第三章 群雄エンカウント編
第21話 織田信長、軍議を開く
今日の町田ゼミは休講であった。九州で貴重な史料が発見されたらしい。
で、信長から用事があるというメールがあり、現在は駅前に向かっている。
信長の周囲には、数名の男女が集まっていた。
「おお、コウ太こっちじゃ!」
手を振る信長と、こっちに会釈する四人の男女。
年齢、世代はバラバラに見えるが独特のオーラがある。
コミュニケーションゲーマーズに集まってくるような、オサレではない。
佇まい、服装、体格、荷物、隠しようもない何かが滲み出てくるが、明らかにこっち側である。
ベテランになると、パッとお互いに姿を見ただけで卓ゲーマーのゲーム歴や習熟度をオーラ
「は、初めまして……。あの、信長さん。この方たちは?」
「おお、TRPGカーニバル・ウエストに行くというわしのオンセ仲間よ。わしが饗応の一席を設け、如何にして参加すべきかの助言をいただくのじゃ。斯様な会合を“おふ会”というのであろう?」
「ええまあ、そうですけど」
「ゲーマーへの饗応というたら一卓囲んでの心尽くしじゃ。これよりわしがGMを務める。コウ太、おぬしもプレイヤーで参加いたせ」
「そ、それは願ってもないですけど……これから?」
「無論よ。そのために集まっておるのだ」
やはり信長の決断力は早い、即断即決、即行動である。
天下取りは人に先んじるかどうかが物を言う。
会場は、駅からほど近い立地のマンションの一室だった。
「こ、こんにちわー」
コウ太が入ってくるとカウンターキッチン付きの2LDK、白い壁紙が目新しい築浅のフローリングの物件であった。リビングには、案の定テーブルと人数分の椅子が用意してあり、本棚にはルールブックと歴史書が並んでいる。
「あの、信長さん。この部屋は……?」
「うむ。TRPGカーニバル・ウエストは京で催されると聞く。なれば上洛じゃ。わしの手荷物にしろ出立の仕度にせよ、おぬしの部屋ではちと手狭であろう」
「じゃあ、借りたんですか!」
「いかにも。“りびんぐ”は“せっしょんるーむ”と軍議の席とし、“うぉーたーさーばー”も揃えておる。四畳半の茶室もある。ゆるりと茶を点てることもできよう」
つまり、信長はTRPGカーニバル・ウェスト上洛のために出城を用意したというわけだ。さすが戦国武将はやることが徹底している。
「まあ、僕の部屋で二人分の遠征用荷物置いておくのは狭いですけども」
コウ太の信長の同居生活は一ヶ月にも及ぶものの、二人分の荷物を揃えるとだんだん手狭になってきている。
「城というには狭々しておるが、名付けて“セッション砦”よ。おぬしの部屋より大学とバイト先に近い部屋を見繕わせた。どちらからも五分圏内じゃ」
「え? えええええっ!? 僕の都合に合わせたんですか!」
すごい、すごすぎる。部屋から大学までは自転車でも片道一〇分かかる。
信長は当時の戦国大名にしては珍しく、那古屋城、清州城、小牧山城、岐阜城、そして安土城と居城を転々と変えている。だからそういう感覚なのだろう。
これは、居を移すということなんだろうか?
「さあさ、皆の衆。席に座りゆるりとくつろがれよ」
席についたゲーマーは、コウ太と含めて五人。
それぞれが自己紹介した。全員ハンドルだ。
ブラウスでスラッとした女性の“マハル”さん。コウ太と格好が似たり寄ったりだがヒョロガリな“
これにコウ太と主催者の信長を含めた六名が、今回のオフ会兼上洛軍議のメンバーである。さて、そんな彼らを迎えてのセッションだが、信長が用意したのは『ソード・ワールド2.5』であった。
『ソード・ワールド2.5』は、八〇年代に発売された国産ファンタジーTRPGの名作『ソード・ワールド』の後継的作品である。
旧『ソード・ワールド』(以下、『SW』)は、当時珍しかった文庫での発売、ホビーショップ以外でも手に入りやすかった六面体サイコロ(ゲーム用語でD6)を判定に用いるなど、手軽に楽しめる設計によってブームとなり、リプレイや小説も多数展開した。
そして舞台を剣と魔法の世界フォーセリアからラクシアに変えて『ソード・ワールド2.0』、その改訂版である『ソード・ワールド2.5』が展開している。
――結局、数時間ののちセッションは滞りなく終了した。
皆ベテランのプレイヤーだけであって、まだTRPG初心者である信長のマスタリングをサポートしてくれた。信長も毎日のようにオフセ、オンセを問わず遊んではいるが、TRPG歴は一ヶ月ちょっとなのである。
特に、もち団子さんはルールや判定などをまとめた私家版のルールサマリーを用意してコウ太までもフォローしてくれた。一児の父で子供に手がかからなくなるまでTRPGをお休みしていたというが、ベテランの気配りというものは見習いたい。
「いや、皆の衆に喜んでいただき、わしも満足である。やはり、セッションとはよきものじゃのう」
「いやいや、ノブさんも初心者とは思えませんよ。私と同世代だから、三〇年選手なんじゃないかと思ってたんですが」
もち団子さんがさっそく称える。
実際、今日のセッションは前半部分は街での情報収集を行うシティアドベンチャーであった。後半からは、蛮族が潜んだ館を探索するものでダンジョン形式であったが、GMが初心者であることを考えると満点を上げてもいいのではないか?
2D6を振って参照するレーティング表も理解したようだ。
あたらめて思うが、信長はゲームへの取り組みとセンスが抜群である。
「さて、皆の衆に集まってもろうたのは他でもない。“うえすと”への備えと心がけを窺いたいからじゃ。忌憚ない意見を述べてくれい」
最後にコウ太に茶碗が回ってきたところで、信長は本題を切り出した。一服いただくと思ったより苦くない。
「ふーむ、実質二日と見ると四卓、多く見積もって五卓囲めればいいほうじゃな」
「公式卓に行くのが確定してるなら、時間も決まってますし、やりくりが必要です。トークショー、イベントに出るならその時間も考えておいたほうがいいです」
黒亭さんはTRPGカーニバルの常連らしく、攻略法を心得ている。
「やりたいゲームを絞ったいいかもしれません。あ、あとちゃんと寝たほうが結果的に遊べます。徹夜してセッション中に寝落ちは失礼ですし」
マハルさんが自分の体験からの意見を述べる。
睡眠は大切、これはオンセでもそうだ。
「つらつら聞くに準備はなかなか手間がかかるようであるが、皆の衆はその催しを心待ちにしておるのじゃな?」
「そりゃあもう。私も軽井沢の頃に参加したんですが、全国から同好のゲーマーたちが集まってくるイベントってのは、高揚感があります。都合で地元に帰った仲間とも遊べたりしますから」
もち団子さんが楽しげに語る。息子が小学校高学年になって、奥さんからも「あなたもう遊びに行ってもいいから」とお墨付きをもらったそうで、人生はかなり充実しているそうだ。
ともかく、信長の上洛準備は、着々と進行している。このセッションで意気投合したマハルさんと瑠韻さんは、さっそく相部屋の変更申請をするという。
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