第二章 風雲GM編
第10話 織田信長、近頃の評価
「織田信長と言えば、当時の常識を超えた合理性を備え、戦国時代の革命者というイメージがありますが、あくまでも小説やエンターテイメントの世界の話です」
町田助教が解説しながらボードに書き込んでいく。
例として書かれていくのは、楽市楽座、兵農分離、鉄砲の三段撃ち、鉄甲船、世界進出、天皇に代わって権威者になろうとした等々……。
「……数寄屋くん? ど、どうしたのかな? すごい目でこっち
「あっ? な、なんでもないです、から……」
消え入りそうな声で言って、コウ太は目を伏せた。
ゼミで名前を指名されることがあるなんで、これまで思ってもみなかった。
目立ったら死――。
底辺カーストのキモオタが生きる道である。
信長との同居生活は、今日で十日。今は、自宅で留守番中だ。
当初はネット上で相撲とプロレス動画が中心であったが、現在はリプレイ動画を漁っている。
すごいハマリようだ。あれから、コウ太と何回かセッションもした。
丁尺は「〇〇○○しないと出られない部屋」に名主の娘と一緒に閉じ込められるなど、煩悩と宇宙的恐怖に溢れた探索を繰り返している。あれは信長と一緒に、腹を抱えてゲラゲラ笑った。
「家臣団の編成や政策から、近畿五カ国までの支配が信長の限界であったろうという見方があります。この時代の戦国大名としては、そこそこ優秀だったに留まるでしょう。冷酷非情で
町田助教の解説が続く。
町田ゼミは、フィクションとは違う戦国時代の実像がテーマだ。史跡史書を巡りながら、ドラマや漫画では知りえない事実を解き明かしていくというのが売りだ。
近年の戦国史人気もあって希望学生は多く、アフリカ系と思しき留学生も熱心にノートパソコンに解説を打ち込んでいる。
にしても、その評価はないやろと。
織田信長、滅茶滅茶合理的で革新的やろと。
お前、四〇〇年前の時代から来てTRPG遊べるんかいと。
うちに来てみてみろ、そう言いたい。
時代を超越した発想で常識を打破したというイメージは間違い、そこそこ優秀に留まると言うが、相当前の時代からやってきて、こっちの常識とゲームの遊び方を理解をすることのほうがすごいだろう。
今も、部屋でネット検索してるはず。驚くばかりの超人的な適応能力だ。
織田信長といえば日本史上に
そりゃあ超人だ、転生だってする。
それが今のところ、コウ太にとって唯一のリアルゲーム仲間である。
「あの、先生。信長のことなんですけど……」
ゼミが終わり、コウ太は町田助教に声をかけた。
結構勇気を振り絞った。信長から頼まれた用事があるのだ。
「今かい? 数寄屋くん、せっかくのゼミなんだから遠慮なく質問してくれていいんだよ。大学のゼミって本来そういうところだから」
「は、はい……」
「もしかして、キミは織田信長のこと、好きなの?」
「は、はい!」
めっちゃ声が上ずってしまい、自分でも焦るコウ太であった。
好きなのは間違いない。もう十日も一緒に暮らしている。
「だとしたら幻滅させたかもね。織田信長って、ドラマでもたいてい主役だし、ゲームやラノベでも活躍する戦国時代一の人気者だしね。私も、戦国ゲームやるときはいっつも信長を選んでたよ。今は、それ以上に好きで研究するんだけど」
町田助教も、なんだか嬉しそうに話す。
なんやかんや言って、織田信長は歴史学上でも大人気キャラである。
「だからね、私はもっと信長のことを知りたいんだよ。ゲームやラノベの信長も魅力的だけど、私には実際の信長のほうが魅力的に見えるなあ。人間臭いとこもあるし、政治や戦略も現実的だし。君も、せっかくなんだから、織田信長の研究レポート発表していいんだよ」
「む、無理です……!」
「無理って言っても、いずれ課題を出すから。準備しておいて」
人前で話すなんて、コウ太には無理だ。想像しただけでも背筋が凍る。
レポート発表とか、どうしよう?
「あのう、冷酷非情というのは創作のイメージってのは……?」
「うん、そう。イメージだから。そりゃあ戦国時代だもの、人は殺されるし人権だってない。根切りも珍しくなかった。信長も、実際に何度かやってる」
根切りというのは、要は根絶やしに殺し尽くすこと。
一族郎党皆殺し、あと撫で斬りもある。戦国時代とはそういう時代だ。
「彼……ああ、信長ね。意外と優しい面もある人物だよ。秀吉の妻に宛てた手紙で気遣っていたり、苦労している人を助けようと反物を与えたりね。有名なエピソードだけど」
「ええ、そう思います」
優しい面もあるというのは、同意できる部分だ。
「浅井朝倉の髑髏の件とか、そういう側面をピックアップして信長は残忍な人物であると評価することもあるけど、私はどうかなと思うんだよ。当時は普通だったし」
「そうなんですか」
いうなれば、戦国時代が残忍な時代だったのだ。
さておき、わかったことがひとつある。町田助教も、信長が好きだということ。
「……あの、これ見てもらってもいいですか?」
「なんだいこれ?」
「信長の扇子なんですけど……」
コウ太が差し出したのは、一本の扇子である。
開くと古めかしく変色した一面に、一筆したためてある。
「もしかして、ネットオークションかなんかで買っちゃった? あのね、信長の真筆っていうのは非常に希少で、さっきも言った、ねね宛ての手紙なんか国の重要文化財に……ん? んんんんんっ!?」
町田助教は途中で言葉を失い、目を見開いて食い入るように扇子を凝視する。
強い度が入っていそうな眼鏡を上下させ、また見直す。
「ど、どこで手に入れたの! これ!?」
「あ、その。言えないんで……」
「ちょっと借りていい? 後で絶対返すから!」
言うやいなや、扇子を持って駆け出していった。
信長に言われた通りにしたのだが、これでよかったのだろうか?
「ねえ、TRPGって知ってるー?」
「ファッ――」
出し抜けに“TRPG”との女子の声に、思わずキョドった奇声で振り返る。
だから、注目を浴びちゃ駄目なんだってと思うが、もう遅い
声の主は同じ町田ゼミの女子で、スマホ片手に三人で話している。
いかにもネット映えする画像を探しては上げていそうなタイプの子たちだ。
「数寄屋くん、知ってるんだTRPG」
「その、あの」
「わたしたち、動画で見てやってみたくて。やり方教えてもらっていい? ルールブックってどれ買えばいいの? いっぱいあってわかんない」
「ごめんなさい、ないです……」
いたたまれなくなり、そそくさとカバンを持って教室を出た。
ヲタはリア充や三次元の女の子に関わってはいけない。まず、住む世界が違う。
あんな自信満々でネットに自撮り写真アップしてそうなタイプは特に。
TRPGはそっち側の趣味ではなく、こっち側の趣味だろと。
それに、部屋には信長さんが待っている。
とっととバイトを片付けて、すぐに帰らないとならない。
いくら三人とも可愛かろうが、かまっている暇はないのである。
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