第19話 織田信長、上洛を決意する
「――本日は、ありがとうございましたー」
コウ太のオンセが終わる。『CoC』版の『悪魔の卵』である。
信長はというと、その脇でセッションを見守っていた。
にしても、信長から褒美で貰ったゲーミングチェアの座り心地は抜群である。
このちゃんGMによる『DX3』セッションからもう十日以上経っているが、その間信長もコウ太も、『悪魔の卵』の募集にプレイヤーで参加して様子を探っている。
しかし、ランダム表によって“悪魔の卵”から何かが生まれるかわからないという展開はあるものの、そこから第六天魔王が爆誕したという話はなかった。
「むう、此度も何事もなかったようじゃな」
「ええ、そうみたいですねえ」
コウ太は、オンセ用ツールのサイトからSNSに移り、シナリオ仙人のアカウントを閲覧する。タイムラインには、プレイレポートやセッションの様子を動画にしたもののリンクが貼られたり、仙人へのお礼の呟き、「楽しく遊びましたー」という報告がリツイートされている。
シナリオ仙人のツイートは、「新しい『悪魔の卵』ができたぞい」というツイートがおもで、誰かとレスをやり取りしている形跡はまるでない。
コウ太が聞きたいことがあるとメンションを飛ばしても、BOTみたいなレスで「直接の質問にはお答えできませんぞい」みたいな即レスで返ってくるだけであった。
シナリオは大量に供給するが、誰かとやり取りすることを極力避けているようにも思える。あからさまに怪しいといえば怪しいが、だからなんだと言ってしまえばそれまででしかない。
「しかし、『悪魔の卵』というのは、ほんに様々なシステムのシナリオがあるのう」
例のLETモデルのプロがつくタブレットPCで検索しながら信長は言う。もうすっかりネットを使いこなしている感がある。
信長の言うように、シナリオ仙人に要望を出しておくと、そのシステムのバーションの『悪魔の卵』を用意してくれると評判だ。さらに、有志による自作バージョンもあって同名のシナリオが拡散している。
だが、信長転生の謎を解明する手がかりはなかった。
「ごめんなさい、全然手がかりなくって」
「ああ、コウ太よ。謝らんでよい。わしはこの時代に来た理由を知りたいのは、片手間じゃからな」
「……えっ? いいんですか、片手間なんかで」
「ああ、大事ない。おぬしの『チャート式日本史』でも学んだことであるが、わしが死んだ後は秀吉めが継いだが、結局、三河殿が天下を治めたようであるからな」
「ああ、徳川家康が江戸幕府を開きましたからね」
徳川家康――当時は
さて、清洲同盟に話を戻すと、信義というものが紙切れ一枚ほどもない時代で、信長と家康の同盟は、一方の信長が本能寺で横死するまで、二〇年も続いた。後半一〇年は家康が従属的な立場とはいえ、それでも稀なことではある。
信長は、家康を武田、今川、北条などの西の勢力に対する備えとして、
「信長さん、天下人が家康でよかったって感じですか」
「秀吉めが家中を乗っ取って関白まで登り詰めたというのは驚きであったが、物事をコツコツと積み上げさせれば三河殿はさすがよ。征夷大将軍となって天下泰平を築いたと言われれば得心がいく」
信長は、やはり盟友としての家康には一目置いているようだ。
家康は、同盟維持のために武田への内通の嫌疑がかかった妻の築山御前を斬らせ、長男である
その後も、姉川の戦い、長篠の戦いなどの信長家康連合軍において大きく勝利に貢献してきた。それが“律義者の三河殿”という家康の評判となっているのだ。
「よって、わしが戦国の世からわざわざ戻る必要もなかろう」
「じゃあ、やっぱりこの時代でTRPG三昧ですか」
「うむ、気が変わらぬうちはな。本能寺で腹を切るよりよほどよいわ」
なんだか安心するコウ太であった。
やっぱり、しばらく帰るつもりはないようである。
「コウ太よ。深く考えんでも、世の中はなるようになるものぞ。おぬしが賽を転がしてわしが転生したというのであれば、セッションを遊びに遊んで賽を転がしておるうちに謎も解けるであろう」
「でも、それって遊ぶ口実だったりしませんか?」
「そうともいうがな!」
バッと扇子を開いて笑う信長、それに合わせて笑うコウ太。
結局、これからもセッション三昧の日々が続く幸せがあるのだ。
……と、すると音声チャットからメンションが来た通知が届いた。
発信者は、このちゃんからだ。
『コウ太さんどうもです。今、音声上がれるー?』
このちゃんには、セッション後に『悪魔の卵』についてのリサーチをお願いしておいたのだ。いや、持つべきものはゲーム仲間である。
「あ、このちゃん。今、信長さ……ノブさんもいるけど一緒に話す?」
『うん、いいですよー』
「あの、それでどうだった?」
『ゲーム仲間にも聞いてみたんですけよー。みんな遊んでましたねー』
「大人気だなぁ」
確かに、面白いシナリオで、改変の方法もたくさんある。
TRPGコニュニティでいいシナリオと評判になれば、何度も遊ばれるものだ。
「何か、変わったことがあったとか、そういう話聞かない?」
『うーん、どうかな? ……あっ、サツキ先輩が遊んだらダイス目よくなったとか言ってましたよ。あはははー』
「サツキくん、そういう冗談言うことあるよね」
サツキくんは、いつもクールでロールプレイもボソッというタイプではあるが、セッションしているときは結構笑う。コウ太から見ても笑うと可愛いんで、やっぱりイケメンはずるいと思うのだ。
『あっ、そういえばふたりともTRPGカーニバル・ウエストには行くんですかー。もう受付始まるらしいですよー』
「ああ、今年は関西でやるっていってたね、TRPGカーニバル」
不意に聞いてきたこのちゃんに、コウ太が合いの手を入れる。
TRPGカーニバル――。
アナログゲームのファンが全国から集い、二泊三日でホテルを借り切って行なう一大宿泊イベントである。TRPGメーカー、出版社各社の公式セッションやトークショー、コスプレ、フリープレイ、物販など、さまざまなイベントが催される。
コウ太は現実世界でTRPGのイベントのために出かけるとか、信長に誘われるまで想像もしなかったことだし、つい最近現代日本に転生してきた信長も当然参加したことがないイベントである。
ウエストとあるように、今年は関西方面でも開催が決定した。
「“TRPGかーにばる・うえすと”とな?」
『うん、今年は京都でやるの』
ぴくり、と信長の眉が反応する。京都という単語が出たからだろう。
信長といえば上洛である。反応もするだろう。
『あたしもパパと行く予定なんですよー。ふたりはどうするんですか』
「やー、どうだろう? 僕、オフのセッションとかこの前やったばっかりで、大勢の人がいるところか……」
横にいる信長が、「何を言っておるのだ」といういつもの顔をしている。
そういう顔をしても、無理に連れ出したりしないのがありがたかったもりする。
なんやかんやいって、連れ出されはするが無理強いされたことは一度もないのだ。
『そうそう、“いっちー”さんも行くらしいですよ』
「えっ!? “いっちー”さんが……!」
いっちーさん。そのひとの名前は、コウ太の心の傷に触れる――。
コウ太がオンセデビューする際にお世話になったお姉さんで、現在は更新停止で音信不通になってしまった人のハンドルだった。
画面内では、『悪魔の卵』用のダイスBOTが、まだコロコロと転がっていた。
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