一人目のメンバー
春になったとはいえ、冬の寒さはまだ少し残っている。
王都の中央広場で背中を丸めて立つ少女がその寒さを如実に物語っていた。
見た目十五歳くらいのその少女はミニスカートの裾をキュッと握り締めながら何をするでもなく、ただひたすらに広場で佇んでいる。
「遅いなぁ……」
少し寂しそうに少女が呟く。そんな少女の肩に、
フワリ、と。
温かなコートが被せられた。
突然の事に驚いた少女が後ろを振り返ると、
「ぁ……」
そこには、黒色の軍服を着た金髪の男が立っていた。艶のある金髪は丁寧に手入れされていて、顔立ちも整っている。巷でいう所の、イケメンという言葉が似合う男だ。
「今日の風は少しだけ急いでいるようだ……大丈夫か?」
少年は優しい瞳で少女を見つめる。少女は呆然とした表情のまま少年を見つめ返す。
「そんなに驚くことはないだろ? それとも俺の心配か? それなら心配いらない。これでも体は鍛えてるからね。この程度の寒さならどうってことはない」
少年はそう言うと、少女の前に手を差し出す。気恥ずかしいのか、少女は困った様にキョロキョロと周囲を見回している。
「さぁ、立ち話もなんだし、そろそろ行こうか。俺の、可愛いお姫様……」
そう言って少年は綺麗に並んだ白い歯を輝かせて笑った。
少女は優しい微笑みと共に差し出された手を一度見てから、意を決して言った。
「あの……誰ですか?」
ひゅう、と。しばしの沈黙が、冷たい風と共に周囲を漂った。少年は白い歯を見せたまま少しの間硬直していたが、やがて思い出した様に活動を再開する。
「あぁ、これは失礼。自己紹介がまだでしたね。私は――」
「おぉ~ユウコ~」
少年が名乗ろうとした瞬間、後ろから野太い声が発せられる。
「あ、ダイちゃん!」
少女は少年の脇をすり抜け、声のした方へ走っていく。少年が振り返ると、そこには身の丈2マートルに迫ろうかという程の大男が立っていた。岩のような筋肉質な体格に、物怖じしてしまいそうな強面の男性の隣で、少女は立ち止まる。
「ユウコ、こいつは誰だ?」
「分かんない。急に話しかけてきたと思ったらコートまで着せられたの……ちょっと怖かった」
途端に、大男の目付きが鋭くなる。
「おい兄ちゃんよぉ、俺の女に何の用だ? 話しかけるだけに飽き足らず、テメェの服まで無理矢理着せるなんてよぉ……何考えてんだ?」
声は大きくないが、言葉の端々に怒気を含んでいるのが分かる。あからさまな態度を取る大男を前にしているにも関わらず、少年は慌てた様子もなく平然としていた。
しかし、その表情は心なしか強張っている様に見える。
「おいおいこの距離で呼ばれてんのにシカトこいてんじゃねぇぞ、コラ」
大男が少年の眼前にまで顔を近づける。この距離で見て見ぬ振りをするのはもはや不可能といっていい距離まで大男が顔を近づけた、その時!
フイッ、と。
少年は真剣な表情のまま顔を逸らした。
「テメェまだ逃げおおせるとでも思ってんのかコラァ‼」
ついに大男が声を荒げて怒鳴り出した。ようやく逃げられないと悟ったのだろう少年は、
「フ、フン……そこのお嬢さんがあまりにも寒そうな格好をしていたんでね……コートを掛けてあげただけだ。それ以上でもそれ以下でもないッ!」
先ほどとは一転、強気な態度に出る。
「あ? 人の女に手ぇ出しといてなんだその言い草は? いっぺんシメてやろうか?」
岩の様な拳をゴキゴキと鳴らして大男が威嚇する。
「やめておけ。俺は軍で鍛えられた霊獣士だぜ? 獣武無しでもお前一人くらい軽くひね――」
「ダイよぉ、誰だよソイツ?」
いつの間にか少年の背後には大男の連れと思われる男達が四人ほど集まっていた。全員が目の前の大男に負けず劣らずの体格をしている。
「この野郎、俺の女に手ぇ出しやがったんだよ」
「おーおーそいつはいけねぇなぁ兄ちゃん」「ちょいとお遊びが過ぎたみてぇだな」
男達は一斉に少年の周りを囲う。
「それで、さっきの話の続きだがよぉ、俺一人くらい軽く……なんだ?」
「……」
大男達に四方を囲まれ、一触即発の中、後に引けなくなった少年は、
「………………ぃ」
「あぁ? 聞こえねぇぞ」
少年は。
「言い訳を、させてください……」
あっさり降伏した。
「ふッざけんじゃねぇぞコラァ‼」
直ぐに顔を真っ赤にした大男が少年の胸ぐらを掴み上げる。
「ちょ、ちょっとまって⁉ 話聞いて! 胸ぐら掴むのやめて‼ 怖いぃぃぃぃぃぃ‼‼」
「さっきまでの
「
「何ちょっとうまいこと言ったみたいな顔してんだ! ふざけやがってぇぇぇぇ⁉」
周囲の迷惑を顧みず、広場の真ん中で大男の怒声が響く。
──その一部始終を遠目で見ていたハヤトは、同じく隣で見ていたアイカに呟く。
「俺……あいつだと思うんだ。学園長の言ってた男って」
「奇遇ね……私もあの人しか考えられないと思っていた所よ」
二人の脳内では、先ほど聞いたルドルフの言葉が蘇る。
『なんせ奴は、周りも巻き込む大馬鹿だからね……』
あの時の学園長の疲れ切った顔はすごかったなぁ、とハヤトはぼんやりと思い返す。
「とりあえず周りにも迷惑だし……行きましょうか」
渋々といった様子で言うアイカに、ハヤトは一度大きくため息をつくと、
「まったく気乗りしないけどな……」
すっかり重くなってしまった足を引きずる様にして、騒ぎの中心へ向かって歩きだした。
§ § §
憤る大男達を何とか追い払い、ようやく少年と相まみえたハヤトだったが、既に先ほどまで抱いていた彼に対する興味が八割ほど削がれていた。
「お前が『レイン・ヴァーミリオン』か?」
「え、あぁ、うん。そう、だけど……」
金髪の少年、レインは目を泳がせながら何とも歯切れの悪い返事をする。挙動不審なレインの様子にハヤトが訝しんでいると、レインはチラチラとハヤト達を伺いながら言う。
「その……さっきの、どこから見てた?」
「あぁ、そのことか。安心しろ、最初から全て拝見させてもらったから」
「……」
今にも泣き出しそうな表情でレインがハヤトを見る。
「誰にも言わないわよ」
気を利かせたアイカがそう言うと、
「ありがとう!」
沈んでいたレインの表情に笑顔が戻る。
「いや、ホント助かったぜ。さっきはありがとな……って、アイカ姫じゃないですか⁉ なぜこんな所に?」
「ただの付き添いだ」
端的にハヤトが答える。隣のアイカがムッとしたのを気配で察したので、ハヤトは『後にしろ』という意味を込めて一瞬手を握る。すると、何故かあっさりと気配が和らいだ。
横目で確認するが、少し下を向いたアイカの表情はハヤトには窺えない。とりあえず怒ってはいない様だったので、ハヤトはそのまま話を進める。
「それより、軍に所属しているって本当か?」
「もちろんだぜ、このバッジ見えるだろ?」
レインは襟首に刺してあるピンバッジを見せる。盾をモチーフにしたそれは間違いなく軍人であることを証明する物だった。
「それにしてはさっきからものすごい残念な行動が見えるんだが」
「あ、あれは勘違いだよ、勘違い。あまりにもあの子が俺の事を待っている様に見えたからさ、てっきりあの子が俺の待ち人なんだって勘違いしちまって」
「それはまた随分な勘違いだな」
「とにかくっ! 俺の事なら心配ないぜ。そんじょそこらの学生より遙かに使えるから任しとけって!」
「そうだといいんだけどな……」
肩透かしを食らった気分で、ハヤトは肩を落とす。
「まぁいい、後の詳しいことは学校で……ッ⁉」
聞くから、と続けようとしたところで、ハヤトは周囲で術式が展開される気配を捉えた。
「ハヤト? どうし――キャッ⁉」
様子を窺おうと身を寄せたアイカを強引に抱き上げ、ハヤトは勢いよくその場から跳び退る。
直後、先ほどまでハヤト達の立っていた場所に幾つもの光弾が降り注いだ。
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