霊獣喰い②
「本部まで来ればそれなりに良い物あると思ったんだけどなぁ。ほら、作戦本部って一番重要な所でしょ? 買い手としてはどうしても一通り目を通しておきたいじゃない。まぁ期待外れだったんだけど」
「お前は、
「あらあら、瀕死の隊長さんはあたしをご存知? まぁあたしも結構長いからねぇ。老舗の様な詫び錆びを感じられるのはあまり歓迎しないんだけど」
コホン、と咳払いして、紅い髪の女は仰々しくコートの裾を持ち上げてお辞儀する。
「初めまして皆さん。あたしの名はロスト。貴方達には『
物腰は柔らかいのに、抱く感情は警戒や恐怖の様な、近寄りがたい感情ばかり。
その場の全員が直ぐに理解する。この女性は危険だと。
「あの人が、クラウスさんの言ってた……」
「アイカ、静かに」
ハヤトは慎重にアイカを自身の背中の影に隠す。
「不味いぜハヤト。爺さんの姿が見えねぇ」
レインがハヤトの耳元でそう囁く。先ほどまで一緒に行動していたはずのクラウスの姿が、今はどこにもない。
(やれやれ、少し面倒な事になりそうだ……)
とにかく今は目の前の敵に集中するしかない。ハヤトは視線だけでレインに応え、両手の剣を握り直す。
「なぁんかがっかりしたら疲れたわ。今度はもっと沢山の霊獣士を連れてきてよねぇ。こんなの相手してもしょうがないんだからさ」
そう言ってロストは倒れた兵士の上に腰を下ろす。
「貴様ァ!」「よくもスゥロンを!」
兵士達は両脇からロストに斬りかかる。
「だからアンタ達に用はないって言ってんのに」
ズアァ! とロストの体から茶色の獣力が放出される。茶色の獣力は猪の霊獣に姿を変え、鋭い角の様な牙で兵士達を突き飛ばす。
「ぐあぁ!」「ぬわ!」
「アッハッハ! こんな貧弱な攻撃も凌げないのぉ? ただの気当たりみたいなもんなのに」
「引け! お前等の敵う相手ではない!」
ツモスキーは立ち上がり、空いた脇腹を庇いもせずに構える。激痛に顔を歪めながらも、その場の全員に聞こえる様に声を張り上げて言う。
「撤退だ! 第二防衛線まで後退せよ! 今後の指揮はお前が取れ、トバック!」
「ツモスキー隊長は⁉」
「この女が大人しくしている訳がなかろう! いいから急げ!」
「撤退、撤退だ!」
ツモスキーを残し、トバック達は来た道を引き返す。
「行くぞアイカ」
「だ、ダメよハヤト! まだ隊長さんが──」
「アイカ‼」
「ッ⁉」
いつもより強い口調のハヤトに、アイカは面食らう。
「ツモスキー隊長の覚悟を不意にする気か」
そう言ってハヤトはアイカの手を引いて走り出す。
「一人として逃がすんじゃないわよ」
ロストの声と共に、反乱軍の兵士達が一斉にハヤト達補給部隊に迫り来る。
「レイン、後ろを頼む」
「あいよぉ!」
背後の反乱軍をレインの雷槍が蹴散らす。
追手はどうやら霊獣士ではない様だ。
「ハヤト、相手は霊獣士じゃないわ。だったら私達でも──」
「いいから走れ!」
息をつく間もなく、次の追手が姿を現す。左右前方を塞ぐ様に向かってくる。
「各員、応戦せよ!」
前と左側の敵をトバック達が応戦するが、どうしても数が足りず、右側にいた追手がトバック達に襲い掛かろうとしている。
「アイカは砲術支援だ。絶対にここを離れるなよ」
「分かったわ!」
ハヤトは両手の剣に獣力を籠める。炎と風を纏った両の刀身を擦り合わせ、一気に敵の懐に飛び込む。
「双武流特技、
燃え盛る両の剣で瞬く間に三人を斬り伏せる。瞬時にハヤトが右側の敵を排除した為、アイカはトバック達が応戦している敵に砲術の標準を合わせる。
「はっ、はっ!」
普段なら何てことはない術式の組み立てが纏まらない。気持ちが急いているのが自分でも分かった。アイカは必死に気持ちを落ち着かせながら術式を組み立てる。
「単一、じゃなくて! 複数発を展開準備……よし、
何とか組み立てた術式から、無数の獣弾が放たれる。地水火風、それぞれの特性を持った獣弾がトバック達の頭上を越えて追手の兵士達に降りかかる。
「でかしたぜお姫さん!」
崩れた陣形に突き刺す様に、トバック達が一気に攻め立てる。
反乱軍の兵士達は一人、また一人と倒されていく。
「ハァ、ハァ……いける! やれる!」
突破できる。そう確信したアイカの前に、トバックに突き飛ばされた反乱軍の兵士が転がり込んでくる。
すぐさま起き上がった反乱軍の兵士は、逆手に持ったナイフ型の『獣骸武器』を構える。
(『獣骸武器』は危険だけど、獣武には敵わない!)
アイカは術式を組み立て、いつでも発動出来る様に万全の準備を整える。
しかし、
「ガアァァァァァァ!」
「ひっ!」
獣の様に雄叫びを上げて突進してくる敵に、アイカは全身を縛り上げられたかの様に硬直する。術式を使われた訳でも、罠に掛かった訳でもない。
目の前の敵と、正面から対峙した。
それだけで、組み立てた術式は崩れ去り、身体は言う事を聞かなくなる。
アイカの目の前に敵が迫る。
それは分かる。なのに頭が、身体が、動こうとしない。
ただ真っ直ぐに向けられる敵の瞳から、視線を外せない。
「ぁ……」
アイカはその場で尻餅を付く。目の前に飛び掛かる敵の眼が一瞬、邪悪な笑みを浮かべるのを、アイカは見た。
「──消えろ!」
ナイフが降り降ろされる寸前、アイカの背後から伸びた足が敵の顔面を勢いよく蹴り飛ばす。
ゴロゴロと転がっていく脅威からようやく解放されたアイカは未だ思う様に動かない、震える体で後ろを振り返る。
「あ……ハ、ハヤト……」
「大丈夫だ」
ハヤトは震えながら伸びてくるアイカの手を取り、立ち上がらせる。生まれたての小馬の様に頼りなく震える足を支える様に腰に手を回しながら言う。
「アイカは大丈夫だ。俺がちゃんと守る」
「わ、私……」
アイカはすっかり腰が抜けてしまっていた。
「手負いの霊獣士だ、囲え!」
腰の抜けたアイカを負傷したと勘違いしたのか、三人の反乱軍兵士がハヤト達の往く手を阻む。アイカが怯えた表情でハヤトの胸にしがみ付く。
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