第25話 織田信長、コスプレする
カーニバル二日目の朝は、あいにくと曇り気味だ。
室内で遊ぶTRPGは、天候に左右されない遊びである。こういうときに強い。
信長は、朝から企業主催のセッションに参加するため、今日もまた別行動である。
コウ太の時間は、しばらく空いている状態だ。
フリープレイルームで、募集状況を見ようと足を運んだが、その途中にコスプレした参加者と何人もすれ違う。そのたびに、思わずメイド服の女性を探してしまう。
いっちーさんはいない、安心するような残念なような……。
お祭りだけあって、奇抜なコスプレ姿も見かける。中でも奇抜なのは、首元を血で染めた僧兵っぽいコスプレイヤーだった。ホラーメイクも迫力あったので、ちょっと驚いてしまった。ライブRPGに合わせての姿だろうか?
「――コウ太くん、ですよね?」
「ふぁっ!?」
後ろからの呼びかけに、思わず変な声を上げて振り返ってしまった。
メイドさんがいる、ショートヘアで大きな瞳の美人だ。
声には少し聞き覚えがある気がした。
名札には――。
「いっちーさん……!?」
驚いた、探してはいたが向こうから声をかけてくるとは思わなかった。
このちゃんが言っていたとおり、美人である。
長いまつげに小さい顔、形の整った細い顎、レイヤーをしているならカメコもすぐに寄ってくるだろう。
確か、都内で銀行員をしているということだったが。
「ああ、よかった。探していたんですよ。“このこの”ちゃんから、カーニバルに来ていたって聞いたから、探していたんです。チェック柄のシャツ着てるから、すぐわかるって聞いてたんですけど、みんな着てるし……」
「あの、はい。そ、そうですね」
チェック柄のシャツは、オタが個性を主張しないための軍服のようなものである。
これに身を包んでいれば、群衆の中で無個性でいられるという安心感がある。
「わたし、コウ太くんに話したいことがあったんですよ。向こうの喫茶店で話しません? あっ、そうだオフラインじゃはじめまして。いっちーです」
ふっと笑顔を浮かべて彼女があらためて自己紹介をする。
声を聞いたとき、綺麗な人だろうとは想像していたが、想像どおりであった。
なんだか、いろんな記憶が蘇ってくる。
初めてのオンセと、苦いKPデビュー。
「コウ太くんと最初に遊んだの、もう三年くらい前かな?」
「は、はい。あのときは、その、お世話になりました!」
「それからずっとTRPG続けてくれて、イベントにも来るようになったんだねえ。コウ太くん、高校生だったよね、あのとき」
「今、大学二年です。二〇歳になりました」
「若いなぁ。わたしアラサーだから、コウ太くんからしたらもうおばさんよねえ。メイドコスとかする三十路、痛かったりする?」
「そ、そそそんなことないと思います!」
声が裏返ってしまう。いっちーさんは、アラサーとか関係ないくらいには美人である。美人メイドさん登場ということで集まる視線はひとつやふたつではない。
ホテル内のカフェで、コーヒーをお互いに一杯ずつ。
いっちーさんがどうしてもと、コウ太に奢ってくれた。
「わたし、コウ太くんに謝らなくちゃいけないことがあって。このちゃんに頼んで伝えてほしかったの」
少し、悲しそうな顔をしていっちーさんは言う。
「あや……? いいえ、あ、謝りたいのは僕です!」
「ううん、コウ太くんからDMもらったりコメントもらってたのに、無視したみいたになっちゃって。KPしてもらったときのこと、ずっと気に病んでたんだよね?」
「はい、あの……」
「全然気にしなくていいのに。でも、嬉しかったな、コウ太くんがTRPG続けててくれて。トラウマになって辞めてたら、わたしのせいだもん」
「そんことないです! いっちーさんのおかげで楽しく遊べるてるんで」
「そっか。安心した」
「わたしね。あの時期ネットに入るのが怖くて、自分の垢に入れなかったの」
「……何か、あったんですか?」
「うん、ストーカーっていうのかな? 変なおじさんから『私のことを覚えていませんか?』って、ずっと変なメッセージがとどいて粘着されて」
「うわ、それは怖い」
いっちーさんほどの美人なら、粘着してくる男もいるだろう。
同じ男として、なんだか恥ずかしくなってくる。
「秀夫さんって言うらしいんだけど。もう六〇半ばくらいかな? 自分のことを思い出してほしい、一度会ってほしいって。自分の写真まで添付しててね」
「ええ!? 写真添付ですか。それはキモすぎですね……」
「うん、そう。どこかで見たような気がするんだけど、でも思い出せないの。そんなだったから、ネットに入るのが怖くなっちゃって」
女性としては、見知らぬ相手からそんなメールが届いたら怖いだろう。六〇半ばとか年も離れていれば、なおさらだ不気味だ。
そんな目に遭ったら、ネットから離れる気持ちもわかる。
自分のせいではなかったことは安心したが、トラブルのせいでネットに接続できずオンセまで断念させられたのだとしたら、本当に気の毒だ。
「そんなことがあったのに、僕何度もメッセージ飛ばしちゃって……」
「それは気にしなくていいから。わたしも、ようやくメッセージ見られるようになってね。こっちこそ、ずっと無視しちゃってごめんね」
「気にしないでください。でも、それって警察に相談してもいいレベルじゃないですか」
「そうなのよね。ストーカーおじさんのせいでセッションできないとか、腹立ってきちゃってね。この際だから、克服しちゃおうって。あ――」
それまで明るかったいっちーさんの表情が、途端に凍りつく。
「ど、どうしたんですか?」
「いるの、秀夫さん……!」
「え――!?」
まさか、そのストーカーが!?
……いた! 六〇半ばに見える小男で、貧相な老人だ。高そうな背広に身を包んでいるが、ただならぬ雰囲気がある。
視線を泳がして、誰かを探している。まさか、ネットストーカーがイベントに参加するいっちーさんを追いかけてやってやってきたというのであろうか。
「やだ、こっちにくる……!」
「あの、お店出ましょう。会場スタッフに相談すれば、きっと!」
そそくさと席を立とうとするが、メイドコスのいっちーさんは、なんといっても目立つ。こんなとき、美人は本当に大変だと思う。
(な、なんとかしなくちゃ……)
焦るコウ太であったが、向こうにはすぐに気づかれた。
「柴野さん?
秀夫さんは、ちょっと普通ではない勢いでまくしたてる。
市香さんというのは、いっちーさんの本名なのだろう。ストーカー相手に名前を知られているのは、かなりの恐怖のはずだ。実際に、コウ太の背に回り怯えている。
「……あ、あの! やめてください、イベント中ですから! 帰ってください!」
「なんだ、君は? 私は、柴野さんに話がある。大事な話なんだ!」
「で、ですから、あの! そ、その! あ、あとで……」
パニクって、言葉がたどたどしくなる。
ふと見ると、秀夫というストーカーの胸には、カーニバルの参加証兼名札がかかっている。まさか、カーニバルに参加するいっちーさんを付け回すために参加したのだとしたら、すごい執念である。それゆえに危険だ。
いっちーさんは大切なゲーム仲間なのだ。コウ太にTRPGの楽しさを教えてくれたのだ。だから――。
「やめてください!!」
コウ太は、もてる勇気を振り絞って割り込んだ。
しかし、キモオタの虚勢などたかがしれている。
「邪魔をしないでくれ! 私は、彼女に聞かなければならないことがある!」
秀夫さんは、ぐいっとコウ太を押しのける。
初老の男性とは思えないほどの力で、コウ太はバランスをしてしまう。
イベント会場となっているホテル内での騒動ゆえに人の目を惹いた。
トラブルが、騒ぎになりかけている。
「柴野さん! ほら、私のこの顔に覚えは――」
「やめぬか、たわけ!」
「の、信長さん!?」
ぐいっと間に入った信長が、秀夫さんを投げ飛ばしたのだ。
ナイス登場判定! コウ太は思わず喝采を送った。今のは甲冑組打ちであろうか。それにしても鮮やかに相手を転ばしたものである。
しかも、南蛮胴にマント、高髷という、よくフィクションで見かけるあの織田信長の格好だ。似合いすぎている、というか本人だから当たり前だ。
「あの、信長さん。その格好は……?」
「いやな、ライブRPGのスタッフから“いめぇじ”にぴったりだから是非この衣装で信長を演じてくれと頼まれたところでな」
「そうだったんですか。そりゃあぴったりですよね」
第六天魔王本人なのだから、これ以上の適材はないだろう。
魔王になった自分とか御免こうむると言っていたわりにノリがいい。
「見れば、コウ太が狼藉に巻き込まれておる様子。すわ一大事と駆けつけたのじゃ。大事ないようで、何よりじゃ」
「ええ、おかげさまで。いっちーさんも。……あの、いっちーさん?」
いっちーさんは、目を見開いている。信長に視線が釘付けだ。
無理もない、第六天魔王が助けに来たとなったら、そのくらい驚くだろう。
白馬の王子様ならぬ、白馬の戦国武将というのはすごいシチュエーションだ。
いや、それ以上に様子がおかしい。ちょっと、普通じゃないような……。
「――兄上! 兄上様!! わたくしです、
「ふぁっ?」
市、もしかしてお市の方のことだろうか? つまり、
コウ太の思考能力が、こんがらがってわけがわからなくなっていく。
「お市……! まさか、本当にお市か!?」
「はい、お懐かしゅうございます。兄上様……」
「ふぁああああああああっ?」
信長も、いっちーさんを自分と血を分けた妹だと、認識したらしい。
そりゃまあ、いっちーさんが美人なのも納得である。
お市の方と言ったら、数奇な運命を辿る戦国一の美姫と名高い。
「え? えっ!? どういうこと、ええええ……?」
本能寺の変で無念の最期を遂げた織田信長が、現代日本に転生してTRPGを遊んでいるというのも衝撃だが、その妹お市の方とメイドコスをして再会するとか、怒涛の展開である。怒涛すぎて理解できない。
ここで、投げ飛ばされた秀夫さんがムクリと起き上がった。
「お、思い出した! たった、今! ……
「おぬし、もしや……」
信長もさすがに驚愕している。秀夫さんの顔に、見覚えがあるようだ。
「――たった今、自分が何者か、ようやく思い出せました! 殿! 私です、
「……サル、おぬしであったか」
「ふぁああああああああああああ~~~っ!?」
秀夫さん、どうやら豊臣秀吉らしい。
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