第33話 織田信長、セッションへのお誘い

 コウ太は、信長が待つセッション砦へと向かった。

 信長は四畳半の茶室で茶の準備をしている。風炉ふろで湯を沸かすのは危ないので電子ポットを使うのだが、点ててくれる茶は本格的だ。茶菓子はシュークリームだが。造花を活けた花籠はなかごが室内にさり気なく飾ってあるあたり、風流人であった信長の側面を窺わせる。


「……ふうむ、卵にドラゴンのう」

「何か思い当たることってありますか?」

「いや、ようわからん。しかし、コウ太の言う夢はわしも見たことがある――」

「えっ!」

 信長も、あの夢を見ていたのだ。

 同じ夢を見たからなんだと言うかもしれないが、ではなんだというのか?

「わしに殺されていった者たちの恨みの念だとも思うておったがな。それをコウ太も見るとなると不思議じゃ。祟るというなら、わしに祟ればよかろうに……」

「祟りなんですかね?」

「いや、その森宗意軒という者から恨まれる筋合いはないな。其奴が乱を起こした頃には、わしはとうの昔に死んでおるはずじゃ。しかし、わしを戦国より呼び寄せた『悪魔の卵』は何やら関係があるやもしれん」

「シナリオ仙人とも、関わりがあるんですかね……?」

「それもわからん。森宗意軒とやらが仕えた小西行長とは、サルめの家臣であろう? この前の関ヶ原の動画でも名を聞いた武将じゃ」

 小西行長は、商人であったが宇喜多直家うきた なおいえに武士として取り立てられたという異色の経歴の持ち主である。三木城攻めで秀吉の元に使者としてやってきたが、気に入られて臣下となった。

 関ヶ原の戦いでは西軍側の将として奮戦するも総崩れとなって落ち延びる。その後は、みずからを捕縛して村越直吉むらこし なおよしの陣に出頭した。自害を禁じるキリスト教の教えに従って切腹を拒否、六条河原ろくじょうがわらで敗軍の将として斬首された。


 本能寺の変の後のことであるので、信長も詳しくは知らないであろう。

「森宗意軒とやらのこと、知っておるかもしれん。サルにもメールしておく」

「……あの、気を悪くしないでほしいんですけど。信長さん、ひょっとして魔王になりたいとか、思ってません、よね?」

「ならねばと思ったことなら、ある――」

 ある――。

 言い切った信長の表情は、表情は変えないものの、身を正していた。

 本能寺の変から現代日本にやってきて、これほどまでに闊達かったつにTRPGを遊んでいる織田信長であるが、戦国時代には確かに恐れられた存在ではあったのだ。

「あったんですか」

「泰平の世に生まれたおぬしにはわからぬであろうが、そうでもせねば世は治まらぬと思うてな。魔王と人から恐れられる所業ならば、いくつも心当たりがある」

「仕方なかったんですよね、それって」

「仕方なしで殺されてはたまったものではないであろう。おぬし、この世のために死んでくれと殺されて、喜べるか?」

「い、いえ……」

「であろう? 是非もなし、じゃ。なんと恨まれようが天下のためにはやらればならぬ、そしてやった。であるから、殺された側から見ればわしは魔王よ」

 淡々と語る信長には、言いようのない凄みがある。

 秀吉からの返事はまだだろうか? いや、メールを送ったばかりだから、すぐに返信はないだろう。ふとした沈黙が重なって、あまり深く聞ける話題ではない。

 それでもコウ太は聞かねばと思ったし、真正面から答えてくれたことは嬉しい。


「……あ、そうだ! シナリオ仙人についても、もう少し調べてみようと思ったんですよ。手がかり得られるかもしれませんから」

 強引かもしれないが、コウ太は話題を変えた。

「『悪魔の卵』のか? シナリオ仙人なる者のアカウントやメールアドレス、IPまでも検索いたしたが、これといった手がかりらしいものは得られなんだぞ」

「信長さん、そんな方法どこで覚えたんですか?」

「それなりにな」と返す信長は、やはり油断ができない。

 そりゃまあ戦だけではなく権謀術数の限りを尽くした戦国の勝者なのだから、当たり前といえば当たり前だ。


 シナリオ仙人は、自身のシナリオに関しては改変や動画作成の自由を認めており、動画チャンネルにも『悪魔の卵』のリプレイ動画、実況プレイ動画まで豊富に登録されている。実際に改変はさまざまな形でされており、中には原作明記をせず、盗作にだと炎上している例もある。もっとも、盛り上がっているがシナリオ仙人はそれについては口出ししない方針を貫いている。

 TRPGカーニバル・ウエストのライブRPGで使用されたシナリオについては「『悪魔の卵』のシナリオをライブRPG用に作ってみたのじゃ」と動画で告知して、運営に投稿したらしい。百人規模のゲーマーが何人も参加し、GMも数十名必要というシナリオを一人で作ったのだろうか? いや、まだ個人とも限らないが。

 ちなみに、たびたび動画に登場するシナリオ仙人は、可愛くディフォルメされた老人の姿をしており、声もベテラン声優が当てたかのような自然なしゃべり方だ。

 最近更新された動画には『一〇〇万PV達成間近』というタイトルがあった。


「一〇〇万PVって……」

 TRPGでそれほどのシナリオが閲覧されたという話はまず聞かない。最近はネット上でも話題になるが、一〇〇万単位でファンがいるなんて話は聞いたことがない。どれだけのゲーマーがこのシナリオを遊んだのだろうか。


「やはり、大人気じゃな。お礼のリプレイ動画も上がっておるぞ」

「……あっ、これ! ミツアキさんの動画ですよ!」

 リンクされている動画の中に、劇団B.O.Z.の名で投稿されているものがある。

 すっかり動画制作にはまり込んだとこぼしたミツアキさんのセリフを思い出す。

 彼が『悪魔の卵』の動画を作成していたとは思いもしなかったが、一〇〇万PVを達成した改変自由のシナリオなのだから、こういうこともあるだろう。

「この動画、二〇万再生とはなかなかじゃな。……ふうむ、出だしからランダム表を振るという趣向は気に入った。天晴である!」

 信長は、普通にリプレイ動画を観賞する腹である。

 ひどく胸騒ぎはするのは確かだが、この時点では何が起こるのかも不明だし、関わりすら不明なのだから、そういうものかもしれない。

 と、コウ太のスマホにメールの着信を知らせる振動がある。

 当のミツアキさんからのメッセージだった。

「今度の週末空いていますか?」というセッションのお誘いである。

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