第45話 織田信長、モンスター! モンスター!

「“芸夢転生”の術……とな?」

 TRPGでの物語を、現実とする。

 それがシナリオ仙人が練り上げた大魔術、芸夢転生の術! 恐るべし、恐るべし!

「いかにも。島原の殺戮で、我らは命ばかりか後世の可能性まで摘み取られた。その報いを果たすため、天下泰平の向こうより戦国の武将を転生させる術よ!」

「それで武将たちがTRPGをきっかけに集まってきたんだ……」

 原城にこもった一揆方の命だけではなく、キリシタン同胞の未来まで摘み取られ、歴史から抹殺された。その恨みの元凶である徳川の世を抹殺するために戦国時代の武将を転生させる、その報仇ほうきゅうこそが森宗意軒の目的なのだ――。


「わしを魔王の器でしかないといったが、その魂の方はどこにある?」

「さあて、魔王になる気はないと言ったお前に教えてやる義理はない。ただ、織田信長が大六天魔王となって降臨するTRPGのシナリオなど、我が『悪魔の卵』の他にも無数にある。その可能性が、お前に結集する」

「わしに引き寄せられるのは、それだけではあるまい?」

「おお、さすがよな。芸夢転生の術は、起こらぬはずの可能性を実現させることが要となる。確定した事象は可能性ではない。だからこそ、ランダム表とダイスによって因果を結ばねばならぬ。本命以外も引き寄せる。さながらソシャゲのガチャのようにな!」

「なにそのたとえー!!」

「では、渋谷のドラゴンもか?」

「いかにも、あれもまた戦国の世の武将が転生した姿! よく見てみるがよい」

 ノートPCの画像が切り替わり、渋谷ドラゴンの姿を映す。

 そしてその旗、黒地に白の乱れ龍――。

「これは……!!」

「信長さん、この旗知ってるんですか?」

「知っておるも何も、“懸り乱れ龍”じゃ。越後上杉家の旗よ」

「ふぁ!? え? じゃ、じゃあ……上杉謙信!?」


 懸かり乱れ龍――。

 上杉謙信の旗印というと毘沙門天の「毘」が有名だが、この懸かり乱れ龍も名高い。突撃の合図として掲げられるのだが、この旗が掲げられたときに臆した者は家中から末代まで相手にされないという曰くのある旗だ。

 “越後の龍”上杉謙信がドラゴンに転生するとか笑うに笑えない。

「謙信公は、損得お構いなしのお方。ゆえに“義の武将”とされていましたから……」

 越後の上杉謙信は、顕如が信長包囲網の一角として大きく頼りとし、実際に破竹の勢いで進撃したが、雪に阻まれたのち、雪隠せっちんで急死した。

 だが、味方に引き入れた顕如ですら損得お構いなし、つまり何を考えているのかわからないと評価せざるを得ない武将である。

 義に厚いとは、利害に関係なく戦に及ぶのを敵味方がそう解釈したからだ。

 ドラゴンとして転生したなら、何をするか余人に想像できようはずがない。


「ど、どうするんですか信長さん!?」

「前にも言うたであろう? 謙信はクリティカルが出ると疑いもせず動いたうえで出してしまう、と。おぬし、高確率でブレスの判定をクリティカルするドラゴンとか相手できるか? ……どうするも何もないわ」

 TRPGでドラゴンと言ったら、範囲攻撃のブレスと爪爪牙尻尾の連続攻撃だ。

 それがクリティカルしまくるとか、悪夢以外の何物でもない。

「そのドラゴンも魔王の軍勢に加えられるのだ。お前が魔王であることを受け入れれば、ドラゴンとなった上杉謙信を盟友とできるのだぞ」

「ふん、わしはわしよ。おのれの魂を他人に勝手に決められるなど御免こうむる!」

「ほう、そうか。ならば迎えを遣わそう。謙信公と信玄公をな!」

「……な、なんじゃと? 待て、信玄坊主もおるのか!?」

 すっと信長の顔が青ざめる。そのふたりは、ガチで信長が恐れた武将である。

 ぶつん――、と唐突にシナリオ仙人の動画は途切れる。

 見ると、信長はすでに帰り支度を終えていた。

「……信長さん?」

「こうしてはおれん、ここは逃げの一手じゃ!」

 信長は、逃げ足の早さにも定評がある。

 三十六計逃げるに如かずというが、勝ち目がないと判断して撤退をまとめるには、即断即決の決断力に恵まれていなければならない。今もその決断をした。


 ――ずぅん!


 突如、何か大きなものが、ゲームカフェの入っている雑居ビルを揺らした。

「もう来たのか!」

 サツキくんが慌てて声を上げる。

 窓から、巨大なドラゴン――上杉謙信の眼が覗く。

「ふぁあああああああっ~~~!?」

 コウ太の腰が抜ける、抜けるが抜かしている場合ではない。転げ出るように店を出て、階段を駆け下りる。エレベーターなど待っている場合ではなかった。

 信長、顕如、サツキくんとともにビルから逃れる。地べたを這いつくばって転げ回るが、振り返っている暇はない。

 すでに騒ぎが起こり、パニックの声が上がる。

「こっちじゃ、コウ太!」

 信長に手を引かれ、渋谷の路地裏に逃げ込む。

 路地裏とか、まるで『DX3』のようだ。あのゲームでは、大抵の事件が《ワーディング》が展開された路地裏である。

 四人とも、息を切らして壁に背を預ける。


「ほ、ほんとに、ドラゴン……上杉謙信!?」

「わからんが、あのままではわしらは死んでおったかもしれん……」

「いえ、シナリオ仙人の狙いは、織田信長の器。あなたは殺されぬでしょう。私たちはどうかわかりませんが」

 顕如が答える。

 そうだ、あくまでも連れ帰るといった。

 三八〇年間も待ち続けてできあがった器を壊しはしないだろう。

「Gruuu……」

 そこで四人の耳に届いたのは、獣の唸り声。

 コウ太は、思わず目を疑った。その獣を夢で見たことがある。

 巨躯のサーベルタイガーが、ひと吠えして鋭い牙を剥き出しにした。

 しかも、風林火山の旗を背に結えつけて指している。

「か、”甲斐の虎”武田信玄……!?」

 悪い冗談はどこまで続くというのだろう。

 どこのゲーマーがこんなもんを想像してダイスで引き当てたのか。

 喉を鳴らした武田信玄サーベルタイガーは、疾きこと風の如く俊敏なスピードでアスファルトを蹴った。真っ先に狙うのは、コウ太だ。

 野生動物(?)だけあって、群れの中でも鈍重そうな獲物から仕留めに来る。

「信長さん――!!」

 助けを求める声を上げながら、思わず目を閉じる。

 しかし、覚悟したことは起こらなかった。

 コウ太がゆっくりと目を開けると、南蛮胴とマントの信長が、刀を構えてサーベルタイガーの牙を食い止めていた。


「の、信長さん、その格好は……?」

「わからん、おぬしを守らねばと思ったらこうなった!」

 これも信長魔王化の予兆なのだろうか?

 ともかくも、ぐっと刀でサーベルタイガーの牙を押し返した。

 さすがは実戦経験も豊富な武人である。

「そこだ――!!」

 そこにサツキくんが例のダイスを放った!

 光を引いて、矢のように飛んでいき、その眼に命中する。

 たまらず、信玄サーベルタイガーが苦痛にうめいた咆哮を上げる。

「さっ、今のうちです」

 暴れるサーベルタイガーを後に、信長とコウ太たちはその場から逃げ出した。

 その間、やっぱイケメンは強いよなとコウ太は場違いな感想を抱くのだった。

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