第50話 織田信長、戦国龍虎ランブル
戦国の三英傑のうちの二人とその他によって、魔王降臨の城となる安土城への放火が敢行された。
コウ太のスマホが、ボイスチャットの呼び出し音を鳴らす。いっちーさんの呼び出しだ。さっそく、音声をつなげる。
『もしもーし、兄上ー、コウ太くん聞こえる? わたし、いっちーだけど』
「あっ、はい! 聞こえます」
『今、大変なことになってるのね。秀夫さんからメール貰って事情はわかってる。No.666のセッションルームに入ってみたんだけど』
木村秀夫こと秀吉が「すごいだろ?」と言わんばかりの顔で微笑んでいる。
緊急時だから、嫌われていてもいっちーさんに連絡を送っておいたようだ。
「そっちから、僕たちの状況わかるんですか?」
『うん、すごい数のモンスターのコマが並んでるし。小豆入りの袋送りたいくらいよ。ヴァーチャル兄上が配信したまま、リアルタイムで中継続いてるわ』
「僕たち、そういうふうに見えてるんですか」
オンセツール上では、プレイヤーたちは自PCのコマにキャラクターシートや画像などをリンクさせてセッションするのが通例だ。この様子はオンラインセッションという形でライブ中継されているという。秀吉がパスを割ったため、アクセス可能となったのだ。
『PC五人じゃ戦力足りないでしょう? わたしも援軍送るから待っててね――』
一旦、いっちーさんが通話を保留した。するとコウ太の傍らに、ぽっとドワーフの戦士やエルフの弓使い、ハーフリンクの盗賊がどんどんポップアップしてくる。
「むう、これは……」
「いっちーさんですよ! お市の方が、キャラクター作成してルームに配置してくれたんですよ!」
その他、モンスターまで続々と配置されていく。わりと短時間だが、ちゃんとルールに沿ってキャラクター作成されているようだ。作成ルールは、『ウォーハンマー』と『トンネルズ&トロールズ』のサプリメントによる作成である。
どちらもダイスを振って簡単にキャラクター作成ができるTRPGだ。というか、キャラメイクが簡略的なゲームは大抵すぐ死んだりする。
『ゼノスケープ』といい、いっちーさんはやはり濃い目のゲーマーである。
『兄上、指示してくれたらこっちで動かすから!』
「おお、さすがは我が妹よ。任せたぞお市!」
この兄妹、いろいろあるが息はぴったりだ。
勝てる、これなら炎に巻かれている安土城ダンジョンに集結するモンスターを相手にしても勝てる見込みがある。
「信長さん、これならいけますよね!」
「ときにコウ太よ。お市はおぬしを憎からず思っておるようじゃぞ?」
耳打ちするように、信長はコウ太に言う。
「こ、こんなときに何言ってるんですか、信長さん……!」
「照れるでない。お市は長政殿のような男ぶりが好みようじゃ。よおく見ると、なかなか似ておるぞ」
「え、えーと……」
浅井長政の肖像画は現存しているが、いわゆるぽっちゃり系男子の外見である。
「さて、お市のためにも勝って帰らねばのう。では、ゆくぞ皆の衆! いよいよ安土城攻めじゃ! サル、
「ははっ!」
もうすっかり主従の関係が戻ってきた様子だ。
秀吉は、倒したモンスターから戦国の習いとばかりにはぎ取った武具で武装した。この辺、最前線の雑兵から這い上がった秀吉のすごみである。
「足軽時代を思い出しますな」と、どこか楽しげすらある。
「者ども! これよりは、このわしが築いた天下の城を、わし直々に攻め落とす!
作られたコマたちが、一斉に雄叫びを上げる。
『兄上、これを使ってくださいまし!』
いっちーさんが、コマの画像用に永楽銭と織田木瓜の旗印をアップロードした。
駒にそれぞれマーキングする。
戦だ、戦国の覇王織田信長による安土城攻めが始まるのだ。
「よおし、万端じゃ! ――
信長の号令とともに、いっちーさん作成によるコマたちが続く。表城門から、天主までは一直線。縄張りを知悉した秀吉の放火は効果抜群であった。こちらが少数とは思えぬほど、敵はうろたえている。さらに、城の搦手から秀吉が攻めるから、敵側の混乱は拡大する一方だ。作成したばかりで1レベルの兵やモンスターでも、戦国を勝ち上がった武将が率いれば強い、間違いなく強い。
まさに破竹の勢いで安土城天主へと攻め上った。
だが、その堂々たる進撃を、空中からの炎が薙ぎ払う。
同時に、魂消るような咆吼が響いて、しなやかな動きの獣が軍勢を食い破った。
「謙信ドラゴンに信玄タイガーか……!」
いかにも、その武将の魂を宿した竜虎の二頭。
信長が統率しようが、モンスターレートが段違いで、兵たちも為す術がない。
謙信ドラゴンの牙で蹂躙され、爪で引き裂かれ、ブレスで焼かれ、尻尾でまとめて叩きのめされる。しかも、いずれもクリティカル判定という常軌を逸した攻撃だ。
信玄サーベルタイガーは、逃げ惑う織田ウォーハンマー勢、モンスター勢を横合いから食い破る。乱れ龍と風林火山の両輪が、縦横無尽に戦場を駆け巡った。
織田信長がもっとも恐れた光景が、奇妙な形となって眼前にある。
安土城天主を前にして、コウ太は信長とともに固唾を呑んだ。
「見たか織田信長、我が“芸夢転生”が将来した幻想の魔獣の力を! もはや、お前のような器などいらぬ! ……そうだ、はじめからそうすればよかったのだ。せっかく集積して練り上げた魔王の魂を、誰が貴様なぞに与えようか!」
屈辱に歪んだシナリオ仙人森宗意軒が、怨念の色を濃くしていく。
「もしや、おぬし……」
「そうよ、魔王の魂は、この我に宿す! この世の大魔縁となって、ありとあらゆるものをことごとく滅ぼしてくれよう!」
瞬間、雲間から眩いばかりの稲妻が閃いた。轟音とともに天守に雷が落ちる。
信長と秀吉が放った火よりも早く、安土城天主は青白い炎に包まれた。
そして最上階に聖体として安置されていたダイスBOTが、空中に浮かんだ情報生命体森宗意軒に吸い寄せられるかのように、天へと昇る――。
「我が『悪魔の卵』が生みだしたあらゆる魔王の
「い、いかんよこれは……」
秀吉も、蒼白となって思わず天を仰いだ。
見える、あらゆる物語が、可能性が。その
電脳空間に築かれた安土城天守という特異点へと繋がり、引き寄せられている。
交差して浮ぶ、徳川幕府成立までと以降の
そのすべてが、今よりいでし魔王によって滅ぼされようとしているのだ。
そして、シナリオ仙人の空中映像が禍々しい姿に変じて受肉していく。
いや、もはや彼はシナリオ仙人などでははない。
「シナリオ
悪夢は、ここに結実した。
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