第7話 織田信長、SANチェックする

 KPが困ったときはどうするかと言うと、目の前の相手に相談するのがよい。

 つまりは、プレイヤーの織田信長である。

「信長さんの時代に、地元の由来や出来事を知るにはどうすればいいですかね?」

「村の古老に聞くか、地元の寺に向かうな」

 さっそくシナリオを改変し、古老に話を聞き、寺に残された過去帳を調べるなどの情報収集に変更する。


「名主さんから、村の古老を紹介されました」

「なれば、『村の外れに屋敷のことでうかがいたい』と訊ねる」

「でしたら、その聞き込みがうまくいくか、判定しましょう」

「判定、とな?」

「丁尺が古老から話を聞き出せるか、それともできないかを決めるんです。丁尺は人から信用される〈信用〉の判定に45%……四割五分で成功します」

「それを賽の目にて決めるのか。なるほど、吉凶を占うが如し、じゃな」

「ええ、この十面体ダイスをふたつ使います」


 『CoC』の判定は、1~0が出る十面体ダイスをふたつ使う。

 一方を十の位、もう一方を一のくらいにすれば、01~00の数字が出る。このゲームでは、00は100と読む。

 これが技能の%以下、つまり〈信用〉45%以下であれば成功、上回れば失敗として行動の成否を決めるのだ。

「さっ、信長さん。このダイスふたつを振ってください」

「あいわかった。そら!」

 信長は、勢いよくダイスを放る。

 ダイス目は64、〈信用〉判定は失敗である。


「ええと、丁尺は疑われてしまって話を聞けません。『ふん、貧乏坊主に話すことなどないわい』と古老はそっぽを向きます」

「しくじりおったか! 哀れなやつよな、丁尺は!」

 どうやら、信長には丁尺の失敗が面白かったらしい。

 判定が失敗して機嫌を損ねるかと思ったが、探索者の丁尺を自分の分身というより別個のキャラクターという認識で作成したのがよかったのだろう。


 この判定には失敗したものの、寺で過去帳を調べる〈図書館〉判定には、ダイス目56で成功したので、屋敷の前の前の持ち主がウォルター・コービット改め太田小兵衛おおた こへいという商人のものであったことと、近隣の村人から怪しげな念仏を上げて気味悪がられたという情報を得られたことにした。

 そうした情報を得た丁尺が、いよいよ屋敷に乗り込む。

 シナリオでは二階建ての洋館だが、平屋の日本風家屋にMAPを書き直した。

 座敷、居間、寝所、書院しょいん納戸なんど、台所、湯殿ゆどのに土間など、信長から聞き取りながら、それらしいものに変えていく。

 地下室もあるのだが、戦国時代だと不自然だったので土蔵どぞうにした。


「じゃあ、ちょっとBGMを」

 フリーサイト音楽サイトで入手したBGMをタブレットPCで流す。

 オンセで『CoC』を遊ぶ際に雰囲気を出すためのものとして用意したものだ。

 ホラーシナリオ向けの、おどろおどろしい曲調である。

「な、なんじゃ、この怪しげな音色は……」

「雰囲気を盛り上げようと思いまして。TRPGの描写って、KPが語っているだけですから、それらしい気分になってもらいたいんですよ」

「平家物語を弾き語りする琵琶法師びわほうしのようじゃな! しかし、その板は曲もかなでおるのか。ほしい……!」

「あ、あげませんよ」

 ほしいと思ったら、何があっても手に入れる。

 信長が戦国時代、茶器などの珍重品を蒐集しゅうしゅうする名物狩りをしたことはよく知られている。

 コウ太の持つタブレットPCにも、その目を光らせた。まるで猛禽もうきんのようだ。


「ううむ、師匠の物をねだるわけにもいかんか。しかし、目を閉じると、寂れた屋敷が浮かんでくるようじゃわい」

「さて、どうしましょう?」

「一巡りして経文でも唱えればよい。それで悪霊はもう退散したと伝えれば、銭がもらえる。まずは、玄関から入るぞ。『御免ごめん』と言うてな」

 ……と、ここからコウ太はKPとして雰囲気が出るよう描写を語る。

 しばらく、托鉢僧丁尺の視点としよう。


 屋敷は野ざらしになって朽ち果てていた。

 戦国の世では、野伏のぶせりが根城にしそうなものであるが、そうした気配もない。

 囲炉裏から火も消えて久しく、無常の感がある。

「南無……」

 托鉢僧丁尺は、目を閉じて祈った。

 南蛮渡来品を集めた豪商、太田小兵衛の家屋敷も今は昔。

 きりぎりすが鳴くばかりの荒れようである。

 悪霊を調伏するよりも、名主が用意してくれるという夕餉のことが先にくる。

 武士の身分を捨て、仏門に入ったとはいえ、簡単に煩悩は消えぬということか。

 大方、悪霊などおらず狐狸こりたぐいに化かさたのであろう。

 さてともかく、丁尺はまず悪霊が出るという屋敷の部屋を探っていくる。

 まず、丁尺が探りを入れるのは、元のあるじが使ったであろう書院だ。

 入り込んだ風雨に晒され、染みが浮かんで何が描いてあるかも判然としない。

 しかし、その掛け軸からこちら睨むかのような気配を感じるのだ。

(面妖な……)

 丁尺、掛け軸が気がかりで顔を近づける。

 すると、染みと思われたのは血の滲みであるとわかった。


 なんとも和風な『CoC』だが、これはこれで怖い。

「えー、ここで丁尺は正気度ロールです」

「して、“正気度ろぉる”とは?」

「怖い思いをして正気を保っていられるかどうかでを判定するんです。正気を保っていられなくなると、狂気に囚われます」

「……乱心するのか。つくづく肝が座っておらんのう」

 というわけで、さっそく信長にダイスを握って振ってもらう。

 現代の正気度は45点、つまり45以下が出ればよい。

 これを俗にSANチェックという。

 『CoC』の醍醐味だいごみとも言われる判定だ。


「では、振るぞ。えいっ!」

 ダイス目は、67。失敗である。丁尺は正気度を1点失う。

 次のSANチェックは44%で行なうこととなり、こうして恐怖に直面すればするほど狂気に陥っていくのだ。

「元は武士と言うのに、血の染み程度に恐れをなすとは。この正気度がのうなったら、どうなるのじゃ?」

「悪霊に取り憑かれたと思って、逃げ出して寺に引きこもるんじゃないですかね?」

 正気度がゼロになると精神病院への入院がお定まりであるが、この時代には精神治療という概念そのものがない。

 ひどい話だが、座敷牢行きであろうか。

 では、また丁尺の視点に戻ろう。

 

 この書院造りの屋敷で何があったのか?

 丁尺が探ってみると、棚には何かが引っ掻いたような跡がある。

 戸棚を封じている板を引き剥がし、中に何が仕舞われているか確かめた。

 でてきたのは、どうやら南蛮渡来の書物であった。

 さすがに、南蛮の字は読めないので放っておくしかない。

 今度は寝所に向かうと、敷いてあった布団がいきなり覆い被さってきた!


「布団が覆い被さってきたとな……?」

 信長も不可解な怪現象に戸惑いの色を浮かべる。

 ベッドが跳ね上がってくる騒霊現象が起こるとシナリオには書いてあった。

 綿入り布団と言ったら高級品であるが、よくわからないのでこのように変えた。

 ダメージを受ける代わりに、SANチェックを行い、正気度を減らした。

 その後、隣の間からどんどん音がするわ、血が染み出すわ、怪現象が次々に丁尺に襲いかかり、順調に正気度を減らしていく。

 信長の操る丁尺は、さらに探索を続け、屋敷の側にある土蔵へと向かった。


 ぎい、と軋みを上げて土蔵の扉が開く。

 中は薄暗く、丁尺が灯明皿とうみょうざらに油を注いだ灯火で中をぐるりと見渡す。

 足を踏み入れると、置かれていた刀がすうっとひとりでに鞘から抜ける。

「やや、悪霊の仕業か!」

 戸惑う丁尺に、生者への怨念を晴らさんと妖刀の白刃が翻った。

 そして響く、絹を引き裂かんばかりの悲鳴!


「――おわぁ!?」

「ふふ、びっくりしましたか?」

 信長が引き込まれた時を見計らって、タブレットPCから恐怖音のエフェクトを再生した。大きな音量で、悲鳴が響くやつである。

 あの織田信長が、机から飛び退いて驚いている。

「おのれコウ太! うぬの仕業かっ!」

「えっ、ちょ、ちょっと! 信長さん、これゲーム! ゲームですから!?」

 思っていた以上のリアクションだった。

 効果てきめんであったが、効果ありすぎた。目を三角に釣り上げて怒っている。

「驚かしおって、この悪戯者いたずらものが!」

「ご、ごめんなさい。調子に乗りすぎました」

「いや、よい」

 信長は目を三角にしたまま、どっかと腰を下ろした。

 じーっとコウ太をにらんで言う。

「……続けよ」


 ここから先、結末まで語ると改変したとはいえ付属シナリオのネタバレとなる。

 托鉢僧、丁尺の探索と恐怖の物語はここまでとさせていただく。

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