第39話 織田信長、秘策我にあり
シナリオを作ろう! そう決意するだけでシナリオがポンとできるほどTRPGは甘くないのである。
いや、できる場合も実はあったりする。誰でもシナリオが作れなければ、TRPGは広く普及しなかっただろう。
トラウマ持ちのコウ太でも、他人に公開できないだけでシナリオ作成だけなら可能だし、四〇〇年前の戦国武将で初心者ゲーマーである織田信長であろうとも、ダンジョンシナリオをすぐに作成することができるくらいだ。
だが、今回はどちらが優れたセッションが提供できるのかという勝負である。
作り上げただけでは、勝ちにはならない。より面白いシナリオが必要なのだ。
コウ太がまず最初に書き上げたシナリオは「これは悪し」と信長からのリテイクがかかった。そのダメ出しは覚悟していたものの、それはそれで堪えるものがある。
大学とバイトが終わってからセッション砦で信長と顔を突き合わせて相談するというこの状況が始まって一週間は経過したが、シナリオは一向に形にならない。信長もゲームの勘はいいがシナリオ作成のノウハウはない。こればかりは経験が物を言う。
「ええと。本当に、僕でよかったんですかね……?」
コウ太は率直に信長に訊ねた。お互い腹を割って過去を晒しあっただけあって、意見の交換は率直になった。だが、結局決意はしたものの肝心のシナリオが出来上がらないまま振り出しに戻った感はある。
「いや、わしにも簡単にシナリオが作れんことはようわかった」
ふたりして、セッション砦のリビングで疲労困憊である。
「シナリオ集やネットのシナリオ使ってみます?」
「それも考えたが、よくできたシナリオであればあるほど名も上がり、実はプレイ済みであったなどということもあり得る。新鮮な感動という点で不利じゃぞ」
一度プレイヤーとして遊んだシナリオを複数回遊ぶこと、あるいはGMをやったり何らかの理由でシナリオの内容を知っているのにプレイヤーで遊ぶことを、俗に既知プレイや承知プレイなどと言ったりする。
一緒に遊ぶプレイヤーや導入の立場が変われば、また新しい発見もあって楽しめるのだが、セッションデュエルという勝負の場ではデメリットになりかねない。
プレイヤーの選定は公平を期すため、お互いが四人のプレイヤーを連れてきて、対決一週間前に同時に公開にするという取り決めとなっている。
既存のシナリオをプレイ済みか確認し、調整する時間は取れそうもない。
「ダンジョンなら、築城の縄張りの要領を活かせるがのう」
信長といえば、日本の城塞建築様式に革命を起こしたほどの築城の名手であり、
だか、今回の勝負に信長ダンジョンがふさわしいだろうか?
相手は、その信長が十年も手を焼いた籠城戦の名手、顕如である。
「コウ太よ、ときに顕如はいかなるシナリオを用意したのか?」
「前にも話しましたけど、ストーリーがしっかりしている感動系シナリオです。お姫様がヒロインだったんですけど、僕ああいうシナリオは避けてたんですけど……」
「なれば、ダンジョンで挑むのは、逃げたと思われような」
ダンジョンというのは、手堅いのだ。敵を倒して財宝を得て進み、ダイスの目に一喜一憂するプリミティブな楽しみを与えてくれる。
しかし、キャラクターたちは、ダンジョンから出て野外を探索するワイルダネス、街での冒険を行うシティアドベンチャーと物語の幅を広げていった。
もちろん、ダンジョンシナリオが劣っているわけではない。シナリオの破綻なく作成でき、スリリングな冒険が楽しめるという点においては優れている。
完成された感動を呼ぶストーリーというのは、TRPGだとプレイヤーが介入する余地がないことになりかねない。
TRPGのシナリオは、シナリオ作成者が主人公を作成せず、プレイヤーが用意するという構造である。
主人公の性別、設定などのキャラクター性を定めずに小説を書けと言われたときの難易度を想像すれば、そのハードルの高さがわかるだろう。
そのうえ、PCは複数人おり、その行動の選択は作者のコントロールが及ばない。
しかし、それだけに自分たちの物語を紡ぎ出せたときの達成感と感動は大きく、ゆえにプレイヤーからの評価は高くなる。
「コウ太よ。おぬしは騎士を担当したと聞いたが、どうしてそうなった?」
「ええ、表を振ったんですよ。最初は漁民とかだったんでどうしようかと思っていたら、ミツアキさんが『ピンとこないなら振り直していいよ』っていうから二~三回振り直して、騎士になったんです。そしたら、あんなにストーリーがピッタリはまって、ダイスの運命ってすごいなって」
「コウ太よ。おぬしは顕如坊主に騎士になるよう選ばされておったようじゃぞ」
「選ばされた?」
信長は、何かに気づいたのだ。
思案を巡らせながら顎を撫でていた手を止める。
「でも、ランダムに表を振った結果ですよ? そりゃ振り直しはしましたが……」
「それよ。偶然シナリオにぴたりとはまったのではない。ぴたりとはまる必然の目が出るまで、顕如めはおぬしに振り直させたのじゃ」
「……あっ!」
「騎士の目が出たとき、なんと言ったか覚えておるか?」
「ええと、『いいんじゃない』とか『騎士かっこいいじゃん』か、そういうことを言ったかと!」
「それでおぬしに騎士をやる気にさせたのであろう。しっくりこない顔をした時を見計らって、振り直しを切り出す。これぞという賽の目が出たところで褒めてみせる。……顕如坊主め、存外やりおるぞ」
「で、でも、僕が振り直すなんてのもわからないはずですよ? 漁民で納得するかもしれないですし」
「それならそれでよいのだろう。何も、しっくりこないのがおぬしでなくてもよい。プレイヤーのうち、誰かがそういう顔をすれば振り直させ、騎士の出目へと誘導したはず。いや、騎士でなくとも姫を守るにふさわしい出自が出ればよい。プレイヤーのうち誰かひとりでもそうなればシナリオは成り立ち、ダイスの目で出た運命を天命として示されたと思うはず」
「そうだったんだ……」
では、あれはダイスの運命によって偶然生まれたストーリーが美しく導かれたわけではないということだ。だからといって、それであの感動が色褪せたり魔法が解けたりすることはない。
ミツアキさんは言った、幻想とは美しい嘘なのだ、と。
偶然や自分が選んだと思わせ、その実GMが誘導するというテクニック――これはマジシャンズセレクトの一種だ。マジシャンは、相手がみずから選んだように演出しつつ、狙ったカードを引かせるテクニックを持っている。
「そ、そんなことできるGM相手に勝てるシナリオなんて、どうやって用意すればいいんですか? 僕なんて、絶対失敗するに決まってます!」
「落ち着け、コウ太。わしとて初心者GMぞ。おぬしが弱気では、わしのマスタリングもしくじるのも必定じゃ。だいたい、TRPGのシナリオなんぞ、やってみるまで……ん? 待て待て、コウ太。もう一度言うてみよ」
「だから、絶対失敗するって……」
「――よう言うたな、コウ太! 絶対失敗するに決まっている。やはり、おぬしは大したゲーマーぞ! くはははははっ!!」
信長は、おかしなタイミングで納得し、呵々大笑した。皮肉か何かと思ったのだが、そうではない。
心底面白がっている、
「も、もしかして、何か思いついたんですか!?」
「うむ、我に秘策あり。待っておれよ、顕如坊主。コウ太、今すぐ筆を取れい!」
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