クアッド平野防衛線③

「前線部隊壊滅! 繰り返します、前線部隊が壊滅しました!」

「ふざけんじゃないわよ何よさっきのイカれた攻撃は⁉」

「上空に二名の霊獣士を確認! 真っ直ぐこちらに接近中! は、早い!」

「くそッ! いきなさいブゥノ!」

 ロストは遠方から向かってくるハヤト達を見上げながら茶色の猪を出現させる。

 茶色の猪は勢いを付けて走り出すと、直ぐにその姿を消し、一瞬にしてハヤトの眼前に現れ鋭い牙を突き立てる。

 しかし、その牙は寸での所でハヤトに躱される。

「まだよ! こいつは私の視界の届くところにならどこにでも出現できる!」

 猪は直ぐに消えては的確にハヤトの視界外に現れ、執拗にその牙を突き立てようと奔走する。

 上へ下へ、右へ左へ縦横無尽に躱すハヤト。それでも徐々に接近してくるハヤト達にロストは忌々しそうに顔を歪める。

「砲術部隊は何をしている! 何の為に後方に控えさせていると思ってんの!」

「そ、それが先ほどからの砲撃指令を最後に連絡が途切れて……」

「役立たず共めッ!」

 ロストは術式を展開し、無数の獣弾を放つ。

 その全てを、ハヤトの長刀が斬り払う。

「なによそのバカげた獣力⁉」

 驚愕しながらも、ロストの表情は歓喜に満ちていた。歪んだ真っ赤な唇を震わせて、降りてくるハヤト達を爛々とした瞳で迎える。

「ほしい、欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しいィィィ‼」

 ロストは腰に掛けた檻を持ち上げ、その扉を開く。

 檻の奥底から猪が勢いよく飛び出し、解放された喜びを体現する様に立派な牙を天高く突き上げる。

 しかし、そんな猪にロストの鞭が絡み付く。

「もうアンタはいらない!」

 そう言ってロストは捕らえた猪を限界まで締め上げる。猪は大した抵抗も出来ず、やがて力尽きる様に消滅した。

「ひどい……」

「アイカ、周囲の奴らから目を離すな」

 ハヤト達の周囲に反乱軍の兵士達が集まる。

 しかし、周囲の兵士達は皆見知ったコートを着ていた。

 牛の頭骨を描いた、紋章のコート。

「どういうことだ……何故レネゲイドがここにいる」

 ハヤトの表情が険しくなる。ロストの周囲にいる半数以上がレネゲイドだった。

「どうもこうもないでしょ。この戦線の大元がレネゲイドなんだから」

「何だと」

「厳密にはレネゲイドがここの反乱軍を呑み込んだって言う方が正しいわね。レネゲイドが各地で勢力を拡大してるって話知らない? ここもその一つってだけよ」

「……ジェネリードという男を知ってるな」

「どうだっていいじゃない。今私は目の前にとんでもないお宝をチラつかされてる気分よ。カモがネギ背負って来るどころの騒ぎじゃないっての。ねぇ、お願い。痛くしないからおねぇさんのモノになってぇ」

 湧き上がる感情に酔いしれる様に、恍惚とした表情でハヤト達を眺めるロストに、アイカは一歩後退る。

「悪いが時間がないんでな。遊んでやる暇はない」

「余裕のない男はモテないわよ坊や。力だけが全てじゃないの。おねぇさんが教えてあげる」

 ロストの姿が、景色に溶ける。

「さぁ、周囲の有象無象を相手しながら姿の見えない私を捉えられるかしら?」

「指揮官が真っ先に隠れるとはな」

 ハヤトは軽くため息を付き、

 ドゴシャァァ‼ と、思い切り地面を殴りつけた。

 放射状に砕けた地面の亀裂から明青色の獣力がまるで間欠泉の様に吹き出す。

「なッ⁉ この坊や、この一帯いったい丸ごと捲り上げ──ッッ⁉」

「出てこいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 地面の亀裂からより強い輝きが溢れ、

 バゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼

 次の瞬間には周囲一体が丸ごと吹き飛んでいた。

 周囲を囲っていた反乱軍達の叫び声は爆発に呑まれ、今では呻き声を上げながら倒れ込む者ばかり。

 一瞬で隕石でも落ちた様な爆心地に変貌した敵本陣で、不自然に綺麗な部分が二つ。

 ハヤトとアイカが立つ場所と、その少し後方。

「ハァ、ハァ!」

 数秒前に見せていた余裕の表情は消え去り、急激な獣力消費による疲労を見せるロスト。

 敵陣は既に壊滅。残りはロストだけだ。

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