すれ違う想い②
「レネゲイド……軍でも噂はよく聞くぜ。確か、最近急速に力を付けてる組織だよな」
「どうやらそいつ等はアイカを狙っているらしい」
「マジかよ⁉」
目を見開いて驚くレインに、ハヤトは無言で頷いた。
「だったらこんな所にいちゃダメだろ。護衛とか付けて安全な場所に
「同感だ」
「ちょっと!」
間髪入れずに頷いたハヤトの腕をぶんぶん振り回し、アイカが抗議する。
「大丈夫よ! ハヤトが私の護衛をすることになってるから!」
「アイカちゃんの護衛? ハヤトが?」
「まぁ、そういうことだ」
「……ははーん」
暫くハヤトを凝視した後、レインが意地の悪い笑みを浮かべ出す。
「なるほどね、それで頑なにメンバーに入れるのを拒んでる訳か」
「……なんだその眼は」
「いや別にー?」
納得した様に何度も頷くレインだが、やがて怪訝な表情を浮かべる。
「待てよ、じゃあ俺達が任務に出る時はだれがアイカちゃんの護衛をするんだ?」
「任務中はベルニカに頼もうと思ってる」
「聖霊獣士に護衛を頼めるのかよ! それなら誰よりも安全だな」
「逆に危険な気もするけどな……」
自分で言っておいてハヤトは身震いする。アイカをベルニカと二人だけにしたら何を吹き込まれるか分かったものではない。少なくとも、ハヤトにとって好ましい事態にはならない。
「ちょっと! 勝手に話を進めないで! 私なら大丈夫よ。自分の身なら自分で守れるわ。それにハヤトもいるんだから大丈夫よ!」
「だがそれは町中という比較的安全な場所だから言えるんだ。戦場は違う。何がどうなるか分からないような所にアイカを連れてなんていけない」
アイカが口を引き結んで睨むも、ハヤトは首を縦には振らなかった。
「戦場ではふとした事で全てを失うし、奪う事もできる。そんな危険な所に敵の
「それは……でもッ!」
尚も反論しようとしたアイカだが、そこで言葉が途切れてしまう。
ハヤトが見た事もない表情をしている。
前髪に隠れたその瞳は底冷えしそうなほど空虚で、冷たいというよりも、寒い。
「アイカは、知らないんだ。知ってはいけないんだ。戦場の本当の恐怖を……人の、怖さを」
「ハヤト……」
ハヤトは直ぐにアイカから視線を逸らし、再度ヨーグに向き直る。
「あの『
「あ、あぁ。そうだ」
呆然としていたヨーグがハッと我に返って答える。次いでレインも思い出した様に口を開く。
「そうだぜ! あの爆弾はなんなんだ? なんかものすごい気持ち悪かったぞ」
「あの爆弾は最近戦場に現れた対霊獣士用の兵器だ。霊獣士の術式回路にデタラメな術式を与えて一時的に回路を混乱させるのが目的だ。心配しなくてもあの爆弾自体に殺傷力はないし、術式回路も暫くすれば直ぐに治る」
「……ハヤトは知ってたのか?」
レインの問いかけは、言外に軍でもそんな情報は知らないと告げていた。
「ベルニカと行動を共にしてたからな、戦況には詳しいんだ」
ハヤトは平然とした表情で言う。
「こちらから聞きたいことは以上だ」
尚も何か言いたそうなレインだったが、追及される前にハヤトは話を纏め始める。
「そうかい。なら次はどうするんで? このまま警備の人に突き出す、って顔じゃねぇな」
ヨーグが悪巧みを思いついた様にニヤリと笑う。
「話が早くて助かるよ」
そう言ってハヤトは小さく笑うと、ヨーグを縛っている拘束を解いた。
「これからヨーグは任務報告に前の契約者との合流地点に向かう手筈になってるはずだ」
「ヘッ、その通り」
ハヤトの言葉にヨーグが頷く。自由になった手でアゴを触りながら言う。
「合流時間は
「ホント、金が絡んだらあっさりしてんだな」
呆れた様子でレインが言うも、ヨーグはニカッと屈託のない笑みを返すだけだった。
「さて、俺はそろそろ退散させて貰うぜ。そろそろ警備兵が来やがる頃だ」
ハヤトが頷くと、ヨーグは体型に似合わず俊敏な動きで建物の陰へと消えていった。
ヨーグを見送ってから、すぐに警備兵が広場に駆けつけた。ハヤト達は簡単な事情説明と『犯人には逃げられた』という情報を告げると、あっさりと解放された。
広場から離れながら、レインがハヤトの耳元で囁く。
「嘘ついて大丈夫かよ? バレたら俺等も怪しまれるぞ」
「普通の事件ならいざ知らず、レネゲイド関連はどうしても他人任せには出来ない。それに『嘘も貫き通せば
「それはまた随分な名言で……」
「ベルニカ名言集3ページだ。覚えとけよ」
「へいへい……そんで、これからどうする?」
広場もようやく落ち着きを取り戻し始め、非日常を一目見ようと野次馬が群がっている。しかし、広場に求めていた様な光景が無いと分かると、次第に人だかりも薄れていった。
「とにかく今はアイカの安全が最優先だ。まずはアイカをベルニカの所まで送ろうと思う」
そう言ってハヤトがアイカに視線を送ると、先ほどから様子がおかしい。アイカはずっと目線を落としたまま俯いており、自信に満ち溢れていた気配はすっかり消え失せている。全く以てアイカらしくない。
(いや、そうさせたのは俺か……)
ハヤトの胸を罪悪感が締め上げる。だが、この痛みを取り除く選択を選ぶ訳にはいかない。
「あ~、ならここは一時解散ってことでいいか? 俺も装備とか色々整えたい」
呑気な声と共にレインは背を向ける。解り易いレインの態度にハヤトは思わず微笑む。そして、今はそれに甘えさせて貰うことにした。
「わかった。一時間後にここに集合だ」
「了解っと! それじゃあな、ハヤト。アイカちゃん!」
返事を待たずに、レインはあっという間に去っていった。
(さて……これからどうしたものか)
ここでじっとしていても始まらない。そう思ってハヤトが後ろを振り返ろうとした、その時。
キュッ、と。
アイカがハヤトの左腕を掴んだ。
抱き抱える、とまでは行かない微妙な距離感に、ハヤトは戸惑う。
「アイカ?」
呼びかけてみたが、アイカは尚も俯いたままで表情が窺えない。
ただ、この行為には覚えがあった。
だから、ハヤトはそれ以上何も聞かず、
「……行くか」
ただ一言、そう言って歩き出した。
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