第52話 織田信長、天魔覆滅

 アーバンアクションTRPG『トーキョーN◎VA』。

 熱狂的なファンと根強い人気を誇る国産サイバーパンクTRPGの金字塔である。第五版『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』が展開中である。二二種のタロットカード(クロウリー版やトート版と呼ばれるものだ)をモチーフとした生き様や職業を表わすスタイルを三つ組合せてキャラクターを作成する。

 映画的シネマチックとも言われ、PCをキャスト、NPCはゲスト、エキストラと呼んだり、シーンの概念を強く意識した演出が行われる。

 さまざまな画期的な試みがなされたTRPGであるが、中でも画期的であったのがおそらくTRPG史上初となるトランプによる判定ルールであろう。ここぞというときに強いカードを切って活躍したり、あえて悪いカードを切って失敗することも選べる。

 信長のようにエースを切れば達成値21、手札から狙ったときに決定的成功クリティカルを出せるのだ。


「賽の目なんぞ、こうして如何いかようにも覆せるのじゃ! かくて運命の扉は開かれた――」

 そう、いかなる状況でも運命の扉は開く。可能性は閉ざされない。

「屁理屈を……。もはや、器を生かしておく意味もなし。やれい、戦国龍虎よ!」

 シナリオ大魔王が下僕として命じると、謙信ドラゴンと信玄サーベルタイガーが咆哮を上げて迫ってくる。

「ふうむ、コウ太よ。おぬし、わしを『N◎VA』のキャストで作成すると……スタイルは何を選ぶ?」

「あっ、はい! カリスマ◎、ハイランダー●、エトランゼです!」

「ほう、最新サプリのマイナスナンバーも採用するとは剛毅よな!」


HANDLE:織田信長

STYLE:カリスマ◎、ハイランダー●、エトランゼ

理性:6/13 感情:6/14 生命:0/6 外界:10/15


 ここで、スタイルについて説明せねばなるまい。

 カリスマとは、教皇のタロットのスタイルだ。指導者、父性原理、精神的リーダー、政治家などだ。そしてハイランダーは星のタロット。軌道上の特権階級や貴族的階級、天上人を表わす。最後にエトランゼだが、『N◎VA』のスタイルは正規のものの他に、特殊な九種のマイナスナンバーも追加されている。エトランゼは、異星人や時空間移動者などのここではないどこかから来た者たちを表わす。

 スタイル名の後ろにつく◎は、そのスタイルが表の顔であるペルソナであることを表し、●は本質や深層心理、真の顔のキーを示す。何もないのはシャドウといって自覚や意識をしないが持っているスタイルを指す。

 信長は戦国大名という封建的リーダーという外的イメージを持ち、その本質は天下人、そして過去の時代からやってきた異邦人というわけだ。


 そして、もうひとつの『N◎VA』の特徴だが――。

 プレイヤーの分身となるキャストは、格段に強い。

 選んだスタイルごとに、シナリオ中それぞれ一回ずつ、判定もなしに宣言すると発動する“神業”が使えるのだ。

 殺し屋を表わすスタイル、カタナのキャストは《死の舞踏ダンスマカブル》の神業を宣言すると相手は死ぬ、丸めた新聞紙で殴ろうが死ぬ。探偵の《真実トゥルース》は、相手に嘘偽りなく知っていることを白状させる。富豪や企業の重役の《買収M&A》は、五〇〇〇兆円だろうがポンと出せる。


「《神の御言葉ゴスペル》じゃ! 信玄サーベルタイガーよ……!」

 カリスマの神業は《神の御言葉ゴスペル》。相手は精神崩壊して廃人になったり、戦闘意欲を失ったりする。

 踊りかかった武田信玄サーベルタイガーは、威厳あふれる信長の「お座り!」に恐れをなして座り込んだ。野生の牙がすっかり抜け落ちている。


 一方、咆吼とともにクリティカルブレスを浴びせようとする上杉謙信ドラゴン!

「こちらは《超越品ハイパーアイテム》で決着よ。いでよ、我が名物アーンド織田家臣軍――!」

 エトランゼの神業は、超科学や異文明の不思議な物品、超技術によって不可能を可能にする《超越品ハイパーアイテム》。今まさにブレスを噴こうとしたドラゴンに、織田信長が名物狩りで集めまくった逸品の力が降り注いだ!

 九十九髪茄子つくもかみなすは光の障壁を展開してブレスを弾き、初花肩衝はつはなかたつきが謙信ドラゴンの周囲を飛び交ってレーザーを放つ。本願寺から取り上げた白天目茶碗しろてんもくちゃわんは妖しい魅了で幻惑した。

 さらには、備前長船光忠びぜんおさふねみつただ大般若長光だいはんやながみつ織田左文字おださもんじ実休光忠じっきゅうみつただ、本能寺で焼失したという薬研藤四郎やげんとうしろうまで、数々の刀剣が謙信ドラゴン目掛けて降り注いだ。名刀乱舞の大盤振る舞いである。

 さらには三間半の槍衾やりぶすまを構えた織田軍団が殺到した。

 先陣を切ったのは名馬百段ひゃくだんを駆って「ひゃっはあああああっ!」との荒々しい声をあげる森武蔵守長可もり むさしのかみ ながよしだ。森蘭丸の兄にして織田軍団随一の荒武者、人呼んで鬼武蔵。どれほどかというと、今秀吉が青い顔をするくらいには容易に人死を出す。小牧長久手の戦いで討ち死にしたが、自陣営に引き入れたはずの秀吉が大喜びするほどだったのだ。

 その鬼武蔵が、人間無骨にんげんむこつなる物騒な銘の十字槍を、巨大なドラゴンの喉元にぶっ刺した。骨がないかのごとく人間を貫通したのでこの銘がある。

 悶え苦しむドラゴンに、信長が天高く飛び上った。

「とどめは、わしの一撃じゃ! とう――」

 信長が大地を蹴って飛んだ。そして宙から振ってくる一刀をはっしと掴み、ドラゴンの眉間目掛けて振り下ろす。国宝へし切り長谷部の一撃だ。

 神業は神業でしか対処できず、謙信ドラゴンは為す術なく、どうと倒れた。

「ふむ。坊主を斬ってへし切り長谷部より、ドラゴンを斬って“竜斬りドラゴンスレイヤー”長谷部のほうがよいわ!」

 着地するなり刀身をまじまじと見ながら言う。これよりドラ斬り長谷部である。


 あまりのことに、超存在であるシナリオ大魔王が困惑する。

 こんなゲームがあってたまるものか、と。

 だが、彼が知らないだけで、この世にはいろいろなTRPGがあるのだ。

「驚いたかシナリオ大魔王。TRPGとは遊興のためにある。恨みを晴らす道具ではない。おぬしに楽しむ心があれば、斯様に痛快無比なるTRPGを遊べたのじゃ」

「お、おのれ……」

「トランプの判定だけではない。世の中には、じゃんけんやぜにの裏表で判定するTRPGもあると言うぞ。さあ、どうじゃ? 恨みを捨て、わしと一卓囲まんか」

「だ、黙れ! そんなもの、興味はないわ! もはや滅ぼすのは徳川の世のみばかりではない! 織田信長という存在と可能性ごと、消し去ってくれる!」

 シナリオ大魔王が、その巨大は腕を振るい上げ、信長を叩き潰そうとする。

 時空ごと消し去る、虚無の一撃となるはず――だった。


「コウ太よ、おぬしのシナリオ『天使の卵』のダウンロード数はどうなった?」

「ええと……。あっ、すごいです信長さん! もう一万ダウンロード超えてる!」

「ほう、ようやった。では、来てもらおうか。――織田信長にな!」

 後はシナリオ大魔王が腕を振り下ろせば、織田信長は消えるはずだ。

 なのに、この余裕と希望はどこからわいてくるというのか。

 信長には、ハイランダーの神業である《天罰ネメシス》が残っているのである。


「ノブさぁぁぁぁん、コウ太さぁぁぁぁん!」

 聞き覚えのある、可愛らしい声が響いてくる。そう、このちゃんだ。

 天駆ける馬にまたがり、南蛮胴にマントという覇王信長スタイルでやってきた。

「このちゃん! 僕のシナリオ、遊んでくれたんだね!」

「はい、遊びました。面白かったですよあの秘匿ハンドアウト!」

 織田信長の格好で答えたこのちゃんは、快活に言う。

 コウ太が練りに練った『天使の卵』の秘匿ハンドアウトにはこんな仕掛けがある。


PC用共通秘匿ハンドアウト

コネ:織田信長   関係:自身

 あなたは( A )ために現れた織田信長の( B )である。今、世界の危機が迫っている。あなたはその危機に駆けつけ悪魔の卵から生まれたものを倒さなければならない。


表A     2D6 ROC

1    GM、プレイヤーの任意

2    悪を滅ぼす

3    人を助ける

4    正義を果たす

5    敵をぶっ飛ばす

6    他のPCに協力する

7    世界を救う

8    命を守る

9    大切な人の

11    時空連続体を守る

12    処刑を実行する


表B     2D6 ROC

1    GM、プレイヤーの任意

2    クローン

3    転生体

4    外見をしたロボ

5    人格プログラム

6    ヒーロー

7    英霊

8    本人

9    ヒーロー

11    姿をした宇宙人

12    亡霊


 2D6の表を振って秘匿ハンドアウトを完成させるという仕組みだ。

 顕如ミツアキさんとのセッションデュエルで使ったシナリオをさらに発展させたものである。これを拡散して大勢のゲーマーにプレイしてもらったのだ。


「わたし、世界を救う織田信長の英霊だったんですよ。『DX3』で遊んだから、レネゲイドビーイングのPCなんですよ。楽しかったー」

「ありがとう、このちゃん!」

 満足げににっこり微笑んでいる。コウ太も嬉しい。

 シナリオ『天使の卵』は、シナリオ仙人に習って改変自由とし、多くのTRPGに対応可能とした。誰かが『DX3』ように改変してくれたのだ。

「あっ、カッコちゃんは『マージナルヒーロー』で遊でましたよ。正義を果たす織田信長ヒーロー、ノブナガ・プリティだって!」

 このちゃんの後輩カッコちゃんも、コウ太のシナリオを遊んでくれたのだ。

「コウ太さん。今度、俺もプレイヤー遊ばせてもらっていいですか?」

「もちろんだよ、サツキくん! ランダムだから、GMしてても楽しめるしね」

 いつもクールな雰囲気のサツキくんが、にこやかに笑って言う。

 そうとも、TRPGってのは楽しくて救われなくちゃいけない。こんなふうに。


「見たか、シナリオ大魔王。この現世、魔王のわしも多いが、そうではないわしも数多に生まれておるのじゃ。これぞ下天の夢。受けよ、《天罰ネメシス》――」

 ハイランダーの神業、《天罰ネメシス》が発動する。

 効果は、。繰り返すが、

 どんな傍若無人なことでも、軌道人の特権で起こってしまう。理由もわからなくていい。

 信長が願う効果は、このシナリオで生まれたありとあらゆる織田信長を、この場に召喚すること!

 ――そして来た、世界中からTRPGのPCとして作成された織田信長たちが。

 カッコちゃんのノブナガ・プリティも、宇宙艦隊を率いる女体化した織田信長も、ダークヒーロー織田信長も、『メタリックガーディアン』の三機合体ノブナガロボも、『コード:レイヤード』で織田信長の宿った武器を使うPCも信長の亡霊も、織田信長ゾンビ、織田信長ヴァンパイアも、無数の織田信長がやってきた。

 古今の武将の中で、織田信長ほどさまざまにキャラクター化された武将はいない。

 これは断言していいだろう。戦国の世を峻烈しゅんれつに駆け抜けた生き様、イメージ、劇的な最期まで含め、あらゆるフィクション、エンターテイメントの媒体に登場した。いわんやTRPGにおいても、である。

 シナリオ大魔王が潰そうとする可能性を、はるかに上回るほどに。

 

 さらに断言しよう。人の数だけ夢があり、夢の数だけゲームがある。

 そして、ゲームの数だけ、織田信長がいる――!!


「これだけわしがおると壮観じゃ! みたか、わしたちよ。あれがシナリオ大魔王、世界の危機じゃ。これより修羅に入る! わしに続けーい!」

「「おおう!」」

 信長の掛け声で、信長たちがシナリオ大魔王に次々と攻撃をぶち当てていく。

 消しても消しても消えない、織田信長の物語が、虚無を埋め尽くしていく。

 信長パンチ、信長ミサイル、信長ビーム、信長レーザー、信長シューティングスター、信長波動砲、信長インパクト、信長クラッチ、信長ビッグバン……。

 可能性の塊である信長が、シナリオ大魔王に次々とぶつかっていく。

 この無数の織田信長たちは、大半が世界を救うというひとつの目的を持つのだ。

 何故なら、2D6の期待値と最頻値は7、振って出る確率は58.33%。

 さらに言えば、大半のTRPGプレイヤーは善良で協力的であり、よいプレイヤーというものはハンドアウトの誘導にはきちんと従うものである。


「バ、バカな……。我が消えるののか? 何故だ、何故なのだァァァァ……!」

 シナリオ大魔王とは、可能性と物語を消滅させる虚無、マイナスの存在だ。

 それに対し、織田信長から生まれたプラスの可能性がぶつかっていく。

 消えるのではない、無が有に転じている。

 合気、パトス、フレア、ポシビリティ、番長力、フェイト、コンバットプール、カルマ、夢と希望……。そうしたTRPGの物語に可能性を育むヒーローポイントが飛び交い、シナリオ大魔王の無を埋めていくのだ。


「ア……アアアアァァァァァァァァァァッ――!!」


 シナリオ大魔王が、歓喜にも似た絶叫を轟かせる。

 最後に、とどめとなったのはオリジンである織田信長の一刀。

 竜殺しの伝説を帯びた、“ドラ斬り”長谷部による斬撃が決まったのだ。

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