すれ違う想い
「──さて、何から聞いていこうか」
獣武を元のブレスレットに戻しながら、ハヤトは目の前に座る髭の男を見下ろす。体の前で両手足を拘束されている髭の男は先ほどからずっと
髭の男を捕らえた途端、他の傭兵達は蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。逃げたと言ってもその動きに慌ただしさは無く、タイミングを考えるに計画的な撤退だったのだろう。
「あんた達は誰に雇われたんだ?」
ハヤトの質問に、髭の男は馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「お前は馬鹿か? この俺がおいそれと契約事項を話すとでも思ってんのか?」
「まぁ普通に話してくれるとは思っていない。あんたも傭兵を名乗ってるのならそれなりの信念があるんだろう」
「おいおい、あっさり諦めんなよ」
すんなりと引き下がったハヤトに、レインが不安げな表情を浮かべる。
「こいつらは謎の兵器を使ってきたんだぜ? ここは多少強引にでも聞き出さないといけないんじゃねぇのか?」
「この人は傭兵だ。強引に聞き出そうとしても絶対に口は割らないさ。それがこの人達の筋ってやつなんだよ」
「ヘッ! そこの金髪モヤシよりは分かってるじゃねぇか」
「だ、誰がモヤシだッ!」
髭の男の言葉に、レインが憤慨する。
「でも、このままじゃ何も聞き出せないわ……」
「そこは任せとけって」
ハヤトはアイカにそう言うと、髭の男の正面で屈みこむ。
「ちょいと相談があるんだけどさ、傭兵さん」
視線だけを向けた髭の男に、ハヤトは言った。
「前の契約金の倍額支払おう。それで前の契約者の情報を売ってくれ」
「ハヤト⁉」「おいおいマジかよ⁉」
突然の提案に、アイカ達は驚きの声を上げる。
だんまりを決め込んでいた髭の男も、これには流石に驚きを隠せずに目を見張っている。
「悪い条件じゃ無いと思うぞ? あんたは喋ったことを誰にも言わなきゃいいし、もちろん俺達も口外しない」
「……そんな証拠がどこにあるって言うんだ」
「証拠なんて、あんた達の掲げる信念の中にあるだろ」
探る様な視線を向ける髭の男を、ハヤトは真正面から見つめ返す。
いまひとつハヤトの意図が理解出来ずにアイカとレインが互いに首を傾げていると、
「ふ……ふふ……」
髭の男の肩が、僅かに揺れた。と思った次の瞬間には、
「ハーッハッハッハッハッハッ‼ こいつはいい‼ 気に入ったぜ兄ちゃんよぉ‼」
勢いよく顔を上げ、髭の男は声高らかに笑い出した。
訳が分からず、呆然とするアイカとレイン。やがて髭の男は一頻り笑い終えると、
「『我ら傭兵。金意外に信用する物は無し』……傭兵の心得をよく理解しているじゃねぇか」
そう言った男の表情はどこか角の取れた、穏やかなものになっていた。
「そりゃどうも。あんた達のやり方に乗っ取ってみたんだが、どうだ。受けてくれるか?」
「……いいだろう。契約成立だ。俺の腰から契約書を出しな」
ハヤトは男の腰から書類らしき紙束を取り出すと、それを広げて一通り目を通す。
「ハヤトよぉ、そんな簡単に信じていいのか?」
レイン達は不安気な表情を浮かべている。
「こいつらは傭兵だ。『信頼』はできないが『信用』はできる。そこら辺の奴等よりずっとな」
「でも、この人達は町を襲ったのよ?」
「違うぞアイカ。こいつらは町を襲ったんじゃない。俺達を襲ったんだ。俺達の周りに一般人がいないのを確認してからな」
「どういうこと?」
「なるほどな……それで合点がいったぜ」
レインが納得した様子で頷く。
「おかしいと思ったんだ。普通、奇襲をかけるならもっと気付かれにくい攻撃をするのが
「一般人を巻き込むのは山賊や盗賊のすることだ。俺達傭兵はあくまで契約に則った仕事をしている。どうも最近の奴等はそこを分かっていやがらねぇ」
髭の男が首を横に振りながら重々しいため息をつく。
「ヘッ、契約とか何とか言って、結局は仕事なら何でもやるんだろ?」
どこか馬鹿にしたレインの物言いに、
「なめんじゃねぇぞ、クソモヤシ」
髭の男が鋭い目つきでレインを睨む。
「テメェの仕事はテメェで選ぶ。そこには自分で選んだという責任がある。それは決して誰の責任でもねぇ、自分の意志だ。少なくとも俺達、ギルド『フェアリードの翼』に関係のない一般人を巻き込んで良しとする奴はいねぇ」
「自分の、意志……」
「そうだ。まぁ、上官の言いつけ通りにしか動けんモヤシには分からん話だろうけどなぁ」
そう言って髭の男はお返しとばかりに嘲笑う。
「な、んだとぉ?」
「落ち着けよ、金髪モヤシ」
「なっ、ハヤトてめぇ!」
「今は遊んでる場合じゃ無いわよ、レイン」
「そんな……アイカちゃんまでかよー」
しょんぼり、という言葉が実に似合う姿で、レインが項垂れる。
「話を戻すぞ。まずは名前を教えてくれないか?」
書類をアイカに手渡し、ハヤトは髭の男に向き直った。
「俺の名はヨーグ。ギルド『フェアリードの翼』の部隊長をやってる」
「そうか。じゃあヨーグ、あんた達は誰に雇われてたんだ?」
ハヤトの問いに、ヨーグは怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。
「それがよく分からねぇんだ。依頼人は全身をコートで覆っていて男か女かも分からねぇし、こっちの質問にもほとんど答えない。いつもならこんな怪しい依頼は即行突っぱねるんだが、最近仕事がなくてな……渋々受けることにしたんだ」
「依頼内容はアイカの拉致か?」
「あぁそうだ。捕らえるだけで危害を加えないってんだから受けたが……一体何がしたかったのかまではわかんねぇな」
「それじゃあ何も分からねぇのと一緒じゃねぇか!」
額に手を当てながら天を仰ぐレインに、ヨーグは視線を逸らしながら言う。
「仕方ねぇだろ、傭兵は依頼人には弱ぇんだよ」
「あ、開き直りやがった!」
「うるせぇぞモヤシ!」
小競り合いを始める二人を横目に、ハヤトは暫く黙り込んだ後、口を開く。
「……なぁ、ヨーグ。そいつはどこかに変な紋章を付けていなかったか?」
ハヤトの言葉に、ヨーグは何度も小さく頷く。
「あぁ、そういえば手の甲に牛の頭骨みたいな紋章を彫ってたのが見えたな」
「やっぱり……」
「知ってんのか? ハヤト」
「あぁ、間違いない。レネゲイドだ」
ハヤトから告げられた言葉に、アイカの表情が険しくなる。
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