第18話 織田信長、セッション休憩する
で、セッション休憩中の自販機前である――。
卓ゲーマーは、こういうとこによく溜まって剣呑な会話をしている。学校や公共施設、ファミレスやカラオケのドリンクバーの辺りを探すと結構見つかるはずだ。
信長とコウ太は休憩がてら、紙コップの飲み物に口をつけ一息つく。
このちゃんGMによるセッションは滞りなく進み、これからクライマックスへと差し掛かる。その前に一服、というタイミングだ。
「いや、『悪魔の卵』とは実に面白きシナリオじゃのう。まさに千変万化よ」
「ええ、さすがシナリオ仙人の神シナリオですね」
シナリオ『悪魔の卵』は、シナリオ仙人という人物がネット上で配布しているシナリオで、さまざまなゲームに対応する形で配布されている。
PCの選択によって、“悪魔の卵”というアーティファクトから何が孵化するかをいくつかのランダム表を振って決定するというものだ。
作者であるシナリオ仙人は、シナリオの改変、二次配布はご自由にと認めており、ネットで拡散、改変を繰り返し、さまざまなゲームで遊ばれるシナリオとなった。
このちゃんがGMをしている現在のセッションは、ランダム表を振った結果、卵の中身は世界中にレネゲイドウィルスを拡散しようとする天使じみた何かが孵ろうとしているところまで決定した。これが今回のラスボスとなる。
別の卓では、また別のものが卵から生まれる。そういうシナリオなのだ。
「わしは、この前の初GMと此度のことで、ひとつ気がついたことがある。TRPGとよく似ておるものが、戦国の世にもあった、とな」
「へえ、なんですか?」
「茶の湯よ――」
茶の湯、すなわち茶道である。
信長は、武士たちの間に茶の湯を広めた。
特定の家臣に茶の湯の許可を出し、政策にも影響したため、
「茶の湯……茶道とTRPGが関係あるんですか?」
「おう、あるとも。わしが茶の湯を家臣らに奨めたのは、教養をつけさせたいというのもあったが、相手を感服させる
「それ、どういうことですかね?」
「茶の湯は、茶器にしろその
「心を討つ……」
「茶器、掛軸、部屋の構え……すべては相手の心を捉えるための工夫よ。GMがダンジョン、シナリオ、戦闘の塩梅で、いかにプレイヤーを楽しませるかと同じじゃ」
「ああ、なるほど」
「プレイヤーもPCやロールプレイ、プレイングや礼法でこれを迎え撃ち、お互いに心地よき楽しみを分かち合う……まさに茶の湯のごとしよ」
「はあ、そういうものなんですかね」
「交渉事も
「ああー、そうだったんですか!」
今の今まで、戦国武将たちが何が楽しくてお茶を飲むことにあれだけ
この前のダンジョンもそうだが、あれは油断したPCを抹殺するためではない。
苦境に陥ったPCに存分に活躍してもらいたいという信長の心尽くしである。
そして、プレイヤー一同、目の色を変えて攻略に挑み、PCたちも活躍し、楽しい時間を過ごした。そして信長のダンジョン設計と心尽くしに感心し、信長もそれを汲み取ってくれたプレイヤーたちのロールプレイ、プレイングにも感心する。信長の言葉を借りれば、お互いに心を討ち合ったのだ。
そうか、茶会ってセッションだったのか。
そりゃ戦国武将もやるわ、セッション――。
「卓を囲めば仲間、一緒に茶を飲めば仲間ってことですね」
「うむ、戦国の世にTRPGがあれば、
どっちも信長を裏切った茶人武将としても有名だ。
「……あの、信長さん。これ、言っておいたほうがいいかなって思ったんですけと」
「おう、なんじゃ?」
「信長さんが僕の部屋に現われたのって、僕が『CoC』で『悪魔の卵』を改変したシナリオのテストをしたときだったんです……」
「なんじゃと? それはまことか!」
「あのとき、信長さんが出てきちゃったから、慌ててシナリオもダイスもひっくり返って気が付かなかったんですけど、あれランダム表の結果、“第六天魔王”織田信長が生まれるっていう結果になってたらしくて……」
そうなのである。そんなことがあるはずもないと思っていたから、今の今まで調べもしなかったが、スマホでシナリオ仙人のサイトからシナリオコンテンツに飛ぶと、あのダイス目だと、「織田信長が第六天魔王となって誕生する」という結果になることが確認できたのだ。
「……つまり、おぬしがファンブルとクリティカルのダイス事故を起こし、シナリオの“らんだむ表”を振った結果、本能寺より四〇〇年の時を隔てて転生した、と?」
「あ、あくまでも可能性です! だって、ランダム表で織田信長が出てくるとか。偶然の一致ですって!」
「そもそも、ランダム表の賽を振ると、その結果としてわしが時空を超えて転生してくるとか、ありえんじゃろ普通……」
「そりゃまあ、そうなんですけど」
そうではある。そうであるが、何か関係があるんじゃないかと思ったのだ。
最近、すっかり忘れていたが、そもそも信長がTRPGに興味を抱き、挑戦することになったのは、自分を四〇〇年の時を隔てて呼び出した、このTRPGという遊戯を探求するためではなかったか。
単に遊び倒しているだけに思えるが、本来そういう理由があったのだ。
「あっ、ノブさんとコウ太さん。そろそろクライマックス始めるよー」
このちゃんが迎えに来てくれた。ちょうど休憩時間の終わりである。
クライマックスで戦闘ラウンドが開始されれば、信長演じる毛利新介は《戦いの予感》というエフェクトを使い、ラスボスに一番槍をつける予定だ。
「うむ、すぐにゆこう――」
信長は、紙コップに残ったお茶をぐいっと飲み干す。
コウ太も、コーラを飲み干した。
「ともかく、この話はセッションの後じゃな」
「あ、ええ……」
コウ太はちょっと微妙な返事をした。
もしも、もしもである。
信長がダイス事故で自身が召喚されたことの謎を解いてしまったりしたら、元の時代に帰ってしまうのでないだろうか――。
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