霊獣喰い

「あーだるい……」

 大口を開けて欠伸をしながら、如何にもやる気のない表情でレインがぼやく。

 ハヤト達は昨日と同じ経路で本拠地に物資を運んでいた。幸いにも、昨日に比べ荷台の重量は軽く、負担は少ない。

「だるいし眠いしつまらねぇし。前線組は良いよなぁ、武器を構えて動かない敵さんとにらめっこしてるだけで好待遇。組織の格差を身体で感じるぜ」

「つべこべ言わずにちゃんと働きなさいレイン。これも大切な仕事よ」

「それに眠いのは自業自得だろ」

 ハヤトが物言いたげな視線でレインを見る。

「いやー寝ぼけてトイレに行くもんじゃねぇな。気付いたら野原の上で寝っ転がってんだからな。おかげで心も身体も冷え冷え、直ぐにハヤトが待つ愛しのテントへ馳せ参じたって訳よ」

「誰も待ってないぞ」

「つれないこと言うなよ相棒」

 ハヤトは呆れたため息をつきながら、荷台を押す。配置は昨日と変わらず先頭がアイカ、左右後方にハヤトとレイン、その間にクラウス。

「そんな事より、貴方達! いい加減自分の荷物は自分で運びなさいよ!」

 アイカが周囲を歩く身軽な兵士達に吼える。

 昨日よりも少なくなった物資だが、周囲の兵士達が次々に自分達の荷物を荷台の空いた場所に乗せている為、実際に荷物を運んでいるのはアイカ達だけとなっている。

「そうカッカすんなよお嬢さん」

「移動中は静かにしないとダメでしょー?」

「ギャハハハハ!」

 兵士達は完全に気の抜けた様子で笑っている。

「くっ、今日も絶賛職務怠慢中って訳ね。覚えてなさい、この任務が終わったら任務報告書レポートに貴方達の悪事を余す事無く書き記してやるんだから」

「長い報告書になりそうだ」

 ハヤトがぐったりと項垂れる。ほぼ確実に付き合わされる未来が目に浮かぶ。

「ドンマイ、ハヤト!」

「何を他人事の様に言ってるんだレイン。お前も地獄を見るんだよ」

「……ヤダー!」

 騒がしくも順調に進むハヤト達だが、視線の先に森の出口が見え始めた頃、

「ッ!」

 異変に気付いたハヤトは、瞬時に意識を切り替える。

「止まれ!」

 ハヤトの声で、談笑していたその場の全員が足を止める。

「ハヤト?」

 すぐさま隣にやってきたハヤトを見上げながら、アイカは首を傾げる。ハヤトはアイカを見ながら人差し指を口元に立てる。

「静かに。様子が変だ」

 その場の全員が口を噤むと、森の出口──本拠地の方から、騒がしい音が聞こえてくる。大人数が同時に話している様な、乱雑で荒々しい騒音だ。

「各員、武装警戒に入れ!」

 全員が異変に気付いた所でトバックが指示を出す。トバック以外の兵士達が腰に吊るした武器を構える。部隊長であるトバックだけは手袋の甲に付いた透明色の獣結晶を指で撫でる。

「『獣機器クォンタム』を構える所を見るに、どうやら隊長以外は『一般兵』みたいだ」

 レインが頼りなさそうに周りを見ながら呟いた。

 軍には大きく分けて二つの兵士がいる。

 資格なしに志願出来る『一般兵』と、認定を得て入隊する『特務兵』の二つだ。

 戦闘のプロである霊獣士や技術者は『特務兵』で『一般兵』よりも高位に就き、部隊を率いたり、専門の仕事を引き受ける事になる。

 今回の補給部隊で言えばトバックが『特務兵』で、その他が『一般兵』となる。

「へっ、新人風情が大人を舐めるんじゃねぇよ」

「俺たちゃこんな場面を何度も経験してるんだ。霊獣士だからって偉そうにすんじゃねぇぞ」

「強がる割に腰が引けてんだよ。いいから引っ込んでな」

 レインは意気揚々と肩を回し、右手の指輪を輝かせる。

 ハヤトとアイカもそれぞれの獣結晶を視認出来る位置に掲げ、トバックの指示を待つ。

「各員、獣武展開ビーストアウト‼」

「「「獣武展開ビーストアウト‼」」」

 各自の獣結晶が輝き、各々の獣武を形成する。

 ガゼルの霊獣を従わせたトバックの獣武はレインと似た槍型の獣武だった。違う部分を指摘するならば、穂先の刃が片刃になっている。突くというよりも『斬り』と『払い』に重きを置いた長槍だ。

「小隊、前進!」

 トバックを先頭に、ハヤト達は荷台をその場に置いて走り出す。

 足早に森を抜けると案の定、本拠地は嵐の如く乱れ果てていた。

「怪我人はこっちだ急げ!」「おい作戦はどうなって「今隊長達が考えてる!「誰かこっちに手を貸してくれよ!」いいから早く隊列を整えろ!」「アァァァくっそぉぉぉ!」「三番隊のリィエンがや「アァァァァ痛いィ!」た! 誰か診てくれ!」「足をやられたのか、そこに寝かせて!」

 阿鼻叫喚の光景が広がっていた。

「ひ……」

 アイカの喉が引き攣る。明らかに異常な事態が起こっていた。

 トバックが近くにいた兵士を捕まえ、問い質す。

「こちら補給部隊隊長、トバック! この騒ぎは一体何です⁉」

「見て分からんか、敵襲だよ!」

「て、敵襲⁉ 敵さんはやる気なかったんじゃ」

「昨日まではな! だが今朝になって突然表れた女の霊獣士と共に一気に攻め込んできやがったんだ! お前等はまだ無傷だな。隊長の所に案内してやる、付いて来い!」

「待ってくれ! 俺達は補給部隊だぞ⁉」 

「言ってる場合か‼」

「く、くそっ! 補給部隊各員、俺の後に続け!」

「「「「了解!」」」」

 走り出すと同時に近くで一際大きな爆発音が轟く。続けざまに何度も同じ様な爆音がハヤト達の身体をぶるぶると腹の底から揺さぶって来る。

「近いな」

「こんな近くにまで攻め込まれてんのかよ。前線組は何やってんだ全く」

 苛立ってはいるが取り乱した様子はないレインと共に、ハヤトは隣を走るアイカに視線を落とす。

「ハッ、ハァッ、ハ!」

 大した距離は走っていないはずだが、既にアイカの息は乱れ始めていた。

 声を掛けようかと悩んでいる内に、先頭を走る兵士が足を止める。

「失礼します! 補給部隊の兵士をお連れしました!」

「増援か!」

 額に汗を浮かばせた男性がこちらを振り向き、少しだけ安堵した表情で言う。

「クアッド平野戦線補給部隊隊長、トバックであります!」

「クアッド平野戦線指揮官、ツモスキーだ。事は一刻を争う。直ぐに作戦に加わって──」

「砲撃来ます!」

 兵士の一人がそう叫んだ途端、ドガガガァ‼ とすぐ傍に砲術の雨が飛来する。

「キャァ!」

「獣弾が近い! 術者が近くにいるぞ!」

 頭を抱えるアイカを引き寄せ、ハヤトは声を張り上げる。

「もうここまで潜り込まれたか……!」

 ツモスキーが悔しそうに歯を食いしばる。手に持った刀身の厚い湾曲刀を握りしめ、ツモスキーは前に出る。

「第一小隊は扇陣形で散開して索敵! トバックの部隊は後方で我等の支援をしろ!」

「り、了解!」

 ツモスキー等と共にテントを出る。辺りは昼間とは思えない程薄暗い。燃えるテントと舞い上がる土煙ですっかり見通しが悪くなっている。

「くそっ、視界が悪くて敵を視認できない!」

「隊長、自分が先行して周囲の状況を確認してきます!」

 そう言って後ろを振り返った兵士の眼前で、術式が展開される。

「伏せろスゥロン!」

 咄嗟にツモスキーが前方の兵士に手を伸ばす。

 次の瞬間、スゥロンと呼ばれた兵士を一筋の何かが貫いた。

「何だ、今のは⁉」

 形も色も、何も見えなかった。ただ一直線に、何かが兵士の胸を丸く貫いた。それしか理解できなかった。

 そして、それは兵士の背後に立っていたツモスキーも同様だ。

「ぐぶッ⁉」

 咄嗟に危険を察知して身体を逸らしたツモスキーだが、目には見えない何かを捉え切れず、横腹を削られる。堪らずツモスキーはその場に膝を付く。

「大変、隊長さんが!」

「待てアイカ!」

 傍に駆け寄ろうとするアイカの手をハヤトが掴む。

「ハヤト⁉」

 どうして、と振り返ったアイカだが、ハヤトの目線は別の所に向けられている。

 ツモスキーの正面。土煙の向こうから、そいつは現れた。

「つまんない戦場しなぞろえねぇ。もっと面白い霊獣士しょうひんを用意しなさいな」

 ゆったりとした足取りで現れた女性に、その場の全員が目を見張る。

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