第26話 織田信長、転生者会議

「こんなところで会うとは思わなんだのう。サルよ」

「まさに。殿もお変わりなく」

 覇王スタイルの信長、秀夫さんこと秀吉、そしていっちーさんことお市の方と、コウ太はホテルのラウンジで席についた。騒ぎは秀吉が交渉して収めた。さすがの交渉力である。

「おぬしはずいぶん老けたな。わしと違って、天寿をまっとうできたからか、ん? 栄華を極めた味で、貧相な面立ちもだいぶ丸うなったではないか」

「そうですよ、どこかで見たことある気がするっていうのが余計に気持ち悪かったから画像はすぐ削除したんですけど……だいぶ印象変わりましたね」

「いやあ、ははは……」

 ついさっきまで秀夫さんだった秀吉は、信長とお市の方だといういっちーさん兄妹から追求され、額をおしぼりで拭きながら答えた。

 仕えた君主の死後に好き勝手やったのち、転生した先でばったり遭うとか、気まずいことこのうえないだろう。しかし、いっちーさんへのキモい所業があるせいで、コウ太としては同情できないところである。

「まあ、なんじゃ。毛利攻めから引き返して日向惟任を討つとはさすがというところじゃ。そのうえ豊臣なる姓をたまわって関白太政大臣まで登り詰めるとは……。わしを上回る出世じゃな、のうサル」

 信長の官職は右大臣なので、関白はそれより一段上だ。

「殿、どうかご勘弁を。私も、ついさっき思い出したばかりでして……」

 にたにた笑いながら、秀吉だった記憶を取り戻した秀夫さんは答える。

 信長曰く、秀吉はキモかったというが確かにどことなくキモい。生理的に受けつけないというより、何か距離感を詰めてきそうな気配がある。


「じゃ、秀夫さん……秀吉さんですか。一体、どういう事情で転生したんですか?」

「それがね。私もついさっきまで自分が何者かわからなかったんだよ。五年くらい前、桃山公園で倒れていたのを保護された。身元不明、記憶喪失の高齢者としてね」

 桃山公園と言ったら、秀吉が最期を迎えた伏見城の跡地だ。

 秀夫というのも、うわ言で呟いた名を仮の名として与えられたという。

 そんな状態から社会復帰したのだから、信長並みの適応能力を持っていることが窺える。さすがは天下人である。木村秀夫きむら ひでおという仮の名前でしばらく生活したためか、信長に比べて現代っぽいしゃべり方をする。

「殿の姿を見て、自分が誰だったのかを思い出したんです。辞世の句を詠んで、光の渦に呑まれたところまでね」

 

  露と落ち 露と消えにし我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢


 秀吉辞世の句は、こうだったはずだ。夢どころではなく現代への逆行転移だ。

 寿命で死ぬはずの秀吉が現代日本に転移し、その医療技術で生きながらえた。

 そういう転生ものも、ジャンルとしてはあるにはある。


「お市にネットでつきまとったのも、記憶の面影を追っておったからか?」

「はい。柴野さんをネットの画像で見て、自分の記憶の中にある人物に間違いないと思いまして。失った記憶の手がかりを得ようと、いろいろ調べさせてもらいました」

「事情はわかったが、やはりおぬしはやり方がキモ……おほん、やり方を考えよ!」

「いや、ごもっともです」

「続いて、いっちーさんですけども」

「わたしは、今の両親から生まれたんだけど……。物心ついたときから炎の中で死ぬ夢とか、妙に鮮明な記憶があったの」

「あっ、前世系なんですね」

「うん、そう。あれは自分の前世なんじゃないかって、ずっと思ってた。オカルト板で前世持ちの仲間とか探したこともあったのよ。中学生くらいのとき調べて、自分がお市の方の前世を持ってるんじゃないかって思い始めて。高校に入って『輪廻戦記ゼノスケープ』を遊んだとき、確信したわ」

「は、はあ……」

 確か、『輪廻戦記ゼノスケープ』は前世系のゲームだったはずだ。

「ねえ、コウ太くんひいてる? 仕方ないもんねえ、電波な話だから」

「いえ、ひかないです! 僕、信長さんが自分の部屋にいきなり転生してきたから、そりゃ不思議なことでも信じるっていうか。前世のほうがまだ信じられます!」

「ぷっ、変なフォロー」

 笑ってくれたので、コウ太としては安心だ。

 ダイス事故、今際いまわきわの転移、前世の記憶と、形態には若干の違いがあるが、三人とも戦国時代という同時代を生きた人物であることは確認された。何の意味があるのかさっぱりだが。

「まっ、お市とは雰囲気は似ておるが、多少顔の作りが違うな。それに、わしが最後に見たときより、ちと若いようじゃ」

「やぁ兄上、歳のことは言わないでくださいよ。今はアラサー独身ですし」

 なんか可愛い、年上でメイドコスしたお市の方だけど。


 お市の方は、享年三六歳で自害して果てた。三人子持ちのバツイチだが、二〇歳そこそこに見えたという記録もある。ときどき、年齢を感じさせない芸能人がいるが、あんな感じだったのではないだろうか?

 浅井長政が滅ぼされたのち、柴田勝家と再婚したが、その柴田勝家も賤ヶ岳の戦いで秀吉に破れ、ともに自害して果てたはず。

 転生は転生でも、本能寺の変からダイス事故でやってきた信長と違って、いっちーさんは前世記憶系である。まるっきりお市の方そのまんまでもないようだ。

「秀夫さんが怖かったのも、そのせいかな? でも、わからなかったなー。わたしの記憶にある顔より、ずっとおじいちゃんだったから」

「現代の食事が体に合ったのか、私も大分腹が出ましたしね」

 秀吉は、つけ髭で貧相な小男をイメージするが、秀夫さんバージョンだとそれよりは恰幅かっぷくがよく、顔もむくんでいる感じだ。闘病の影響だろうか? 銀縁の眼鏡も掛けているし、秀吉というよりそこらにいるおじさんに見える。


「しかし、奇妙な縁もあったものよ。戦国の世より四〇〇年も後の世で、TRPGをきっかけに再会するとは……」

「殿も、やはりTRPGを嗜まれるのですな」

「では、サル。おぬしもやるのか?」

「ええ、記憶を失った頃より、何故かTRPGに惹かれまして。何かの手がかりになるかと、『セブン=フォートレス』をやってみました。ベッドの上の暇つぶしに手に手に取ったリプレイが闘病中の励みになったのもありましてね」


『セブン=フォートレス』は、世界滅亡の危機がよく訪れるファンタジー世界ラース=フェリアを舞台にししており、涙あり爆笑ありのリプレイが人気を博した。

 第四版『セブン=フォートレス メビウス』では、主八界という多元世界ごとにサプリメントや、現代日本によく似たファージアースを舞台とする『ナイトウィザード』とも繋がっており、ルールには互換性がある。

 ダンジョン構築がシステマチックにルール化されており、築城の名手と言われる秀吉が選んだもの、なんとなく頷ける。


「ふうむ。お市……いっちーもコウ太にTRPGのいろはを教えたというが、戦国の世からこの時代に来るとTRPGを遊ぶ決まりでもあるのかのう?」

「かもしれませんなあ。存分に遊びましょうぞ、殿。はっはっはっ!」

 すかさず信長にお追従ついしょうを入れるあたり、四〇〇年前の主従関係はまだ続いているようだ。秀吉、信長死後の織田家を乗っ取ったようなものだが。


「よい、サル。おぬしのしたことをいちいちあげつらってはらちが明かん。わしが死んだ後のこと、そのうえ四〇〇年前の禍根かこんじゃ。水に流して進ぜよう」

「ありがたいお言葉です。私は、殿に少しでも近付こうとその背中を追っていたら、たまたまそうなってしまっただけでして」

「何を殊勝なことを。おぬし、わしが本能寺で果てたと聞いてどう思うた? 許す、四〇〇年ぶりに本心を申してみよ」

「はあ、聞かれたので答えますが。……明智様には、先を越されたなと」

 にいっと秀吉はなんとも言えない笑いを浮かべる。

 キモい、キモいが凄みがある。TRPG界の一部には、「鮫のように笑う」という表現があるが、まさにそれだ。

「ふっ、こやつ言いおるわ!」

 信長は笑った。これぞ、まさにいくさ人という笑みで。


「あのですね、兄上と秀吉さん。盛り上がってるようですが。わたしは前世で夫ともども攻められたんですけど! そのうえ現世でストーカーされたんですけど!」

 これはいっちーさんの怒りなのか、それともお市の方としての怒りなのか。

 どちらにせよ、お怒りはごもっともというところである。

 いくさ人二人が四〇〇年の時を越えてお互いの度量を示し合っていようが、収まらないものがあるだろう。  


「しかし、いっちー。それ、わしが死んだ後のことじゃろ?」

「私も、北のしょうで柴田様が兵を挙げたられたので、やむなく……」

「長政様のことだってあるんですよ、兄上!」

「ほら、小豆の袋を送って教えてくれたから、やっちゃってもよいかな、と」

「もー、そんなふうに取らないでしょ、普通!」

 そういえば、信長とお市の方には、そんなエピソードもあった。

 戦国時代の揉め事が、コウ太の目の前でいろいろほじくり返されている。

「まあまあ、いっちーさんも信長さんとは四〇〇年ぶりなんですから」

「ええ、コウ太くんに免じで収めます。前世のことなんだからもういいですし、それに長政様の前世があるって人ともネットで三人ほど交流がありましたから、そんなに寂しくなかったから」

 それ本当に浅井長政なのかというツッコミを、コウ太は胸に秘めた。


「お互い、戦国の禍根があろうが今は泰平の世ぞ。わしはTRPGカーニバル・ウエストのために上洛したのじゃ。ならば、やることはひとつであろう」

「信長さん、というとやっぱり――」

「うむ。コウ太よ、卓の準備をいたせ。わしが直々に一卓GMしてくれるわ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る