第15話 織田信長、燻される

 剣と魔法の世界フォーゴトン・レルム――。

 怪物モンスター闊歩かっぽし、残された古代の遺跡には財宝が眠る。

 数々の危険が待ち受け、しかしその果てには名声と富が待っているのだ。

 冒険者から成り上がって領地を運営する英雄もいる。

 しかし、大半が戦士Warriorの称号を受けるまえに命絶え、名を刻むこともなく忘れ去られてしまう。

 その一攫千金を冒険者一行が受けたのは、近隣の村に出没するゴブリン退治だ。

 古強者Veteran侍僧Acolyteの称号を受けたばかりの冒険者たち。今のところ、彼らはまだ駆け出しである。

 いずれは英雄と呼ばれるまでに登り詰め、天空をくドラゴンとも出会うだろう。

 すでにパーティ一行はゴブリンが巣穴にしているという洞窟の前にやってきている。五人は、まず作戦を練るのであった。


「“ぱーてぃ”は洞窟の前までやってきた。中は暗いようであるが、奥にはゴブリンどもが潜んでいるような気配もある。入り口には足跡もいくつかある」

 信長のシナリオは、すでに依頼を受けた冒険者一行が、ゴブリンの巣穴となっている洞窟の前にやってきたところから描写が開始した。

 これはいい、依頼料の条件交渉とか入る余地はない。ロールプレイの機会は減るかもしれないが、DMには負担が非常に少ない。

 そこでぐだぐだやるのも楽しかったりするが、信長が提供したいシナリオはダンジョン探索、つまりハックアンドスラッシュなのだろう。


 では、パーティの編成を説明しよう――。

 両手斧のファイター“アーサー”(男)を岸辺教授。

 弓使いのファイター“サイア”(女)をサツキ。

 ドワーフのクレリック“ドンダン”(男)がコウ太。

 エルフのウィザード“ルン”(女)をれのん。

 ハーフリングのローグ“ぷりん”(女)をこのこの。

 いずれも『スターターセット』付属の1レベルPCである。


「『じゃあ、さっそく行ってみよう!』ってぷりんちゃんは言いますよー」

 このちゃんは張り切っている。物怖じしないところが、彼女のいいところである。

「ダンジョンに潜る前に、偵察したほうがいいぞ。『D&D』といったら、凶悪な罠とモンスターがいっぱい出るゲームだからね」

 岸辺教授はプレイヤーとしてのキャリアが長いだけあって、セオリーを心得ている。プレイ前に学生時代によく遊んだゲームは『GURPS』で『ルナル・サーガ』のファンだから『D&D』は世代的には少し外れると言っていたが、冒険の知識は十分に持っているだろう。

 れのんちゃんはさっきから岸辺親子の会話を聞いている。あまり意見を言わない、見守りタイプのプレイヤーのようだ。微笑ましいやり取りが嬉しいらしい。

「特に何もなければ、入って見るでいいんじゃないかな? 『ゴブリン相手に怯えていてはこれから先が思いやられるぜ』って言います」

「それ絶対ゴブリンにやられるフラグだよー」

 このちゃんは、ケタケタ楽しそうに笑っている。

 ちょっとゴブリン相手に油断してやられるフラグを意識したロールプレイで、場を和ませるジョークのつもりで言っている。もちろん、油断はできない。

 『D&D』は、ゴブリンを退治スレイするどころか、ゴブリンや野生動物に退治スレイされる可能性が結構あるゲームだ。

 

 コウ太はダンジョン探索がメインのゲームは、あまり経験がない。

 好みは、『CoC』のようなゲームだ。いや『CoC』もダンジョン探索のようなシナリオは多いが、ファンタジーの冒険よりも現代ホラーの探索に趣を感じている。

 だから、あまりやったことがないし、やろうとも思わなかった。

 しかし、信長が作ったダンジョンには俄然興味を惹かれている。

 さあ、どういう冒険を用意しているのか。


「『煙でいぶしてしまいましょう――』」

 それを提案したのは、弓使いの女戦士サイアを担当するサツキくんである。

 ダンジョンを燻す、きたこれ。

 言ってしまえば、『CoC』で館を燃やすような行為のひとつだ。

 基本、認めると配置したモンスターが全滅し、ハックアンドスラッシュから“スラッシュ”に当たる戦闘の部分が抜け落ちてしまう可能性がある。

 もちろん、GMはそんな手を打たれないように理由を考える。

 ゲームは違うが、『CoC』でも館を焼かれないように依頼人の都合を設定するなり、その館に探索者の身内や恋人が迷い込んでいるなりの理由を考える。

 『D&D』などのファンタジーでも、燻している時間がないとか、さらわれた人がいるかも知れないなど、プレイヤーにその手をさせないような方策がある。

 すました顔をしてこれを狙っていたのだろうか?

 これだから、イケメンは……。


「あ、じゃあ僕のドンダンは『いや、そんな時間はないだろう』って言います」

「でも、始まってすぐ洞窟の前だったんだし、時間は充分あるんじゃないですか? 依頼の期限が設定されているって話はなかったと思いますし。……あ、DMの対応が難しいなら、言わなかったことにします」

 ああ言えばこう言う――。

 一見GMに対して優しいのかもしれないが、信長を試しているように思える。

『GM初心者のノブさんにはプレイヤーの提案を受け止めるのは難しいですよねー』みたいな上から目線を感じなくもない。実際のところはわからないし、高校生プレイヤーだから、本当に禁じ手の一種だと知らないのかもしれない。


「どうでしょう、DM? 燻すのはアリですか」

 “アーサー”を演じる岸辺教授も、“サイア”ことサツキの提案に対し、信長がどうするのか見守るつもりのようである。

 内心、助け舟を出せよと思わんでもない。が、コウ太は顔には出せない。

 初オフセで、同卓したプレイヤー相手の気を悪くするような行為はできない。


「うーん、できるかもしれんなぁ……」

 眉根を寄せて答える信長である。

(困ってるなら、できないってしてもいいんですよ信長さん!)

 シナリオが台無しになるくらいなら、GM(『D&D』ではDMだが)はその提案を拒否してもいいのだ。もちろん、柔軟に対応できるに越したことはないが、GM初心者の信長が無理に対応しなくてもよい。

 コウ太としても、楽しみにしていたせっかくの信長ダンジョンを堪能できないという事態は避けたい。

 プレイヤーたちもダンジョンを燻すと楽な冒険になると思っており、このままだとその流れになってしまうだろう。

 しかし、見守っているDM信長の目は、ほんの一瞬だけ変わった。

 それは野望100の武将であることを感じさせるの顔であったが、その一瞬の変化を察知したのは、コウ太だけであった。

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