流星の霊獣士②

(向こうは上手くやった様だな)

 ハヤトは乱雑に振るわれるマークの猛攻を躱しながら横目でアイカの勝利を確認する。レインもいつの間にか敵を片付けてアイカと合流している。

 これで残る脅威はマークのみとなった。

「こっちもそろそろ終わりにしようぜ、マーク」

 体を捻り、全体重を乗せたマークの裏拳を左手の剣で弾き返し、ハヤトは言う。

「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

「終わらせてやるよ。俺の全身全霊で」

 バンッッッ‼ と激しい噴射音を轟かせて、ハヤトの背にある翼が爆ぜる。

 撃ち出される様な急激な加速を得て、ハヤトは一瞬でマークの横をすり抜ける。その速さはもはや目で捉えるのは至難の業だ。

 一拍遅れて、マークの体に衝撃が走る。見ると、マークの胴体には大きな斬り傷が刻まれていた。

「見せてやる。俺の真の獣武を」

「グゥ、グルァァァァァァァァァァァァァァァァ‼‼‼」

 後ろに振り向きながら、マークは横薙ぎに腕を振る。

 しかし、マークの腕が当たる寸前、またしてもハヤトの姿が霞む。

 空を切った腕に振り回されるマークの体に再び衝撃、新たな傷跡が刻まれる。

 そこからはハヤトの独壇場だった。

目にも止まらぬ速度で斬り抜け、反転し、また斬り抜ける。マークは迎撃するどころか視界に捕らえる事すら出来なかった。

 斬、斬、斬斬斬斬ザンザンザザザザザザザザザザザッッッ‼‼‼

 様々な方向から繰り出される高速の斬撃を凌ぐ事が出来ず、ついにバランスを崩したマークの片足が浮き上がる。その一瞬を見逃さず、ハヤトはマークの正面に移動するとありったけの獣力を籠めて右手の剣を斬り上げた。

 ハヤトの斬撃が、マークの足元から勢いよく頭上へと放たれる。

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼‼‼」

「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ‼‼‼」

 人間と獣の叫び声が空気を震わせる。

 マークはボロボロの左手で何とか斬撃を掴み取るが、斬撃はそのまま巨大なマークの体ごと宙へと押し上がっていく。やっとの思いで斬撃を握り潰した時には、既にマークの体は廃墟の屋根を突き破り、漆黒の夜空へと打ち上げられていた。

 上昇が止まり、落下に移行するまでの僅かな無重力を漂うマークの前に、

 ビュオッ‼ と、翼を携えたハヤトが飛来する。

 ゆっくりと落下を始めるマークと違い、ハヤトは空中で浮遊し、翼を大きく広げる。

【想像せよ。我の形は一つとは限らず】

 両手の剣が形を失い、明青色に輝く獣力の粒子となる。

【右方は偉大なる獅子の牙、左方は猛き虎の爪、それは偉大なる祖を受け継いだ我の姿】

 形を失った粒子が一つとなり、ハヤトの背後で巨大な獅子の姿を形成する。

 青白く輝くその獅子の背には、立派なわしの翼が生えていた。

【具現せよ。獅子でもない、猛虎でもない、獅子と猛虎の血を受け継いだ、汝の姿を】

 ハヤトはゆっくりと右手を水平に伸ばす。その右手へ明青色の獅子が飛び込み、辺りに眩い光を放つ。

【それが汝の姿。もう一つの我。我と汝が揃う時、それが真の我等の姿】

 光が収まると、ハヤトの右手には身の丈に迫る程の長刀が握られていた。

【刮目せよ、我が姿を。宣言せよ、汝の姿を。我が名は――――】


「王刀『ラスターブレイド』」


 ハヤトは静かに自らの獣武の名を告げる。

「あれが、ハヤトの名武……」

 レインはハヤトの名武を仰ぎ見ながら呟く。

 艶やかで流麗な青白い刀身。その刀身はハヤトの身長程もあり、すっかり暗くなった夜空に青白く輝いている。それはまるで夜空に輝く一番星の様に強く眩い。

「王の名を冠する刀か……流石にこれは予想外だな」

 前髪を描き上げながらベルニカが呟く。その顔は困った様な、微笑んでいる様な、何とも複雑な表情を浮かべている。

 アイカは光り輝く翼と太刀を握るハヤトの姿を見つめながら、ただ一言、

「おめでとう」

 そう呟いた。

「ラスターブレイド、出力全開型オーバードライブモード!」

ハヤトは大きく広げた獣力の翼を激しく噴射させる。荒れ狂う風が、そしてそれを呑み込み激しく燃え上がる青い炎が、ハヤトを包み込む。

 明青色の翼が勢いよく爆ぜ、ハヤトは更に高く飛び上がる。勢いを殺さぬまま弧を描いて反転し、一気にマークへと降下する。

「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ‼‼‼」

 蒼炎を纏い、青白い獣力の翼を尾に引きながら、ハヤトは夜空を駆け抜ける。

 その姿は、夜空を突き進む一筋の光の様だった。

「流星……」

 自然と、アイカの口からはそんな言葉が零れていた。

 消え入りそうな声で発せられたその言葉は、その場の全員の耳に心地良く馴染んだ。

 流星の如く、ハヤトはマークに接近する。

「ガァァァァァァ‼‼‼」

 口から血を吐きながら、マークは何度も獣力の塊を放った。しかし、その全てがハヤトを包む蒼炎に焼かれ、ことごとく消滅していく。

 互いの距離が十メートル近くまで迫った時、ハヤトはより強く翼を噴射させて加速する。

【獅子がえるは勝利の証。轟く咆哮、空を討つ】

 長刀を炎風が包み、燃え盛る蒼炎の刃がマーク目掛けて振り抜かれる。

獅吼しこうッ! 流星陣りゅうせいじん‼」

 明青色の長刀が、マークの体を斜めに断ち斬った。ハヤトはそのまま分断されたマークの背後へ勢いよく斬り抜ける。

「ぁ――ぅ」

 瞬間、ハヤトの耳元でマークが何かを囁いた。

「ッ⁉」

 ハヤトは驚きに目を見開く。

 直後、マークの体は蒼炎に包まれ、夜の闇の中で静かに燃え散った。

「アイツ……」

 ハヤトは暫くマークの燃え散った場所を眺めていたが、やがて静かにアイカ達の元へと降下する。

「ハヤト!」

 地上に降り立ったハヤトの元へ、アイカ達が駆け寄る。

「こっちは終わった。そっちは――」

 大丈夫か、と言おうと思ったハヤトだが、

「ッ⁉」

 急に体から力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまう。

「ハヤト⁉」「おや」「おいおい大丈夫か⁉」

 倒れ込む寸前の所で、ハヤトの体をアイカが抱き留める。

「ハヤト! どうしたの⁉」

「アイカ君、見せなさい」

 ベルニカが地面に寝かせたハヤトの体を手際よく調べていく。

「ふむ……こ、これはッ⁉」

 ベルニカが驚いた様に目を見張る。

「ベルニカさん……ハヤトは、ハヤトはどうしたんですか?」

「アイカ君……ハヤトの症状は『超過檄稼働後現象』だ」

 ベルニカが心底悔しそうな表情で言う。

「そ、それってどういう……」

 聞いた事の無い病名にアイカが言い知れぬ不安を募らせていると、

「意地が悪いぞ、ベルニカ……普通に言えよ」

 ぐったりとした様子のハヤトが頭だけ持ち上げてベルニカに非難の視線を送る。

「え……? それって……」

「単に疲れただけだね、要は」

 先ほどまで深刻な表情をしていたベルニカが一瞬にしていつもの調子に戻って言う。

 アイカは少しの間、ポカンとした後、

「~~~~~ッ! ベルニカさん! そーゆーのはやめて下さいッ!」

 ようやく自分が騙されていた事に気付いて声を張り上げる。

「ははは、いやぁすまない。つい魔が差してしまった」

 顔を真っ赤にして怒るアイカに、ベルニカは楽しそうな笑い声と共に謝った。

「恐らく初めて全力で獣力を解放したから体が付いていかなかったんだろう。しばらく休めばすぐに治ると思うよ」

 その言葉を聞いて、アイカとレインは安堵のため息をつく。

「それはそうと、なんだよあのデタラメな獣力は」

 槍を両肩に担ぎながら、レインは少し意気込んだ口調で言う。

「あんな力があるなら俺なんかいらねぇんじゃねぇか?」 

「そんなことはないよ」

 否定の言葉を述べたのは、ハヤトではなくベルニカだった。

「君の戦闘も見せて貰ったが、中々に息の合った連携だったじゃないか。初めての戦闘であそこまで上手く波長を合わせられる霊獣士というのはそうそういない」

 聖霊獣士グラスティアであるベルニカから予想外の賛辞を受け、レインは暫く面食らった様に呆然としていたが、やがてはっと我に返り、慌てて表情を取り繕う。

「こ、これくらい大したことはにゃい……」

 クールにキメようとするレインだが、褒められたのがよほど嬉しかったのか、口元がニヤけて酷いことになっていた。

「君もそれなりに事情を抱えている様だね。ヴァーミリオン家といえば凡そ察しが付く」

「……」

 ベルニカの発言に一瞬、レインの表情が険しくなる。しかし直ぐに表情を戻し、興奮した様子で話し出す。

「いやぁ、ハヤト達に比べれば些細な事ですよ! それにしてもすげぇなハヤトは。あんな凄まじい戦闘は初めて見た」

「ふふん、そうだろう? 私の息子はすごいだろう?」

「こりゃまた堂々と……意外と親ばかなんすね」

「もちろんだとも」

 自慢げな笑みを浮かべるベルニカに、レインは苦笑いを浮かべた。

「ハヤト、本当に大丈夫?」

 アイカが心配そうにハヤトの顔を覗き込みながら言う。

「あぁ、ごめんな。もう大丈夫……うっ」

 起き上がろうとしたハヤトだが、体に上手く力が入らない。

 再び体勢を崩すハヤトを、すかさずアイカが抱き留める。

「あぁ、もう! 無茶しないの!」

「……すまん」

 そんな二人の姿に、自然と周囲に笑顔が溢れる。

 だが、それも束の間。

「まだだ……まだ終われないッ!」

 穏やかな雰囲気は冷水を被ったかの様に一瞬で凍り付く。

 声のした方へ振り向くと、そこには満身創痍といった様子のレネゲイド達の姿があった。肩を上下させながら、レネゲイドの一人が言う。

「勝手に終わらせて貰っては困るんだよ……まだ戦闘は終わっていない!」

 フードの下から垣間見せるレネゲイド達の瞳は追い詰められた獣の様な、危険な色を宿していた。これだけ手負いの状態でも、彼等はまだ戦う事を諦めていなかった。

「いいや、終わりだ」

 しかし、あっさりとベルニカはそう宣言する。

「お前達はもう何も出来はしない」

「フ、フフハハ……それはどうかな!」

 口元を不気味に歪ませ、レネゲイド達は腰の後ろから掌サイズの筒を取り出す。

 それは先ほどマークを異獣化させ、獣霊士ベースティアへと変貌させた薬入りのカプセルだった。

 今度は全員がそれを握りしめている。

「よせッ⁉ さっきのを見てなかったのかよッ⁉」

「黙れッ!」

 レインの制止に聞く耳持たず、先頭のレネゲイド兵は鋭い視線でレインを、次いでハヤトを睨む。

「我々に……我々に敗北は許されないんだ‼ だから我々もこの薬で――ッ⁉」

 決死の覚悟を決める叫びが、最後まで続くことはなかった。

 バンッッッ‼ と。

 突然、手前に立っていたレネゲイド兵の持つカプセルが粉々に砕け散った。

「なっ……は?」

 何が起こったか分からないという顔をするレネゲイド達に、

「何度も同じ事を言わせるものじゃない」

 呆れ返った表情を浮かべたベルニカがため息をつく。

 ベルニカはそのまま右手の指をパチンと鳴らす。すると、レネゲイド達が持っているカプセルが次々と砕け散っていった。

「バカなッ⁉ どうなっている⁉」

「だから言っただろう。もう何も出来はしないと」

「くっ……そッ!」

 レネゲイド達は悔しそうに口元を歪めるが、もう反撃に転じる策は尽きたのか、

「総員、一時退却だ! 急げ!」

 勢いよく身を翻して走り出した。

「マズい、逃げられる!」

 ハヤトが無理矢理上体を起こそうとするが、アイカに両手で抱き抑えられる。

「離してくれ、アイカ! 奴等が──」

「大丈夫よハヤト。心配しなくてもちゃんと手は打ってるわ」

 そう言ってアイカは背を向けて走るレネゲイド達の方を指指す。

 レネゲイドの一人が廃墟を囲う急な斜面をよじ登ろうと足を掛けた。

 直後、突如としてレネゲイド達の周囲が一気に暗くなる。

 先ほどまで辺りを照らしていた月明かりが突然無くなったのだ。

 不審に思い、顔を上げたレネゲイド兵の目に飛び込んできたのは予想外の光景だった。

「な……⁉」

 レネゲイド達の頭上、斜面の上には大部隊に匹敵する程の人で溢れかえっていた。

「な、なんだおまえ達は⁉」

 往く手を遮る様にずらりと並んだ人壁に圧倒され、レネゲイド兵達が後退る。

「あの人達は……?」

「ギルド『フェアリードの翼』の人達よ」

 呆然とするハヤトに、アイカが言った。

「ここに来る前に連絡を取ったの。ヨーグさんを助けるから協力してほしいって」

「そうだったのか……すごいじゃないか、アイカ」

 ハヤトは素直に感嘆する。アイカにここまでの戦術思考があったとは予想外だった。

「ううん、私はギルドの人達に事情を話して手伝って貰おうって言っただけで、ただの思い付きみたいなものだったの。こんなすごい作戦を考えたのはベルニカさんよ」

「もっと胸を張って良いと思うよ、アイカ君。その思いつきがなければ私はギルドに協力してもらうなんて考えもしなかったのだから」

 ハヤト達の傍に立ちながら、ベルニカが言う。

 いつも大袈裟に褒めるベルニカだが、今回ばかりはハヤトも素直に頷けた。

「アイカの直感は馬鹿に出来ないな」

 ハヤトからも褒められたアイカは薄らと頬を赤らめ、照れ臭そうに微笑んだ。

「さて、レネゲイドの諸君。もう一度だけ言おう」

 ベルニカがゆっくりとレネゲイド兵達の元へ歩みながら、再度宣告する。

「お前達はもう何も出来はしない。まだ抵抗するなら今度は生きている事の辛さを教えてあげる事になるが、どうする?」

 薄らと紫色の獣力を漂わせ、物騒な事を物騒に告げるベルニカに、

「……くっ」

 レネゲイド達は遂に心が折れたのか、次々とその場に膝を突いていく。

 戦意を失ったレネゲイド達を、斜面を降ってきたギルドの人達が次々に拘束していく。

「やっと終わったな……」

 レインが獣武を解除して大きく伸びをする。レネゲイド達を全員連行したのを確認してから、ベルニカが口を開く。

「私はこれから彼等と楽しい御歓談と洒落込もう。フフフ、どんな話を聞かせてくれるのか、今から楽しみだ」

「ほどほどにしておけよ……」

 怪しげな笑みを浮かべるベルニカに、ハヤトはとりあえず釘を刺す。

「君がそれを言うのかい?」

「……だな。スマン、皆。そろそろ、限界だ……」

 自分の意志とは反対に、ハヤトの意識はどんどん薄れていく。

「おぅ、ゆっくり休めよー」

「うむ。後は私がやっておく。今日はもう休むといい」

 レインやベルニカの声も、次第に遠くなっていく。

 最後に、ハヤトは視線を傍らにいるアイカに移す。

 アイカはハヤトの視線に気付くと、優しい微笑みを浮かべる。

 それを確認してから、ハヤトはゆっくりと瞼を伏せ、

「お休み、ハヤト」

 意識を途絶えさせた。

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