霊獣喰い⑥
「やったわ! こんな所で出会えるなんて運命よこれは! 最高の掘り出し物を見つけた気分だわ! あぁ、真面目に仕事してきた甲斐があったわ‼」
その場で小躍りするロスト。しかし、眼だけはアイカを捉えて離さない。
一気にハヤトの背筋に悪寒が走る。反対に熱くなった頭を必死に抑えて考える。
「ハヤト、流石にヤバいぜ。周囲の手空き共が集まってきやがった」
小声で話すレインの言う通り、徐々に反乱軍の連中が集まり始めている。このままでは一分としない内に包囲されてしまう。
悩む時間すら惜しかった。ハヤトは大きく息を吸い、
「撤退するぞ‼」
言って、右手の剣を思い切り振ってロストに斬撃を飛ばす。
咄嗟に緑の亀を出して防ぐロストを尻目に、ハヤト達は一斉に走り出す。
「アンタ達! 何としてもあの姫様を捕らえなさい! 他はどうなってもいいから! 逃がしたら絶対殺すわよ‼」
ロストの号令で、周囲の反乱軍が一斉にハヤト達の元へと群がって来る。
「ヤバい、ヤバいぜ! あいつ等総出で追ってきやがった!」
クラウスを肩に担いで走りながら、レインが叫ぶ。脚力と腕力に獣力を割いている為、人を担いでいるとは思えない程の速度で駆けてはいるが、戦闘は厳しいだろう。
「とにかく森に入るぞ。林道になれば道幅が助けてくれる!」
細く曲がりくねった林道目掛け、レイン、アイカ、ハヤトの順に走る。
追手から放たれる砲術や矢の数々がハヤト達の周囲に降り注ぐ。殿を務めるハヤトが危険な軌道を描いていた飛来物を迎撃する。
その甲斐あって何とか森の入り口まで戻って来ることが出来た。直ぐに林道に逃げ込み、先ほど来た道を全力で駆ける。
後ろを振り返ると、先ほどまでの大人数の姿は無くなっていた。
しかし、依然として十人程の追手がハヤト達のすぐ後ろまで迫っていた。
最悪な事に、その追手達は木々の合間を滑る様に移動し、足場の悪い林道とは思えない程軽やかな身のこなしで徐々にハヤト達との距離を詰めてくる。
このままでは追いつかれてしまう。何か手を打たなければとハヤトが思った時、目の前に分帰路が見えた。
右の道が補給拠点に戻る道。左の道は森奥へと続く道だったとハヤトは記憶した地図を思い出す。
(確かあの奥は……)
ハヤトの脳裏に、一つの策が生まれる。
「レイン、二手に分かれるぞ」
「何だって?」
「レインはクラウスさんを連れて拠点に続く道へ行け。奴等の狙いはアイカだ。追手は来ないだろう」
「いや、それは」
レインは一瞬、何か言いたそうに口を開くが、直ぐに顔を背ける。
「どうした」
「……何でもない。それしか手はねぇ、か」
「俺とアイカは追手を巻いてから拠点に戻る。クラウスさんは頼んだぞ」
「あぁ、分かった」
俯いてしまったレインに、ハヤトは右手の剣をレインの前に掲げる。
ハヤトが行おうとしているのは約束や誓い言をする礼儀の様なものだ。互いの武器を擦り合わせる事で約束が交わされたことになる。とはいえ何か特別な術式が働く訳ではない。あくまで相互理解を言葉ではない方法で行うだけの事だ。
「後でちゃんとそのアホ面見せろよ」
「……すまねぇ」
レインは申し訳なさそうに言って、らしくない弱弱しさで穂先をハヤトの剣に当てる。
「行くぞアイカ!」
「え、えぇ!」
ハヤトは左手の剣を獣石に戻し、アイカの手を取ると、そのまま左の道に向かって走り出す。
予想通り、追手はハヤト達を追って左の道へなだれ込んできた。
一つだけ誤算だったのは最後尾にいた追手の二、三人がレイン達を追って右の道へ行ったことだった。全員でアイカを追って来るものと思っていたので予想外ではあったが、今はレインに任せるしかない。
加えて、人の心配をしている余裕はない。以前追手の大半はすぐ後ろでこちらの首を狙っている。
「急げアイカ! もうすぐそこまで来てるぞ!」
「ハァ、ハァ……!」
いつもの負けん気が返ってこない。思った以上に余裕がないアイカの手を引き、ハヤトは両足に更なる力を込める。
『ビースト・リンク』を使って迎撃する手もあるが、今のアイカの精神状態で高難度の術式を組み立てるのは至難の業だ。
「この先に川がある。そこまでいけば川に沿って下流に逃げられる。それまで頑張るんだ!」
後ろで眩い光が溢れる。追手が獣武を展開した光だ。敵の間合いまで、もう距離がない。
首筋に刃を当てられた様な脅威を感じ始めたその時、ついに視界の先に水の輝きが見えた。
あと少し。そんな希望を遮る様に横合いから飛び出してきた反乱軍がハヤト達の前に立ち塞がる。
「あいつ等、レイン達の方に行った奴等じゃないか!」
どうしてここにいるのかは謎だが、足を止める訳にはいかない。
ハヤトは右手の剣を強く握り、渓流の手前で道を塞ぐ反乱軍に突っ込んでいく。
背後から砲術の雨が襲い掛かって来る。ハヤトはその内の一つに狙いを澄ませると、
「アイカ、マント借りるぞ!」
「え⁉」
ハヤトはアイカのマントを掴み、頭上高く舞い上げる。
宙を舞う黒マントに砲術が衝突し、マントが獣弾を包み込みながら隕石の様に突き進む。
だが、防術耐性のあるマントで包まれた獣弾は直ぐにその勢いを無くしていき、消滅する。
結果。
ハヤト達の前方にいる反乱軍の手前で再びひらりと花開く様にマントが広がる。
マントによって視界が奪われた反乱軍が慌ててマントを叩き落とす。が、開けた視界に飛び込んできたのは、剣を振り上げたハヤトだった。
渾身の一撃で反乱軍の一人を斬り伏せたハヤトは、残る二人の内、近くにいた方に右手の剣を突き出す。
慌てて身を翻す反乱軍。その間に背に回していたアイカを左手で振り回す様に通らせ、自身もそれに続く。
川はすぐ目の前に流れている。ハヤトは目の前で片手剣型の獣武を振り上げている最後の一人に構うことなく全身全霊で地面を蹴り、アイカを抱え込みながら川に身を飛ばす。
「グッ!」
ザシッ‼ とハヤトの右肩辺りに鋭い痛みが走る。
「ハヤト⁉」
「大きく息を吸え!」
傷を確認する間も無く、ハヤト達は川に落ちる。
ドパァァン、と水を叩く音が響き、二人の世界から騒音が消える。
水中に入ったハヤトはアイカの手を引いて川底に逃げる様に沈む。
水面には幾つもの獣弾がハヤト達に襲い掛かろうと撃ち込まれている。
だが、川底まで行ってしまえばそれも届かない。後は流れを利用して高速で下流まで逃げてしまえばいい。
だが、そこでハヤトの左手に抵抗が掛かる。
振り返ると、ぼやけた視界の先でアイカが苦しそうに口元を抑えているのが見えた。
(上手く呼吸を整えられなかったか……!)
無理もない話だ。休みなく走り続けた後に一瞬で呼吸を整えて息を止めろ、なんて事がそもそも無理難題だ。
ましてや、初めて過酷な戦場に出たアイカならば、尚更。
遂に限界を迎えたアイカの口から大量の酸素が排出される。酸素と共に水面に出ようともがくアイカだが、水面は未だに獣弾が水飛沫を上げ、まるで槍の様に水中のハヤト達を捉えようと刺し込まれている。
(アイカ)
ハヤトは水面に出たいともがくアイカを引き寄せる。
苦しいと訴え掛けるように首を振るアイカの頬に左手を据え、
そのままアイカの唇に自身の唇をあてがう。
合わさった口の隙間から、微かに空気が漏れる。その漏れを塞ぐ様に、ハヤトはより深く、アイカと唇を重ねる。
驚きに目を見開くアイカ。
ハヤトは自身の空気をアイカの肺に送り込む。
二人は暫くそのまま空気を交換し合いながら、じっと耐え忍ぶ。
そうしている内に、徐々に獣弾が降り注ぐ地点から離れていく。
川底を流れながら、ハヤトは何とか追手の猛攻を振り切った事を確認する。
安堵を示すかの様に、再び二人の唇の隙間から小さな気泡がぽこり、と漏れ出た。
§ § §
「で、伝令です。目標は川に転落、生死は不明だそうで──グワッ!」
黒革の鞭が勢いよく伝令役の男の頬を叩き、地面に倒す。
「それは逃げられたって言うのよ! ビビッて回りくどい言い方考える暇があったら今すぐお前等もさっさと川に沈め、って今すぐ伝えなさい!」
「し、しかし我々の任務は船場の確保では……」
「そんな事は後でいくらでも出来るでしょうが! いいからさっさと行きなさい!」
「は、はいぃ!」
逃げる様にその場を去っていく伝令役に不機嫌そうに舌打ちをしながら、ロストは戦場で倒れた兵士達で築いた山に躊躇いなく腰を下ろす。
「絶対に逃がしはしないわ。あんなお宝みすみす逃しちゃ『
屍の玉座から見下ろしながら、ロストは我慢が出来ないと言う風に紅い唇を舐める。
その邪悪な笑みに、周囲の反乱軍は誰一人動けないでいた。まるで蛇に睨まれた蛙の様に、動けば何をされるか分からない恐怖と緊張に凝り固まっていた。
初めから返事など求めていなかったのか、とにかくそんな反乱軍の事など最初から気にしていないという風にロストは一人、黒革のブーツを履いた足を組み直し、真紅のコートに包まれたその身をぎゅっと抱きしめる。
「奪ってあげる、アイカ・レイス・セインファルト。貴方はもう、あたしのモノよ」
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