クアッド平野防衛線②

「──まじわる力、双哮の波を繋ぐ者、今ここに契りの回路を証明せん」

 クアッド平野戦線、後方。

 今はもぬけの殻となった補給拠点でアイカは詠唱を始める。

 その表情は真剣そのもの。細心の注意を払って術式を組み立てていた。

「詠唱、獣力。アイカ・レイス・セインファルトを形成する全ての証明を今、ここに」

 アイカの足元に広がった術式が一際強く輝き、完成を告げる。

「ねぇ、ハヤト」

 無事に完成した術式を見下ろしながら、アイカは傍に立つハヤトに尋ねる。

「どうして『ビースト・リンク』の事を皆に話さなかったの? この術式の事を話せば少しは皆を勇気づけられたんじゃないかしら」

 作戦会議中、ハヤトが『ビースト・リンク』の事を話さなかったことが、アイカは気になっていた。何か意図があるのかと静観していたが、今もこうして作戦に組み込んでいる以上、そうでもないらしい。

「確かにこの術式の事を話せば彼等は安心したかもしれない。だがこの力はまだ制御できていない所が多い。作戦の中枢に組み込むのはあまりに不安が残る」

 いくら強力でも、謎の多い力を作戦の基盤にするのは危険がありすぎる。

 この術式を制御できていないまま作戦を立てていれば、不慮の事故で術式が使えなくなった場合、途端に瓦解する様な作戦を立てる訳にはいかなかった。

「とはいえこの力を頼らないといけない現状なのもまた事実だ。だから部隊の被害は最小限に抑えられて、且つ最大限に活用できる方法を考えた」

 仮にこの術式が不発や暴発を起こして使えなくなったとして。

 遊撃隊であるハヤトの部隊が機能しなくなるだけに留まる。それにハヤトとアイカが駄目でもレインとクラウスの部隊がある。

 自分達はあくまで『不確定要素ブラックボックス』扱いに徹する事で、この術式を初めて遺憾なく発揮できるとハヤトは考えた。

「この力はまだ不安定で危険な要素が多いのはアイカもよく分かってるだろ。だからこの力を制御出来る様になるまでは俺達だけの術式に留めておくべきだと思う」

「皆を危険に晒すなんて真似できないものね」

「そろそろだ。準備はいいか、アイカ」

 丘の向こうを見据えるハヤトに、アイカも同様に頷く。

 小高い丘の向こうから聞こえる叫び声と地響きが次第に大きくなっていく。

「正直、震えが止まらないわ。胸の鼓動も早いし、何より……怖い」

 戦いが始まるカウントダウンは、既に終わった。

「それでも、守りたい約束がある。だから戦うわ」

 迷う時間は、疾うに過ぎている。

「しっかり付いてきなさいよ。一人にしちゃいやなんだから」

「やれやれ、出来ればもっとロマンティックな場面でその台詞を聞きたかったよ」

「ばーか」

 アイカがそっと手を差し出す。

 まるで町並みを歩く時の様に差し出されたその手を、ハヤトはしっかりと握り返す。

「いくか」

「えぇ、いきましょう!」

 戦場で手を取り合う二人の足元で、術式が発動する。

「「ビースト・リンク‼」」

 激しい獣力波と共にハヤトの中に眠る明青色の獣力が爆発的に放出される。

 明青色の獣力が翼の様にハヤトの背に溢れ出し、右手に身の丈程の長刀が握られる。

 アイカも気品を具現化した様な黒いマントと紅玉の白杖を左手に携える。

「先ずは派手に往く!」

 ハヤトは背中の翼を爆発させて一気に飛翔する。

 アイカも両足から獣力を噴射して後を追う。

 浮遊術式と放出術式を同時に操る高等術式『獣のフロート・ライド』だ。獣力を噴射し続けて力任せに飛ぶハヤトとは違う、術式による飛行だ。

 多大な獣力と術式を操る技量が必要な術式だが、今のアイカはそのどちらも問題ない。顔色一つ変えずにハヤトを追い掛ける。

「あそこか」

 ハヤトは平野の全域を見渡しながら前進する。

 丘を越えた所に陣取る霊獣士軍に向かって真っすぐに向かってくる、群。

 圧倒的な数で押し寄せてくる反乱軍から感じられるのは、恐怖や怯えといった間隔よりむしろ嬉々とした感情が強い。

 その証拠に、押し寄せる反乱軍の表情はどこか楽し気に歪んでいる。公園で大好きな遊具を見つけた子供の様に抑えの効かない好奇心をハヤトは感じた。

 そんな暴走した感情を、人が人にぶつけようとしている。

 それはとても危険な事だ。

「ラスター・ブレイド! 出力全開型オーバードライブモード‼」

 霊獣士軍の上空を超え、ハヤトは両手で握った長刀に獣力を籠める。

 水平に引き絞り、横薙ぎの構えを取りながら、刀身に獣力を注ぎ続ける。

「な、なんだあれは!」「なんて大きさだ!」「嘘だろ⁉」

 反乱軍の方から次々と困惑した声が上がる。

 それもそのはず。


 前方にどんどん増長する獣力の刃が現れれば誰だって驚く。


【獅子が吼えるは勝利の証。波打つ脅威は一刀に薙ぐ】

獅吼しこうッ、斬流破ざんりゅうは‼」

 一瞬、明星の獅子の幻影が浮かび、ハヤトは一気に長刀を薙ぐ。

 咄嗟に引き返した所でもう間に合わない。圧倒的な大きさの獣力刃が反乱軍一帯の地盤ごと吹き飛ばす。

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼⁉⁉‼‼」

 ドゴシャアァァァ‼‼‼

 何十、何百という反乱軍が一斉に吹き飛ぶ。ゴロゴロゴロ、と脱力した体で地面を転がっていく。

 あれだけ平野を埋め尽くしていた反乱軍があっという間に壊滅していた。

 前線が綺麗さっぱり無力化され、後方に控えていた残りの反乱軍が露わになる。

 反乱軍も霊獣士軍も、両陣営が目を丸くして固まっていた。

 今ここに、形勢は反転した。

「ッ、とぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉつげきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼‼‼」

 あらん限りの力で、トバックが咆える。

 その声に呼応して、霊獣士軍が一斉に荒野を駆ける。

 反乱軍も慌てて第二陣を前線へ押し上げている。

 その数はほぼ同じ。反乱軍の方がやや多く見える程度の差だ。

「御膳立ては出来たか」

「不安定な力は使わないんじゃなかったの」

 ハヤトの傍にやってきたアイカが少し意地悪な笑みを浮かべて言う。

「この力を最大限に使うとも言っただろ」

 そう言って振り返ったハヤトの顔にも、アイカと同じ様な笑みが浮かんでいた。

「行くぞ。数が減ったとはいえ、ロストを討伐しなきゃこの戦いは終わらない」

「そうね。今の一撃で向こうもこっちに釘付けみたいだし」

 遠方から複数の術式が展開されたのが見える。

 その全てが一直線にハヤト達に向かって放たれていた。

 砲術の他にも貫通力の強い獣力波や獣力矢など様々な術式が目の前に迫る前線組よりも脅威と判断したハヤト達に向けて放たれる。

「囮役冥利に尽きるな」

「任せて」

 アイカは杖を突き出し、先端の紅玉から術式を展開する。

獣力壁プロテクト

 滑らかに発せられた詠唱と共に、ハヤト達を守る獣力の盾が形成される。

 アイカの作り出した盾は何重もの砲術や獣力波を受けてもビクともしない。

 以前ロストの砲術を防いだ時とは比べ物にもならない強度で、完全に防ぎ切った。

「ロストはきっとあそこね。行きましょう」

 そう言ってアイカはハヤトの左腕に自身の腕を絡ませる。

「なんだなんだ」

「私の飛行術式は結構疲れるの。だからハヤトが引っ張って」

「こんな所でも我が儘とは……恐れ入るよ全く」

「つべこべ言わず行くわよ!」

「お嬢様の仰せのままに」

 ぎゅう、と必要以上に左手に抱き着くアイカを引き連れ、ハヤトは爆進する。

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