第6話 織田信長、プレイヤーデビューする

「えー、ではよろしくお願いします。信長さん」

 コウ太はセッション開始の挨拶をする。

 セッションとは、TRPGだとみんなで集まって話が一回終わるまでを意味する。

 ジャズセッションなどで、奏者が集まって演奏を終えるまでと同じだ。

 実は、コウ太はオンラインでのセッションはかなりの経験を積んでいるが、オフラインのセッション――オフセはこれが初めてである。


「僕は、これからKPを務めます。コウ太と申します」

「“きーぱぁ”か。噺を進める役であったな」

「はい、“Keeper for Arcane Lore”ってことで、“秘密の知識を守る者”って意味です。他のTRPGでは、GMって呼びます」

「左様か。いろいろあるのだのう」

 TRPGの進行役、審判役の名称はGMが一般的だが、ゲームによっては違うこともある。

 KPという名称も、クトゥルフ神話という秘められた知識を守りつつ、プレイヤーにゲームを提供していくという思想の現われだ。

「では、信長さん。まずは自己紹介をお願いしていいですか?」

「今さらか? 織田平朝臣三郎信長じゃ。もう七日も寝食を共にしたのだぞ。おぬしも知っておろう」

「いや、これはセッションをするときの礼儀ですよ。場が改まったわけですから」

 実際、TRPGでも自己紹介と挨拶は重要である。

 しないと、スゴイシツレイに当たるので気をつけたい。


「礼儀と言われれば致し方なし。うむ、それもそうじゃな。なれば、コウ太がわしのTRPGの師匠じゃ。此度は改めて弟子入りさせていただく」

「え? えぇぇぇぇ……」

 なんと、信長は手をついて頭を下げた。

 大河ドラマでよく武士がする、あの礼だ。

 織田信長が頭を下げるとか、さすがに恐縮する。

 信長も封建時代の人物である。弟子として入門するとなれば、年齢に関係なく師に習うのが当然なのだ。弓矢、鉄砲、兵法と、信長も若き日は師について学んでいる。


「ちょっと緊張するなぁ……」

「なあに、TRPGとは遊びであろうが。師匠というても、遊びのうえでじゃ。かしこまっていては面白く遊べんし、遊びに身分の上下もないものよ」

「いや、そのとおりですね」

 大変物分りがいい弟子だ。

 よくよく考えてみれば、信長は、若い頃は尾張の大うつけと呼ばれた傾奇者である。遊びのいきを心得ているのだ。実際に趣味人であったし。


「僕が師匠というのはちょっとアレなんで、KPって呼んでください」

「おお、KPだな。心得た」

「では、信長さんはこれから、僧の丁尺になったと思って演じてください」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……。この世は一切が無常なり」

「お、おお、その調子です! 信長さん、それがロールプレイというやつです」

「これがか?」

「ええ、そうです。口で説明するのは難しかったんですが、まさにそれです!」

「ふうむ、“ろぉるぷれい”とは、要は猿楽さるがくのようなものじゃな」


 能楽は狂言とともに江戸時代までは猿楽と呼ばれる。

 かつては、おかしみや滑稽こっけい芸に頼らず、文学性があって高尚な芝居などを「能がある」と評した。

 能と狂言が別のジャンルの芸能に区別され、能楽と総称されるようになったのは明治以降のことだ。幽玄で高尚なものを能、滑稽なものを狂言に分けたのである。

 信長が猿楽の愛好家であることも、広く知られている。

 当時、上演の申し合わせは一度きり、猿楽は即興芸能の一種であった。

 であればこそ、即興劇の要領は大体わかっているようだ。


「じゃあ、その丁尺が托鉢に出ていると、依頼人がやってきます」

「ほう、してその依頼人とは何者じゃ?」

「ええと、シナリオにはボストンに館を買った家主の甥だそうです。探索者がミステリアスで、オカルティックなことに……ええと不思議なことや悪霊騒ぎに興味がある者なら、この甥が推薦するとか書かれていますが」

「戦を投げ出して出家した坊主に、そんな縁者えんじゃがおるようには思えんな」

 顎に手を当てて思案する信長である。

 キャラクターの設定がシナリオと食い違うことは、往々にある。

 しかも、元は一九二〇年代のアメリカのボストン郊外にある洋館を探索の舞台にしたシナリオであり、戦国時代の托鉢僧が依頼を受けるという展開は想定にない。

 しかし、こういうときは即興でなんとかできる。アドリブ対応をするのだ。


「では、その屋敷があるところの、名主の娘からの依頼というのは?」

惣村そうむらの名主の娘が、托鉢僧になにやら悪霊が出るという屋敷を調べてほしいと頼みに来おるのか」

「丁尺はAPP13……魅力的な僧侶ですし、娘もこの方ならばと声をかけてきます。どうでしょう……?」

 コウ太は様子を見守る。名主の娘にしたのは、依頼人が女性の方が頼られ甲斐があると判断してのアドリブによる改変である。妙齢の美人であれば、なおいいだろう。

「……いや、面白そうじゃ! よいぞ」

「よかった、じゃあ名主の娘はこう言って呼び止めます。『もうし、旅のお坊さま。お願いがございます』と」

「なら、丁尺は『拙僧せっそうにご用かな?』と返すな」

「あ、TRPGになってる……!」

 ロールプレイとは、役割演技と訳される。

 その役になったつもりで、実際に演じるのだ。

 演じると言っても、舞台劇のように演じなくていい。

 演じてもいいが、即興の創造性の意味での演技力が評価される。

 なるべくそれっぽく演じられたほうがいいが、それっぽくなくてもいいのだ。


「よしよし、調子が出てきたわ。続けてくれい」

「えー。では『お坊さま、村の外れの荒れ屋敷に悪霊が出ると言われまして難儀しております。どうか悪霊祓いのご祈祷を願えますか』と娘は言います」

「うむ! 丁尺曰く、『左様な屋敷、打ち壊すか燃やせばよいではありませんか』じゃ」

「あー、信長さん。それできないんです」

「できない、とな?」

「名主さんは、せっかく屋敷を手に入れたんで、なるベく残したいんですよ。だから、そんなこと言うと娘は止めます」

「なかなか強欲な名主よのう……」

「屋敷を燃やしたらゲームにならないんです。悪霊も出てこないで終わりです」

「なんじゃそれは? 少しも面白ろうないではないか。せっかく興が乗ったところだというのに」

 ここで屋敷を燃やすと、シナリオ終了となる。

 状況によっては面白いこともあるかもしれないが、そうでないことが大半だ。

 探索もなしでめでたしめでたし、では文字通りお話にならないのである。


「ですから燃やさないで調べることにしたいんですよ」

「なれば、その事情を話し、祈祷の礼に飯と泊まるところの世話を持ちかければよい。丁尺は、食うや食わずの托鉢僧であるから、話にも乗ろう」

「じゃあ、名主の娘はそのような事情を告げますよ。『屋敷を燃やすなんてとんでもないことでございます。建て直す手間もかかります。お坊さまの食と寝るところもお世話させていただきます』と」

「なら、受けるであろうな。祈祷料もあるのだろ?」

「それなりに出すようです。報酬は二〇ドルですけど……戦国時代に換算かんさんするといくらなんだろう? 悪霊退治の相場はわかんないですが」

「相応、ということでよかろうな」


 というわけで、依頼を受けた丁尺は名主の娘に招かれて饗応きょうおうを受けたのち、そのいわくつきの屋敷を調べることになった。

 シナリオ中では、市内で図書館や記録ホール、民事裁判所で新聞記事や訴訟記録を調べるという情報収集が用意してある。

 しかし、戦国時代にそのようなものはどれもない。

 困った。

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