第17話 織田信長、すでに世界は変貌していた

   ダブルクロス

    それは裏切りを意味する言葉――

 

 今日は、コミュニケーションゲーマーズの定例会。

 このちゃんが『DX3』をGMしてくれるというので、コウ太はまた信長と一緒にお邪魔している。

 現代物TRPGとか、信長にできるのかどうかコウ太は心配であったが、これはなんとかなった。そのことについては後述しよう。

 まずは、一週間前のおさらいだ。

 

 織田信長のGMデビュー卓(正確にはDMデビュー卓だが)は好評であった。

 あのどう見ても織田木瓜おだもっこう永楽銭えいらくせんの旗印を掲げていそうなゴブリンたちであったが、犠牲者もなくギリギリのバランスで勝利することができた。コウ太のドンダンも気絶はしたものの、死亡はしていない。

 今の『D&D』はHPが0になっても即死はしないルールである。ターンの開始時に50%の死亡セービング・スローに失敗するとそれでも死ぬわけだが、成功してなんとか生き残った。


 にしても、危険なダンジョンであった。

 雑魚キャラとされるゴブリンたちであったが、戦国に覇を唱える武将が率いれば恐るべき兵士になるということであろう。

 弱兵で知られた尾張の兵を率いて戦ってきただけのことはある。


 岸部教授も、あのあとの探索では、見つけた宝箱はひっくり返して底を割って開ける、見つけた金貨は毒焼きしてから触れるなどと、古式ゆかしい探索スタイルを実行するまでに目の色を変えた。

 この本気を呼び起こされる感覚、死と隣合わせに灰と青春がせめぎ合っているひりついた感覚、これにある種のゲーマーは心を惹かれてしまうのだ。


「“だんじょん”であれば、噺を創るより築城の才を活かせると思うてな」とは信長の談である。


 結果として、存分に活かされた。

 ダンジョンハックに興味があまりなかったコウ太もこのちゃんたちも『アリアンロッド2E 改訂版』を買ってもらうなど、遊び方に目覚めている。


 ――さて、本日は打って変わって『DX3』である。

 現代を舞台とする異能力アクションTRPGだ。

 PCは右眼が疼いたり獣の力が宿ったり、天才的な計算能力や領域を操る力に目覚めたオーヴァードという超人に目覚めながらも、変貌した世界の中で一般人と自分の日常を護っていくというものである。

 コウ太も、こういう世界を夢想し、黒歴史ノートに書き綴った記憶がある。


 一週間前には、トレーラーとシナリオハンドアウトが参加プレイヤーにSNSを介して回ってきた。

 トレーラーというのは、シナリオの雰囲気や展開を伝える短い文章のことである。アニメで言うと次回予告などに当たる。最近は文章だけではなく、ポスター用アプリなどを使って画像風に仕上げる場合もある。


 シナリオハンドアウトとは、そのシナリオでの導入や、GMから設定してほしいオファーである。

 最近では、このシナリオハンドアウトも“HO”と略されて『CoC』でも探索者の導入などでオファーがある場合に使用される。

 TRPGでは、作りたいキャラクターをPCとして自由に作ることができる。しかし、シナリオがプレイヤーに秘匿されている都合上、シナリオの後からPCを作成した場合、参加しずらい場合もある。

 特に、立場や職業の多様性がある近代以降を舞台にすると、想定したシナリオの導入との齟齬が大きくなる場合もある。

 そこで、シナリオハンドアウトで立場やPCの目的を示唆する手法が生まれた。

 例えば、こんな感じだ。


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PC④用ハンドアウト

ロイス:悪魔の卵            感情:P親近感/N脅威

カヴァー/ワークス:指定なし/レネゲイドビーイング

クイックスタート:紅玉の瞳

 キミは、はるか長い時代を生きるレネゲイドビーイングだ。最近、博物館で“悪魔の卵”と呼ばれる遺産が発見された。この卵が孵るとき、この世界に破壊をもたらす何かが生まれるという。キミは、卵が孵るのを阻止なければならない。

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 このような文章を紙片に打ち出して配ったり、ネットで公開したりする。

 GMのこのちゃんから提示され、信長はプレイヤーと他の相談しつつ自分ならこれを遊べるとPC④を選んだ。

 ロイスというのは、『DX3』でPCたちが誰かに抱く日常の象徴、他者との絆を現す。ちなみに、スーパーマンのヒロイン、ロイス・レーンに由来する。“P”がポジティブな感情、“N”がネガティブな感情である。


 つまり、信長のPCは悪魔の卵というものに親近感と脅威を感じている。

 カヴァー/ワークスは、そのPCのカヴァーが表の顔で、ワークスが本来の職業やクラスに当たる。

 クイックスターというのは、構築済みのサンプルキャラクターを使用して遊ぶことで、その場合は“紅玉の瞳”というサンプルキャラクターを使えということである。

 うまく使えば、現代社会にあまり詳しくない戦国武将ゲーマーでも、すんなりと女子中学生GMのシナリオに参加できるのだ。


「――わしのPCであるが“れねげいどびーいんぐ”ということで、戦国の世から現代に現われた武将の霊でよいかな?」

「ノブさんのPCはそれでいいですねー、面白そうですし」

 このちゃんから、信長のPCにOKが出た。このPCの作成については、コウ太は信長と相談して決めた。

 レネゲイドビーイングというのは、レネゲイドウィルスそのものが自我を持ち、動植物や無機物、概念、その他に宿って行動できるようになった存在である。

 つまり、戦国時代の亡霊などの人間外のPCをロールプレイできるのだ。

 これなら、現代知識がまたあまりない信長でもロールプレイできるであろう。

 現代知識があまりない、この点はコウ太にとって疑問であるのだが。

 

「……では、ノブさんの毛利新介もうり しんすけは博物館にある“悪魔の卵”が《ワーディング》を展開しているのではないかと気づきます」

「ほう、悪魔の卵とやらも、わしと同じ“れねげいどびーいんぐ”なるものかもしれんのじゃな?」

 ちなみに、毛利新介はといえば、今川義元を服部小平太はっとり こへいたとともに討ち取ったといわれており、本能寺の変においては信長の息子、信忠を守ろうと戦い、討ち死にしている。

 それをPCにするとは、信長としては思うところあったのだろう。

「そうです。《ワーディング》っていうのは、前も言ったとおり一般人がオーヴァードを認識できなくなる現象ですね」

「おお、覚えておるぞ。人払いの結界じゃな。ならば、こう言うぞ。『奇っ怪な卵じゃ。今この場で叩き割ってくれよう!』とな」

「じゃ、その瞬間に《ワーディング》が解除されます」

「……おっと、それはいかん。今のわしが暴れようものなら、すわ戦国の怨霊が現われたと騒ぎを大きゅうしてしまう。サツキくんのPC①に報告じゃな」

「はい、それで毛利新介さんのオープニングは終了でーす」

 このちゃんGMによる、信長のPCの導入は終わった。

 この“悪魔の卵”という不思議な発掘物を調査していくことになる――。

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