第40話 織田信長、デュエルスタンバイ!
決戦の日、
織田信長VS本願寺顕如、四〇〇年の時を経てTRPGの刃を交える。
コウ太、信長、ミツアキさん、そして合計八名のプレイヤーが集まった。
シナリオ作成者であるコウ太は、公平を期すためにプレイヤーでは参加はしない。タイムキープと双方の卓をネットでライブ中継し、票の集計を担当する。
会場には、すでにミツアキさんの劇団B.O.Z.所有の撮影機材とノートPCが持ち込まれており、準備は万端だ。
信長側は、今回の趣旨を説明してプレイヤーを四人選定した。結果集まったのは、このちゃん、サツキくん、いっちーさん、黒亭さんだ。ミツアキさんはネットで募集した初対面の相手で、劇団員は応援に来ただけでセッションには参加しない。岸辺教授もこのちゃんの保護者として同伴でやってきたが、今回はあくまでも見学である。
プレイヤーは交互に卓を変わって参加し、どちらが良かったかに一票を投票する。ネット観戦者の票はアンケートで集計し総計して一票とするルールだ。つまり、ネット視聴者全員でプレイヤー一人分の票を持つ。
セッション時間はそれぞれ四時間。時間オーバーは特にペナルティの規定はないが、シナリオの途中でも三〇分オーバーしたところで強制終了となる。そうなった場合、よほどのことがないと票を投じるプレイヤーからの減点評価は確実である。
「皆さんどうも。今回は僕とこちらのノブさんとのTRPG勝負です。といっても、勝負って言ったほうが盛り上がるってだけでお気楽に遊んでいってください。別に遺恨があるわけじゃないですからね」
ミツアキさんがにこやかに言うと拍手が起こった。
ミツアキさんとノブさんには遺恨はない。
しかし、織田信長と顕如にはバリバリに前世の遺恨があり、お互いの存在をかけての勝負となる。負ければ、信長は転生から解脱する。
「皆の者、よろしゅうにな」
挨拶をすると、ふたりは用意された卓へとつく。
同じ部屋の離れた位置につき、防音用のパーティションが用意される。卓に集中すれば、お互いの様子はそれほど漏れ聞こえはしないだろう。
コウ太とB.O.Z.のメンバー、岸辺教授の席は用意され、パーティションの外から双方の様子を見られるようになっている。
「いやあ、面白い趣向だねえ。セッションデュエルなんて」
岸辺教授は楽しげに言う。
貴重な休日に娘の保護者として酔狂なイベントについてくるあたり、本当にいいパパである。アカウントをブロックされたことからは立ち直った様子だ。
さて、信長が選択したシステムは『CoC』である。コウ太がシナリオ作成を担当するという時点で、選択の余地はなかったとも言える。
対する顕如ミツアキも、『CoC』を選択した。
コウ太がメインで遊ぶゲームが『CoC』と知ったうえでの選択である。
システムが同じなら、シナリオの出来、キーパリングの差がはっきり現れる。
やはり、相手は大差をつけて勝つ気でいる。
(信長さん、お願いします……!)
信長の秘策を形にするのに、前日の晩までかかっている。そのシナリオは、もう信長に託してあるから、あとはうまくいくことを願うばかりだ。
信長卓には、黒亭さんとサツキくん、それと顕如側が募集したプレイヤーがふたり座る。ひとりは女子大生風、もうひとりは三〇代くらいの男性ゲーマーだ。タイプとしては、黒亭さんと似たヒョロガリ男子である。ただ、もっと社交的にみえる。
一方のミツアキさん卓には、いっちーさんとこのちゃんのほか、コウ太とは初対面となるふたりのゲーマーが席についた。
「「よろしくお願いしまーす!」」
両卓とも、挨拶を交わしてセッション開始となる。
やるだけのことはやった、あとはKPの信長に託す。
ライブ観戦者は五〇〇名弱。ミツアキさんが人気TRPG動画配信者だけあって、結構な視聴数である。
「これ、僕たちで実況中継でもする?」
「僕、口下手ですし。字幕で解説します。視聴者さんにも挨拶打っておきますね」
挨拶をタイピングすると、すぐに反応が返ってきた。知名度ではミツアキさん有利だと思われたが、「カーニバルで第六天魔王信長やった人じゃん!」とコメントがあり、信長も巻き返している。
「コウ太くん、今回ノブさんが用意したシナリオって、君が作ったんだろ? 内容は言えない感じ?」
「あっ、はい。終わったら話しますよ」
手持ち無沙汰の岸辺教授が話題を振ってきたが、若干ウザい。
コウ太としては、顕如&ミツアキさんの出方を知りたいところである。
ミツアキさんが用意したシナリオのタイトルは、『魔王封印』。悪魔の卵から“魔王”という神話的存在が誕生するのを防ぐシナリオで、リプレイ動画で配信したものを改変したものだろう。
観察しているコウ太と、ミツアキさんの視線がふと交差する。
笑った、勝利を確信したように――。
(油断はしない、全力でやらせてもらうよ)
そんなミツアキさんと顕如の声が聞こえてくるようである。
一方、信長はシナリオのトレーラーを読み上げたところだ。
シナリオタイトルは『奇妙な依頼人』である。
依頼導入をそれぞれのPCごとに個別に行い、秘匿ハンドアウトをもちい、それぞれ別の邪神を崇めるカルト集団の陰謀が複雑に絡み合う、というものだ。
シナリオ作成者が自作シナリオをGMする分には、多少の穴があっても思い描いた構想が頭の中に入っているから、基本的になんとかなる。しかし、自分以外のGMの頭には、それは入っていない。無論、信長もそうだ。
必ずどこかに破綻をきたすに違いない、コウ太はそう思っている。
だが、今回はそれこそが秘策なのだ――。
セッションデュエル前半は、一五:〇〇が終了予定時間である。
双方とも危なげなく進んでいたが、終了一時間前にノブさん卓で異変が起こった。
「あれ? それって、さっき依頼人が言ったことと矛盾しません?」
黒亭さんの疑問の声だ。彼は、NPCの言動に矛盾があることに気づいた。
恐れていたストーリーの破綻がやってきたのだ。
シナリオ作成というのは、孤独な作業である。
自分だけの主観的な視点では、その綻びに気づけない。脳内に構成があるから、矛盾点や不自然な展開を無意識に補完してしまうからだ。
シナリオの記述でマスタリングするGM、その言葉を通じて情景を思い描くプレイヤーには補完が働かない。
顕如にもパーティション越しにその様子が漏れ聞こえたようだった。
勝利を確信したかのような視線が、わずかな瞬間にコウ太のそれと交わる。
「えー、ではダイスを振ります――」
黒亭さんの疑問の声に、信長はそう告げるとダイスを振った。
これでいい――。コウ太は動揺せず、同じく勝利を確信した視線を返す。
するとどうだ、弾けたような笑いが卓から湧き上がった。
ミツアキさんの顔に驚きの表情が浮かぶ。そして前半が終了し、休憩時間となる。
卓の入れ替えと、食事と準備のための休憩は一時間取られている。
ゲームカフェの外に出て、コウ太は外の空気を吸う。
ミツアキさん卓に入っていたプレイヤーたちは、満ち足りた表情を浮かべていた。
やはり強い、その腕前をコウ太は身をもって知っている。
「コウ太くん、ずいぶん複雑なシナリオを作ったようだけど大丈夫なのかい?」
ミツアキさんが話しかけてきた。同調した精神は本願寺顕如である。
ハンドアウトとトレーラーは一週間前には公開されているから、シナリオの内容は向こうにもある程度は察しがつくだろう。
「大丈夫じゃ、ないです。きっと……いえ、絶対に穴があります」
「……どういうことかな? なのに君は自信を持っているようだね。ウエストで僕の卓に来たときは、そういうタイプじゃなかったと思ったけど」
「あの、まだシナリオの内容は教えられないんで。あなたからすると、きっと欠陥だらけだと思いますけど、それでも勝ちます。終わったら見せますから」
「へえ、楽しみだね。じゃあ、僕は後半の準備に戻るんで」
ミツアキさんは、自分の卓に戻る。やがて、後半卓のプレイヤーも席に着く。
――負けるもんか。
ミツアキさんと中の顕如と張り合っているせいで、コウ太も気づく余裕がなかったのだが、このとき過去のトラウマを克服していたのだ。
終わったら見せますから――。少し前のコウ太には、絶対にできなかったことだ。
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