第24話 織田信長、加速する

 TRPGカーニバル・ウェストの開会式は夕方近くに宣言された。

 信長とともに物販を回った後は、コウ太は夜の部開始のライブRPGに参加した。

 それも無事終わったところなので、ラウンジのソファーに座って一休みである。

 信長は明日、二日目の部に参加するので、珍しく別行動だ。

 初日が終わろうとしているが、まだ祭りは始まったばかり。夜通し遊ぼうというゲーマーたちが独特の気迫をまとわせて行き来している。


 ライブRPGでは、瑠韻さんとマハルさんとも出会ったが、彼らは光の陣営で敵同士なのだ。挨拶はしたが敵とは馴れ合いはしない。向こうもそのつもりらしく、意味ありげな視線を送ってきた。ゲーマーは勝つために最善を尽くし、終わった後には健闘を称え合って仲良くする、これである。

 コウ太は、当然のごとく復活した第六天魔王側の闇の陣営を選んでいる。闇の陣営がこなしたセッションがわずかに上回っており、明日の結果次第となった。


 ホテルに隣接したコンビニは、見事なほどに食料、飲料が買いつくされてなくなっている。述べ人数にして千人がやってくるのだから、当然こうなる。

 晴海にあるコンビニと違ってイベント慣れしているわけではないから、店側も大変だろう。

 会場周辺には飲食店もあるが、このイベントを遊びつくそうというゲーマーたちは、店までの移動や食事の時間も惜しむものである。混むと並ぶし。

 飲み物やパンの類なら会場でもまだ買える、そこでペットボトルのお茶を買った。


「コウ太さん、お疲れ様ですー。ライブ終わったとこですか?」

 可愛い声がかかった。このちゃんである。

 参加者に配られたトートバックにるるぶと筆記用具を詰めているところを見ると、フリープレイで遊んできたようである。

「そっちもお疲れ、ちょうどライブRPGが終わったとこなんだよ。初日は僕たちの陣営が勝ち」

「おめでとうございます。勝敗は、明日の夜の回ってことですよね」

「うん、どうなるかな? 二日目のライブはノブさんが参加するから、その結果次第だよね」

「そういえば別行動ですねー。ああ、ノブさん新しいゲーム買ってフリープレイルームにいましたよ」

「何買ったか聞いてる?」

「確か、『トーキョーN◎VA』のはず」

「……ノブさん、サイバーパンクわかるのかな?」


 『トーキョーN◎VA』といえば、国産サイバーパンクTRPGの中でも歴史あるシステムだ。改訂を繰り返し、現在は第五版『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』が展開している。タロットカードをモチーフにしたニューロデッキを組み合わせてキャスト(PCのことである)を作成し、トランプで判定する。

 コウ太が、まだやったことのないゲームのひとつだ。

 現代日本には適応できた織田信長であるが、近未来を舞台とするサイバーパンクをプレイする――。

 いつもの信長を想像してみると、意外とできるんじゃないかなと思える。

 歴史の教科書にだけ登場する織田信長ならいざしらず、であるが。

 

「それでですねー。いっちーさんと会ったから、挨拶したんですよ」

「えっ……!?」

「メイドコスしてましたよ。美人さんでした」

「そうなんだ、メイドさんの格好してるんだ……」

 開会式が始まってから、コウ太はいっちーさんらしき人を探そうとはしていた。

 イベント参加者は、会場内では参加証も兼ねる名札を下げるルールである。

 それを確かめていっちーさんを探そうとしたが、女性の名札をジロジロ見るとか、不審人物もいいところだったので、思い直してやめた。


「会場内にいるはずですから、また会えると思います。コウ太さん来てるって伝えておきましょうか?」

「あっ、それはいいかな? 自分で声かけたいから」

 信長がいたら、「何を遠慮しておるのか」とか怒られてしまうだろう。

 しかし、気が引ける者は気がひけるのだ。

 コミュ障のつらさである。

「ああ、それもそうかもですねー。あっ――!?」

 ドンッ、とホテルが揺れた。

 思ったよりも大きな衝撃だったので、ゲーマーたちも何が起こったのかと困惑気味である。

「……地震だ!」

 グラグラと揺れが続いて、しばらくして収まった。

 びっくりさせられたが、被害が出るほどではないようだ。

「最近、多くないですか? 夏休み入ってからも何回か揺れましたし……」

「そうだね、なんか嫌な感じだね」

 夏に入ってから、たびたび地震が起こっている。

 大きな地震の前触れでなければいいのだが。

 スマホで緊急地震速報を検索してみると、震度四度強。わりと大きいが、カーニバルが中止されるほどではないだろう。


「おお、コウ太とこのちゃん。無事であったか」

「あっ、信長さん。そっちは大丈夫でしたか?」

 ルールブック一式をバッグに詰めた信長がやってくる。

 特に大事はなさそうだ。

「心配はいらぬ。ちょうどセッションを終えたところにぐらりと来ただけよ。おお、『のゔぁ』では、“あくと”というらしいのう。実に面白きゲームゆえ、コウ太にも教えて進ぜよう。フリープレイでわしが一卓設けるのもやぶさかかではない」

 地震のことなど、すっかり忘れてセッションの話題を振るあたり、影響はほとんどなかったのだろう。

「じゃ、あたしは未成年なんでこれで寝ますー」

 このちゃんはペコリと一礼してその場を離れた。信長と一緒に手を振って見送る。

 今からだと、ゲームデザイナーのトークショーもあるだろうが、聞いていたら夜遅くなるのは確実である。


「して、そちらの首尾はどうじゃ?」

「初日は第六天魔王の勝ちですよ。信長さん、どっち陣営で参加するんですか?」

「光陣営じゃな。魔王になったわしとか御免こうむる。……いや、それもあるが、いっちーさんとは会えたのか?」

「それが、まだ会えなくて……」

「踏ん切りがつかぬと見えるな。さてはおぬし、惚れておるな?」

「ファ!? な、何言い出すんですか! いっちーさんとは声でしか話してないのに」

 焦るコウ太に対し、信長は微笑ましげに目を細めている。

 実際、顔を合わせたこともなく音声のみで話だけの相手だ。

「声に惹かれることもあろう? なあに、恥ずかしゅう思うことではない。男女が惹かれるのは自然なことぞ」

「い、いやあ、そういうのではないと思うんですけど……」

 オンセで卓を囲んだから好きになったとか、こじらせたオタのようだ。

 いや、実際にこじらせたオタではあるとコウ太は自覚している。

「よいよい、迷い悩むが恋の道よ。おぬしは見てくれを気にしておるようだが、醜男でも秀吉のように妙に女子に好かれるのもおる。気にせんことじゃ」

「でも、秀吉キモかったんですよね?」

「あやつ、女子にはマメであったからな。キモいが細やかな気遣いもできる。そういう男は女子に好かれるものよ」

「はあ……」

 それは参考になるのだろうか?

 実のところ、惚れているのかといわれてもピンとは来ない。

 好意ならある。声やSNS上のやり取りしかないが、すごく素敵な女性だ。

 それが恋愛感情なのかどうかは、コウ太にはわからない。

「よし、明日はおぬしのためにもいっちーさんとやらを探してみようではないか」

「え、ええ、そうしてみます。メイドさんの格好してるって話です。で、でも、好きとか、そういう話はしないでくださいよ!」

「任せよ。わしは左様に野暮な男ではないぞ」

 したり顔の信長が、頼もしいようなそうでないような……。

 カーニバル初日、第六天魔王を奉ずる闇の勢力が勝利したり地震があったりと、いろいろと波乱含みで夜は更けていくのであった。

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