第41話 織田信長、嵐を呼ぶチャート
後半戦の開始。現在、一六:〇〇。終了目標時間は二〇:〇〇だ。
後半戦は、特にセッションの時間管理が重要になってくる。
……のだが、信長は卓についたプレイヤーと楽しげに談笑し、セッションを開始する様子はない。休憩中に買ったシュークリームを、プレイヤーたちに配っている。
「これ、わたしたちへの買収だったりしません?」
明るい雰囲気、そのうえでちょっと棘を残しつつ、いっちーさんが言う。
この辺、兄妹の確執はまだうっすらと感じさせる雰囲気だ。
「特売で買ったものじゃ。それで票を入れてくれるんなら安いがのう。茶もあるぞ」
「あ、ちょっとほしいかもです」
このちゃんが答えると、信長は温かい茶を振る舞う。ゲームカフェに給湯室があることを事前に確認し、今日のイベント用にと使用の許可を得ている
「これ、苦いけどおいしー!」
「であろう? わしが特別にお取り寄せした茶であるぞ」
と、そういうやり取りで二〇分の消費。
ミツアキさんの後半卓は、すでにPC紹介を終えてシナリオの導入に入っている。
「コウ太くん、ノブさん時間ロスしているみたいだけど……大丈夫なのかい?」
「計算通り、だと思います」
岸辺教授が心配してコウ太に訊いてきた
プレイヤー四人に対して四時間のセッションは、かなりタイトである。
少しでも時間は惜しい。時間枠をはみ出たら、帰宅時間にも影響して印象は悪い。
そしてセッション開始、信長はシナリオハンドアウト読み上げると、切り離したそれぞれを卓に並べた。
(……よし!)
信長は、PC①のハンドアウトをこのちゃんの前から並べていく。シナリオ内でオファーが多く、優先度が高いのはPC①のハンドアウトだ。
現役JCゲーマーとか、男女問わず参加者から好かれる対象だから、彼女にPC①が回ったほうがよい。
眼の前に置くと、手を伸ばしやすくなるし、他のプレイヤーも譲りやすい。
そして、実際にこのちゃんが選択した。
これもまた、簡単だがマジシャンズセレクトの一種である。
事態が動いたのは、後半に差しかかったところ。やはりというか、コウ太がシナリオ作成を担当したノブさん卓から声が上がった。このちゃんである。
「……えっと、さっき依頼人が言ってたとおりだとすると、なんか依頼受けたのってもっと前の日じゃないと変じゃないですか?」
――しまった。コウ太は内心で舌打ちした。
時系列の管理に、やはりミスがあった。まとめておけばよかったと後悔する。
だが、ここからがコウ太と信長が用意した秘策の出番だ。
(お願いします、信長さん……!)
「んー、そうじゃのう。なれば、ここで秘策の出番としよう。――ハプニングチャートB『時系列の乱れ』をROCするのじゃ」
「えええっ!? なんですかそれぇ!」
「ちょっと、そんなチャートが用意してあるんですか、このシナリオ!」
卓に参加したプレイヤーが俄然、身を乗り出してくる。
信長が用意したハプニングチャートB『時系列の乱れ』に食いついた。瞬間、弾けたような爆笑と、興味を惹かれた声が同時に上がった。チャートには0~10の項目があり、それぞれ何故時系列が乱れたのかの理由が記載してある。
これを1D10を振って決定する。0~9のダイスに対し10の項目があるのはROC――つまり選択も可能だからだ。
一瞬、ミツアキさん卓のKPの手が止まった。
これが信長とコウ太の秘策――。絶対に失敗するのなら、失敗を機会とするのだ。
TRPGにおいて、絶対の失敗も絶対の成功もない。
判定は乱数、GMもプレイヤーもヒューマンエラーを前提としたゲームである。
だが、ダイス目がファンブルしまくって、シナリオが破綻しまくり、PCが全滅したとしても、参加者が無茶苦茶面白くて満足したのであればセッション自体は大成功となるという不思議な魅力の遊びである。
絶対に失敗するなら、その前提で失敗をリカバリーする過程すら楽しめる。
振った結果は「今まで、ラスボスがPC全員に幻影を見せていた」であった。
あまりの超展開に、プレイヤー一同大爆笑だ。
ネット観戦者からも「超展開キタコレw」「なん……だと?」「いつからそう思っていた?」などのツッコミの書き込みが大量に爆撃投下される。
「きっとこういうことよ。つまり、わたしたちが山に入ったところで、全員敵が作り出した幻を見ていたってことじゃない? で、このちゃんのPCが幻影を作り出したラスボスのミスに気づいたのよ!」
「すごーい、なにそれ!」
いっちーさんとこのちゃんが、手を叩いて大喜びする。皆もチャートの結果から導き出されたあまりの突飛な真相に、腹を抱えて笑う。
「おぬしたちは三日もさまよっていたと思っておったが、わずか三分しか時計の針は進んでおらなんだのじゃ。このちゃんの探索者が、敵方の幻を見破ったので幻影は雲散霧消する。『まさか、我が幻影が見破られるとは……』とラスボスは言うぞ」
「あっ、あたし『ふん、ちゃんと時系列くらいちゃんと理解してから幻影を生み出すことね!』ってビシって指差しますね! ふんすー!」
多くの時間を費やしてできあがったコウ太のシナリオは、ストーリーは破綻しているし、辻褄は合わず、矛盾だらけだろう。
しかし、その破綻や辻褄は、信長とプレイヤーがダイスを振って出てきたチャートの内容からインスピレーションを受け、インタラクティブに修正、再構築できる。
即興劇の要素を含むTRPGは、GMが可能だと思えば、どこまでもアドリブで変更可能である。どれだけシナリオに穴があろうとも、だ。
溢れ出すプレイヤーの空想力をまとめるKPは、あの天下人たる信長である。
もう面白くなるしかない。
こうして作り上げられた物語は、再現性のない参加者たちだけのものになる――。
必ず失敗するなら、その失敗のシチュエーションに合わせてA~Eまで用意したハプニングチャートを使うチャンスもまた必ず来る。チャートを振ると、ランダムゆえに整合性も何もない超展開が生まれ、面白くなる。
ダイスを振った結果だから、目も当てられない大惨事になっても、ゲーマーの運命を
どうしてもそぐわない結果なら、ROC――元からダイスを振っても選んでもいいのだから、そのときに選ぶか振り直せばよいのである。
信長は、コウ太が必ず失敗すると嘆いたとき、発想を転換したのだ。賽の目を振って結果が変わるTRPGで、絶対に失敗すると言い切るとは大したものだ、と。
逆に考えるんだ、絶対失敗するなら失敗しちゃったほうがいいと考えるんだ――。
こうしてノブさん卓は大盛り上がりの大団円を迎え、二〇:〇〇ジャストに終了。
「それでは、票決です――」
セッションが終わり、プレイヤーたちはそれぞれに投票した。
投票は無記名。どちらが面白かったかを紙片に書いて、コウ太が集計する。
集計結果は、なんと四対四――。
「やられたな、全部取る気でいたのに……」と悔しげにミツアキさんが漏らす。
後は、ライブ配信の投票結果に持ち越される。この勝負、引き分けはない。
「ええと、ミツアキさん二五三票、ノブさん三〇八票……ノブさんの勝利です!」
拍手が起こった。コウ太と信長は勝った。休日の午後、そしてノブさん卓の超展開に惹かれて後半のライブ視聴数が一気に増えたのだ。
「よおし、わしの勝ちよ! ようやった、コウ太。見事なシナリオじゃ!」
「ま、まさか、そんなことが……!?」
ミツアキさんに精神同調した顕如は、戦国期に名を残し、本願寺教団の最盛期を築いた一代の名僧である。シナリオ作成に初挑戦するコウ太が相手でも、平常心を保ち全力を尽くす、その心境に間違いはなかった。
だから、自身さえ間違わねば勝利は確実とシステムを『CoC』にして
常に不利な立場で信長に挑んだ挑戦者の立場の顕如であれば、得意な『ローズ・トゥ・ローズ』を選んだはず。一方のコウ太は、シナリオをしっかり作れず経験不足という欠点と向き合い、シナリオでミスを犯すであろう部分のハプニングチャートを多数作成し、負けて元々という挑戦者としてシナリオ作成に挑んだ。
加えて、前半四時間後半四時間、合計八時間のセッションは精神力を消耗する長丁場。
チャートで示された結果からインスピレーションを得るためにも、集中力を回復しなければならない。糖分補給のシュークリーム、そしてお茶のカフェイン効果で覚醒を促し、余分に休息をとってプレイヤーのリラックスを促す。茶の湯の効能を知る信長ならではの心尽くしだ。ちなみに、振る舞った茶は信長が点てた濃茶である。
できることはなんでもした、これがなければ落とした票もあったかもしれない。
「そうか、私の
宗祖親鸞聖人が経文に書き残し、本願寺派中興の祖である
“阿弥陀仏の救いの教えがあるにもかかわらず、物事を正しく見ようとせず、自分が正しいと思い上がっている者は、救いを受けるのがはなはだ難しく、これより難しいものはない”……。簡単にまとめると、そういう意味である。
自分さえ正しければ勝てるという、コウ太の成長を無視した驕慢があったのだ。
顕如は、コウ太に敗れたことで、その真の意味を大いに悟ることとなった。
「ミツアキさん、これ、僕のシナリオです。後で見せるって約束だったから」
「拝見させてもらうよ、負けたとはいえ、僕だって納得したいからね」
しばらく目を通していたミツアキさんであったが、チャートの最後の部分に目を通したところで、体を「くの字」に曲げて大爆笑した。
「コ、コウ太くん! なんだいこれ!? いくらなんでも、ひどいじゃないか……! く、くっ……! だ、駄目だ。……うひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」
ミツアキさんが見たハプニングチャートEは、シナリオが行き詰まったときにROCするものだが、10の項目には、こう記載してあった。
「みんな隣の卓のせい」と――。
「それだけ腹の底から笑うたら、おぬしの負けよ」
信長も勝利の笑みを浮かべながら言った。これは顕如も認めざるを得ない。
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