第30話 織田信長、天魔顕現


 あ――。


 これは夢だと、コウ太にはわかった。

 遠くから耳にへばりつくように聞こえる鬨の声。

 赤く焦げた空と、無数に転がる白い髑髏。

 いや、違う。

 転がっているのは、卵だ。


 卵、卵、卵、卵卵卵卵卵……。


 足元に敷き詰められた卵を、思わず踏みつけそうになる。


「なんだ、この夢……?」


 足元の卵のひとつが、びくびくと動いたかと思うとひび割れ、何がが孵化ふかする。

 出てきたのは、小さな人型の生き物。

「うわあっ!? なんだこれ!」

 孵ってすぐにちょこまかと動き回る。

 極端に痩せ細り、腹だけ膨れた餓鬼がきだ。

 ぎょろりと落ち窪んだ目は、異様な眼光を放っている。

 ……と思えばひとつだけではない、一斉に卵が孵っていく。


 まさに悪夢の光景だった。

 魑魅魍魎ちみもうりょう、それぞれが人間の想像の産物であるはずのもの。

 孵った途端に浮かぶ、巨大な目玉のようなもの。

 半透明な粘液状の塊に浮かんだ赤子の顔のようなもの。

 青い毛並みで二本足で歩く山羊のようなもの。

 うごめく触手を頭に備えた芋虫のようなもの……

 そんなものが、次々に這い出してくる。


「な、なんだよなんだよ、これ……!」

 思わず助けを求めて視線を巡らす。

 何故、気づかなかったのだろう?

 正面には、ひときわ巨大な卵がそこにあった。

 バス一台分くらいはあるだろうか?

 丘のように築き上げられた亡骸の上に、黄金の杯を台座にして鎮座している。

 左右には、蝙蝠の羽根を生やした悪魔二匹が生誕を祈っていた。

「あ……」

 茫然と見上げた、そうすることしかできなかった。

 孵ってはいけないものが、この世に生まれ落ちようとしている。


 やがて白い殻にひびが走り、音を立てて割れた。

 生まれ出たのは、戦国の魔王――。

 爛々らんらんと燃える瞳を持ち、南蛮胴と黒マントをまとった織田信長。


「の、信長さ――」

 声が出ない。出せなかった。

 するりと、腰の一刀を抜いて天を突かんばかりに掲げる。

 轟いた雷鳴、地響きを上げて揺れる大地。

 怨念の声を上げて集う亡者の兵ども。

 天には巨大な赤い竜が羽ばたき、長い牙を剥き出しにした虎が咆吼する。

 怪物たちは、魔王に従う軍勢なのだ。

 この世の終わり。

 コウ太が想起したのは、まさにそれだ。

 直感してしまったのだ。第六天魔王信長が、世に終焉をもたらすのだ、と――。

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