霊獣喰い③
「へへへ、霊獣士を倒した報酬はデカいんだ。悪く思わないでくれよ」
「……戦場では周囲の把握が出来ない奴からやられるんだぜ」
「なに?」
次の瞬間。
「ギャ!」「グハッ⁉」「ガッ‼」
突如飛来した三本の矢が的確に人体の急所を射抜く。卒倒する反乱軍兵士に突き刺さった矢は見覚えのある薄い緑色の獣力で編まれた物だ。
「ハヤト、これって……」
「……」
周囲にクラウスの姿はない。これがクラウスの答えなのだと、ハヤトは悟る。
「わりぃ、遅れた!」
「無事か新米共!」
後ろからレインが、前からはトバック等がやって来て、ハヤト達は無事に合流を果たす。
「遅いぞレイン」
「もう少し労ってくれてもいいんじゃねぇか? 俺、頑張ったんだよ?」
「おうおう随分しおらしくなったじゃねぇかお姫さんよぉ。ようこそ地獄の一丁目へ!」
兵士達が意地悪な笑みを浮かべて言う。アイカも負けじと睨み返すが、いつもの勢いはなく、ハヤトにしがみ付いたまま悔しそうに口を噤むまでに留まっている。
「戦場で談笑なんかしていられんぞ! ジックとレイサンは俺と一緒に撤退の伝達に来い! 新米共は直ぐに補給地点まで戻れ。いいな!」
「おいおい俺達の事はほったらかしかよ!」
レインが不服そうに抗議するが、
「戦場でガイドツアーでも期待してたのか? 直ぐに撤退させて貰えるだけありがたいと思え!」
トバックはそう言って仲間の兵士を連れて去っていく。
残ったのはフィリアリア学生部隊の三人だけ。
「先ずは戦線を離脱する。何をするにもここじゃ忙しい」
「大賛成だ!」
ハヤトの指示にレインが頷く。
「ま、待って!」
だが、早速動き出そうとしたハヤトの腕を引っ張り、アイカが声を上げる。
「クラウスさんはどうするの⁉ クラウスさんを放っておけないわ!」
「アイカ……」
クラウスは命令を無視して勝手に姿を眩ませた。どんな理由があれ、軍では命令を無視した者を良しとはしない。傭兵のクラウスとてそれは同じだ。
「アイカちゃん。軍にとって独断専行は重罪だ。それを知らない爺さんじゃねぇ」
レインが真剣な表情で言う。それ以上に必死の形相で、アイカは声を上げる。
「でも私達は約束したじゃない! 一緒に戦うって! 独断専行が罪と言うなら、私達も約束を
「そ、そりゃあ……」
真っ直ぐに訴えてくるアイカに、レインも言葉が続かない。
「俺達の負けだなレイン」
ハヤトはほんの少しだけ微笑み、レインの肩を軽く叩く。
「ハヤト……」
「幸い居場所ははっきりしているんだ。老人一人担いで逃げるくらい訳ないだろ」
「……はぁ、分かったよ。老人介護も若者の務めってか。でもどうする? 大人しく手を引かれてくれる爺さんでもないだろ」
「何とかするさ。レインは後ろで支援を頼む」
「へいへい」
不承不承と言った風なレインに頷き、ハヤトはアイカに振り返る。
この戦線も長くは保たない。撤退の手筈を整えている今が最後の安全線だ。この機を逃す手はない。
「アイカは急いで拠点に戻るんだ。ここも直ぐに瓦解する。その前にアイカは前線組と一緒に撤退するんだ」
「馬鹿言わないで! 私も一緒に行くわ!」
喰らい付く様な勢いでアイカは言うが、
「戦えるのか」
「ッ‼」
ハヤトの一言が、勢い立つアイカの全身を引っ叩く。
「見ただろ。人間の本当の怖さを。『力』と『恐怖』。そして歪んだ『正義』が合わさった最恐の意志──あれが『狂気』だ」
死にたくないから殺す。言葉では至極単純な理屈だが、これは底の無い泥沼に突き落とす。
他者を殺めたという事実が自身の根底を蝕み、恐怖を植え付ける。その苦しみから逃れる為に、やがて腐食された精神は元に戻ろうと自身を許容する『殻』を作り出す。
この『殻』こそが、最も度し難い悪──『
どんな卑劣な反乱軍でも、彼等には彼等の『正義』がある。その為に命を賭して戦っている事に違いはないのだ。
そんな彼等を前にして、アイカは何も出来なかった。
息をする様に自然と展開できる術式が展開できなかった。当然だ。呼吸すら上手く出来なかったのだから。
良し悪しはさておき、覚悟が無かったのはどちらか、一目瞭然だった。
「……」
「立ち向かえるのか、アイカはあの狂気に」
もう一度確認する様に、ハヤトはハッキリと問い掛ける。
虚言は許されない真剣な問いに、アイカは
そして少し潤んだ瞳を気丈に吊り上げ、言い放つ。
「引き摺ってでも連れていきなさい!」
──能動的というか、受動的というか。
とにかく。アイカはそう言った。それがアイカの出した答えだった。
「私を情けなく震えているだけの臆病者にしないで」
覚悟の無い自分を知った。力の無い自分を知った。
しかし、気持ちだけは甘えない。眼だけは、想いだけは誰よりも真剣に。
「……全く、根性だけは一人前だな!」
ハヤトはアイカから手を離し、再び両手に獣武を展開する。
「だったら最後までやせ我慢して見せろよ、アイカ!」
ハヤト達はそれぞれの獣武を握りしめ、硝煙で濁る前線へと引き返した。
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