」
「ええっ!?」
岸部教授、娘からブロック。ここで聞くまで初耳だったらしい。
しかし、同年代のノブさんはフォロー。これは父親としても凹むだろう。
「まあまあ、そのへんでよいではないですか。では、あらためてご挨拶を。わしはノブ、本日は『D&D』のDMを務めさせていただく。皆の衆、よろしく」
信長、DMとしての挨拶をする。コウ太から学んだことだ。
このゲームでは、GMにあたる役の呼称はダンジョンマスター、略してDMだ。
一般名詞のゲーム進行役を指すGMと混在することになるがご了承願いたい。
『ダンジョンズ&ドラゴンズ スターター・セット』は、文字通り初めてのDMが必要なもの一式が詰め込まれている。
ゲームに使用する各種ダイス。『D&D』は、判定にはD20を使うが、D4、D6、D8、D10、D12と、さまざまなダイスを使う。それが全部揃う。
それにシナリオと必要なルール、構築済みのキャラクター五人分の記入済みキャラクターシート。至れり尽くせりなので、初心者である信長にも向いているだろう。
「帽子のまま失礼いたす。これを取ると、天辺から禿げ上がっておるでな」
「えー、そうなんですか」
れのんちゃんもサツキくんも驚いた顔をしている。
信長が禿頭隠しをネタにして、機先を制した感じがある。
剃った月代は現代の感覚だと落ち武者っぽいし、どうしても目を引いてしまう。信長自身も、今日の装いに似合ってないと判断し、ベレーを買ったのだ。
「ノブさん、ダンディーなのに意外ー」
「ふふふ、このちゃんよ。褒めても手加減はいたさんぞ。もっとも、わしは今日がGMの初陣。お手柔らかにお願いする」
古風な武士しゃべりに皆が違和感を抱かないのは、そういうキャラと認識されたからだろう。本人の自然な振る舞いで、作ったキャラに漂う痛々しさがない。
「じゃあ、あらためて。学内サークル、コミュニケーションゲーマーズの責任者としてお願いします」
このサークルは、岸辺教授が趣味のボードゲーム、TRPGをコミュニケーション研究に活かせないかと主催したものだ。
岸辺教授は気も若いのもあって、学生とその知り合い、そして動画でTRPGを知ったこのちゃんが「TRPGってなにー?」と質問したことがきっかけでやってくるようになったという。ネット、口コミの募集で休日になると十~二〇名程度が集まって、思い思いにセッションをするのだ。
基本、メンバーの推薦で誘われたゲーマーが集うサークルで地雷も避けられるし、信長とコウ太はこのちゃんの推薦で参加を認められた。
ゲームを遊ぶ環境としても、かなりいい。
「しかし、『D&D』ですか。しばらく遊んでなかったなぁ」
「いろいろ調べたところ、わしにも向いておる気がしましてな。教授殿からはGMのご指南もいただければ。うかがえば、人との関わりを学問とされておるとか。TRPGを交渉事の稽古に用いるとは、なまなかなことではありませぬぞ」
「いえいえ、半分以上は趣味のためです。ノブさん、TRPGは初心者ですよね? 我々の世代だと、動画ブームの影響でブランクがある人が復帰するというのが多いんですけどね」
「わしは、こんな遊びがあるとコウ太に教えられましてな。年甲斐もなくハマりこんでしまいましたわい。こちらに来て、まだまだ日も浅いのですがな」
「おや、どちらからいらしたんですか?」
「直前にいたのは京の方です。生まれは尾張ですが、岐阜にもおりました」
「あ、愛知のご出身なんですか。へえー」
教授、頷く。うん、嘘は言っていない。
一瞬ヒヤッとしたコウ太であったが、会話が妙に噛み合っているので安心した。
一部旧国名が混じっているが、岐阜県の県名は信長が美濃から岐阜に改名したことに由来する。違和感がない。
信長は、さっそく『D&D』の解説をする。
箱から出してプレイヤーに向ける情報をそのまま読み上げれば遊び方が伝わる。
このチョイスはGMデビューにいい選択だ。
教えることが多いキャラメイクにしても、構築と記入が終わっているキャラクターシートをプレイヤーに渡せばいいだけなのである。
ちなみに先日買ってきた『DX3』だが、信長自身は電書版を購入している。
「では、此度の冒険を説明いたす。シナリオは、すでに遊んだ方がおるかも思い、自作して参った。少々、“だんじょん”の縄張りにわしなりの創意を盛り込んでみた」
縄張りとか、築城するのかと。コウ太は心の中で突っ込んだ。
「初GMからシナリオ自作ですか。それは僕たちも攻略し甲斐がありますよ」
岸部教授もニコニコしているが、ほんのうっすらだが挑戦的なものを感じる。
サークルのメンバーは若い学生が中心の中で、彼らと対等に接する理解ある大人というポジションを岸辺教授は保持していたわけだ。そこに同世代で娘にも懐かれるダンディなノブさんが現われた。そりゃあ意識するだろう、せざるを得ない。
見えない火花が、すでに散っているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます