第34話 織田信長、宿命の邂逅
週末、昼前時の渋谷――。
元々雑多に賑わう街であったが、例の渋谷ドラゴン騒ぎ以降、スマホやデジカメを片手に特別な動画を撮影してやろうという人々が加わっている。
コウ太と信長はというと、ハチ公像前というベタな場所で待ち合わせをしている。
待ち合わせの相手は、劇団B.O.Z.の座長にしてTRPGカーニバル・ウエストでコウ太が出会ったゲーマーのミツアキさんこと佐間原光顕である。
このベタな待ち合わせも、彼の指定なのだから仕方がない。
今日は何のゲームを遊ぶかも知らされていないが、ノブさんこと信長を一緒に連れてきてほしいという向こうからのご指名があった。
ネットのTRPGコミュニティ界隈では、しょっちゅうオンセに顔を出している“ノブさん”というゲーマーはちょっと知られた存在になっているらしい。
戦国時代に天下を取った武将は、TRPG界でも天下を取るのかもしれない。
それはそれとして、この週末までは森宗意軒とシナリオ仙人について調べてみたものの、あまり成果があったとは言えない。
森宗意軒自体が謎が多い人物である。キリシタン側の実質的な指揮官とされ、医学者でもあったという。海外で暮らした後に帰国すると、主君の小西行長は刑死しており、高野山に身を隠したのち大坂夏の陣で真田幸村の軍について戦うも落城。その後は浪人となって肥後天草に落ち延び、
その地には、森宗意軒神社という小さな社がある。
幕府
妖術ってとコウ太は突っ込まずにはいられなかったが、当時最新の科学知識を持っていたことが人々にそう映ったのかもしれない。
そして島原の乱で討ち死という最期を迎える。
なかなか奇妙な人物でフィクションかと思うほどであるが、実在したらしい。
秀吉も調査をしているが、小西行長
「やあ、コウ太くん。カーニバル以来だね」
待っていると、聞き覚えのあるミツアキさんの声がかかってきた。
相変わらず、ふわっとしたお兄さんという印象だ。残暑の中、黒のサマーセーターにクリーム色のボトムスという着こなしであるが、暑苦しさがない。
目印になるよう、小脇に『Wローズ』のるるぶを抱えているところがまたニクい。こういうオサレなゲーマーは羨ましくなってしまう。
「ほ、本日はどうもです! お呼ばれしてきました」
「よろしく。呼んだのは僕だから緊張しないで」
「こっちが、信長さ……ノブさんです」
「よろしゅうにな」と信長は挨拶した。
「へえ、あなたがノブさんですか。いや、思ったとおりだ」
ミツアキさんはしげしげと信長を見ると、感心したように呟いて、ひとりで納得してしまった。
何が思ったとおりなんだろうか? ミツアキさんの声のトーンが下がった気がしたが、コウ太はあまり気に留めなかった。
「あの、他のプレイヤーさんは? 先にプレイルームとかで待っているんですか」
「うん、まあね。じゃあ、歩こうか」
最近はボードゲームやTRPGの人気もあって、ボードゲームカフェやプレイルームも増えている。
渋谷にも、そういう店が何件があるとミツアキさんから教えてもらった。
街を歩いている途中でも、「あのとき村人を吊っておけば」とか呟くカードゲームの『汝は人狼なりや』の話をしている若者グループとすれ違ったりもする。もうちょっと場所を考えて話してほしいと、コウ太は心の中で先輩風を吹かせた。あくまでも、心の中だが。
過去、現代退魔アクションTRPG『退魔戦記』というゲームがあった。通称が『退魔』のせいで、ゲーマーたちが街中で「今度『退魔』やろうぜ」などと打ち合わせをしていたら警官に職質されたという笑い話もある。
後輩ゲーマーたちのためにも、TPOをわきまえた会話を心がけねばならない。
歩いている最中、ミツアキさんとの間に特に会話はなかった。向こうから話題を振ってくることもなく、妙な沈黙が続いて雑居ビルのプレイルームに案内された。
「さっ、ここだよ」とミツアキさんが店内への入室をうながす。
「……えっと?」
中に入ってみると、誰もいなかった。
シーンと静まり返った室内には、テーブルと椅子があって陳列されているゲームがあるだけ。店内のスタッフさえいない。
「いつも動画収録用のセッション録音とかに使わせてもらってるんだけど、今日は無理言って店貸し切りにしてと頼んだんだよ。邪魔されたくなかったからね」
にこにこと柔らかに微笑んだまま、ミツアキさんは振り返る。
目は笑っていない、その視線の先に信長を捉えている。
「あの、邪魔されたくないって?」
思わず、目を泳がせてしまうコウ太。
「うん、今から大事な話をするからね」
「おぬし、わしを知っておるな」
信長も表情を変えずにその視線を受け止める。真正面からだ。
「もちろん知っているとも、信長公のお顔を見忘れるわけがない」
「ミ、ミツアキさん……?」
「まったく、おかしなものよ。戦国の世からこちらの御世に来た者は、やはり皆TRPGを遊ぶ決まりがあるようじゃ」
「TRPGを遊んでいれば、いつかあなたと巡り会えると信じていましたから」
やはりそうなのだ。コウ太はうろたえながらも理解した。
ミツアキさんも、戦国時代からやってきた誰かだ。理由も意味も、何もかもがわかないが、そういうことだ。そして、おそらくは信長の敵なのだ。
「信長公、あなたは天魔だ。よって斬らねばなりません」
「ほう、わしを斬るか。如何にして?」
「TRPGの刃にて――」
穏やかな口調で、だが有無を言わさぬものを込めてミツアキさんは言い放った。
TRPGの刃によって斬る、それが冗談とは思えないほどの緊張が満ちた。
ミツアキはすっと目を細め、空いた左手を
コウ太は、思わず「あっ!」と息を呑む。
わかったのだ、ミツアキさんが何者なのかが。
「信長さん! こ、この人もしかして……!?」
「ああ、おぬしが思ったとおりの者で間違いない」
信長は、ミツアキさんから目を離さない。そして何者かも悟ったのだ。
織田信長と同時代に生き、天魔と呼んで
コウ太の予想が正しければ、彼は信長が相対した中でも難敵中の難敵――。
「ひさしいのう、本願寺の
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