一人目のメンバー③

アイカは胸元から服の下に忍ばせた赤いブローチを取り出す。

 それを見た途端、レインが安心した風に言う。

「なんだ、獣石持ってるのか。なら大丈夫だな」

「何言ってるんだ⁉ 安心できる訳――」

 ないだろ、と続けようとしたハヤトの言葉に重なって、

獣武展開ビーストアウト!」

 凛としたアイカの声が広場に響く。

 両手で握ったブローチが眩い光を放ち、中から純白の獣力で形成された白馬が現れる。以前、ハヤトが見た純白の白馬だ。

 しかし、今回はそこで留まらない。

「さぁ、アーミラ。貴方の真の姿を見せてあげなさい!」

 音無きいななきを挙げ、白馬の背中が不自然に盛り上がり、

 次の瞬間、そこにはあり得ない物が生えていた。白馬の両肩から左右に伸びる大きなそれは、

「……翼?」

 アイカの霊獣は翼の付いた馬──存在するはずのない動物の姿を具現していた。

 信じられない物を見たといった顔で、ハヤトは叫んだ。

「まさか、『幻獣種げんじゅうしゅ』⁉」

 ──霊獣を具現した際に、極めて稀なケースで存在しない動物を具現化する事がある。

 その霊獣達は総じて『幻獣種』と呼ばれ、高い潜在能力ポテンシャルや、他に類を見ない自分だけの特性ワンオフスキルを持つ事で知られている。

 今まで幻獣種と確認された霊獣士は長い歴史の中でも十人に満たない程、稀有な存在だ。

「アイカは、幻獣使いなのか?」

「おいおい、知らないのか。アイカ姫と言えば最年少で幻獣種認定を受けた天才霊獣士だぜ?」

 呆然とするハヤトに、何を今更という風にレインが言う。

「といっても、最近認定を受けたばかりだがな。こんな歴史的快挙を知らないなんて、今までどこで何してたんだ?」

「……修行」

 ぼそりと呟く様にハヤトは答える。あまりの驚きに、ハヤトの頭は真白まっしろになっていた。

「まぁ詳しい事は知らないけどよ、」

 レインはそう言って立ち上がる。どうやら体の方はもう大丈夫そうだ。

「よぉく見とけよ。彼女の戦いを」

 言われなくとも、ハヤトの視線は先ほどからアイカを捉えて離さない。

 眩い光が収まると、そこには紅玉を煌かせた杖と、艶やかな黒いマントを羽織ったアイカの姿があった。

「あれが、アイカの獣武……」

「『天翔てんしょう幻衣げんいフェアリープリンセス』。あれがアイカちゃんの獣武だ」

 美しい、とハヤトは感じた。

 マントが直接体に触れず、アイカの肩から数センチ離れて漂っている姿も、白馬の脚の様に流麗に伸びる白い杖も、全てが幻想的で美しかった。

「フィリア共和国が第三王女、アイカ・レイス・セインファルトがお相手します。さぁ、どこからでもかかってきなさい!」

 圧倒的存在感を放つアイカに、敵の傭兵達もすっかり気圧されて攻めあぐねている。

「来ないのなら、こっちから行くわよ」

「うっ、おぉぉぉぉ‼」

 耐えきれないといった風に、傭兵の一人が武器を掲げて詠唱を始める。どうやら術式の心得があるようだ。

 口早に詠唱を紡ぎ、今まさに術式を展開しようとした傭兵に向け、アイカは右手に持った杖を軽く振るう。

衝波ショット!」

 瞬間、傭兵は後ろへ大きく吹き飛ばされていた。

 唖然とする傭兵達の前で、アイカは優雅に髪を払う。

「今のは……砲術か?」

 一瞬だけ見えた光景を頼りに、ハヤトは何とかその言葉だけを呟いた。

 砲術とは、獣力を高密度の球体状に圧縮して放つ術式の名称で、後衛型霊獣士の基本術式だ。シンプルな術式の為、様々な応用を加えることが出来るのだが、その分詠唱に時間が掛かったりと、単純にして緻密な配分を求められる術式でもある。とはいえ、獣力を圧縮しただけの砲術なら五秒も経たずに術式を組み上げられる。

 組み上げられるのだが──、

「いくらなんでも早すぎだろう⁉」

 今の砲術は術式の組み立てから展開まで、長く見積もっても一秒は掛かっていなかった。

「どんな早い砲術でも二秒は掛かるはずだ! あんな速さ、ベルニカだって出来ないぞ……!」

「あれがフェアリープリンセスの自分だけの特性ワンオフスキル神速詠唱スラスト・スペル』だ。確か、『詠唱から術式展開までの過程を自分の中で変換、再構成して自分だけの法則で術式を放つ』だったかな」

「自分だけの、法則」

「それだけじゃないぜ」

 ようやく我に返った傭兵達が慌ててアイカを包囲すると、今度は左右と前方、三方向から同時にアイカに襲い掛かる。

 しかし、アイカは慌てることなく右手の杖を振るい、まるで舞うかの様に三方向全てに術式を展開する。

炎妖精フレイムフェアリーズ!」

 術式から燃え盛る火炎弾が放たれる。火炎弾は火の粉を振り撒きながらアイカを囲んでいた傭兵達を焼き払う。

「ぐぁぁぁぁ!」「ひぃぃぃぃぃぃ!」「ガッ⁉」

 三者共に紅蓮を纏って吹き飛ぶ。その脅威は傭兵達にも十分伝わった様で、誰もがアイカから距離を取る様に後退る。

「きゅ、弓兵! やれ!」

 傭兵の一人が上ずった声でそう言うと、後方に控えていた傭兵が弓型の獣骸武器を上空に向け、獣力を纏った矢を放つ。獣力を帯びた矢が徐々にその形をヤシの実の様に膨張させ、アイカの頭上で弾ける。鋭く尖った破片が辺りに降り注ぐ。

 対して、アイカは右手でマントの端を無造作に握り、勢いよく振り飛ばす。

 するとマントの先がグン、と伸びてハヤト達のすぐ近くの木に巻き付いた。

 たん、とアイカが軽く跳ねると、宙に浮いた体は勢いよくマントに引っ張られ、空中を勢いよく滑空する。遅れて、

 ズガガガガガ‼ と先ほどまでアイカが立っていた場所に無数の破片が突き刺さった。

「マントが伸びた⁉」

「あれが天翔幻衣の由来とも言われている、通称『マントちゃん』の性能だ」

「……何? マントちゃん?」

 ハヤトは思わずレインに振り返る。

 聞かれたレインも少し困ったような表情で、

「正式名称は『天翔あまか』っていうらしいんだが、それじゃあ読み難いから、って本人がその名前を別命として登録されたらしい」

「だからってマントちゃんはどうなんだ……」

「名前はどうあれ、防術性能も兼ね揃えている防衣マントに、他の追随を許さない圧倒的な術式戦……これが公式で発表されているアイカちゃんの獣武だ」

 一目見ただけで解る。アイカは文句無しに優秀な霊獣士だ。

「こんな凄い霊獣士は学生どころか正規の軍にもそうはいないぜ。なぁハヤト。彼女を仲間に誘わないのか? 放っておくには惜しすぎると思うんだが」

「別に放っておく訳じゃない」

 少しバツの悪そうな顔でハヤトは言った。

「とにかく、お披露目は終わったんだな? ならさっさと片付けるぞ」

「了解っと」

 ハヤト達はマントを翻しながら優雅に地面へ降り立つアイカの元へと駆け出す。

 駆け寄るハヤトの姿を見て、緊張していたアイカの表情が安心した様に綻んだ。

「私の実力は見てもらえたかしら?」

「あぁ、充分驚かせてもらった」

 やった、とでも言わんばかりにアイカの表情に笑みが浮かぶ。

「だがメンバーには加えない」

 しかし、その表情は一瞬で凍り付く。

「な、なんでよ!」

「お喋りは後だ。今はこの場を終わらせる。いいな?」

「……絶対よ。はぐらかしたりしたら許さないんだから!」

 納得していないながらも、アイカは大人しく引き下がる。ハヤトは素早く周囲を確認してから、口調を速めて言う。

「重鎮警護のパターンだと思え。レインが強襲攪乱アサルトバスターで前方を攪乱、アイカが護衛対象兼、砲術支援バーストガンナー、そして俺が部隊防衛シールドガードナーだ。即興だが泣き言は言うなよ!」

「「了解!」」

 返事と共に、レインが飛び出す。指揮統率フィールドオフィサーを失って混乱している傭兵達の輪を雷鳴と共に蹂躙する。討ち漏らした敵をハヤトとアイカがそれぞれ撃退する。

 この場を制圧するのに、そう時間は掛からなかった。

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