クアッド平野防衛線④
「ハァ、ハァ! 私も色んな霊獣士を見てきたけどね、坊やほど化け物染みた奴は初めてだよ! アハ、アハハ」
「観念しなさいロスト。貴方の負けよ」
アイカが白杖をロストに突きつけながら宣告する。
「なぁに勝ち誇っちゃってんのよムカつくわね。幻獣種なんて化け物を持つ女には化け物が寄って来るのかしら。どっちにしろ普通じゃないわ。気持ち悪い」
「貴方……!」
「元々私はアンタ達みたいに醜い戦いは性に合わないのよ。真正面から力比べなんて真っ平ごめんよ」
ロストの姿が再び消える。
しかし、それより早くハヤトの長刀が動いた。
ザスッ‼
「ッッッ⁉」
高速で距離を詰めて振り抜かれたハヤトの長刀が、ロストの胴体を斜めに裂く。
明青の炎に焼かれ、ロストが塵となる。
しかし、その場に残ったのは一束の紅い髪だった。
「ざぁんねんでしたァ!」
「ッ⁉」
人を嘲る様な甲高い声が聞こえてきたのは、アイカのすぐ後ろだった。
背景から滲む様に現れたロストがアイカの首筋に狙いを定める。
「幻獣、イィィィィィタダキィィィィィィィィィ‼」
勝利を確信し、ロストは鞭の持ち手に着いた針を振り上げる。
そして、気付いた。
完全に死角を付いたはずの、目の前にいる少女の碧い瞳が肩越しに背後を、自身を捉えている事に。
「──ィ?」
アイカの黒いマントが翻る。
露わになったアイカの体は、手は、既に『構え』を終えていた。
それは本来、術式支援型の霊獣士が決して取るはずの無い構え。
「
背後に振り返ると同時に、アイカの手が煌く。
白杖の内に潜む刃が神速の速さで振り抜かれる。
考える前に、ロストは緑の亀を胸の前に出現させる。
キィィィィィィン、とアイカの刃と亀の甲羅が交わる。
決着は一瞬だった。
分断された甲羅の先で、ロストがくの字に折れながら吹き飛ぶ。
「ぐっ、ぶはっ⁉」
大きな放物線を描いて背中から地面に落下したロストが全身を痙攣させながら必死に起き上がる。
(こ、このガキ共……! 私の霊獣を把握している⁉ そんな、どうして……ッ⁉)
暗明する視界に怒りを覚えながら、ロストは一人の答えを導き出す。
「くそ、あの死にぞこないか。お前等に入れ知恵したのはァ!」
額を抑えながら、ロストは獣力を放出する。
辺りに激しい風を撒き散らし、ロストの檻に獣力が集まる。
「喰らいなさい、
檻を掲げロストが叫ぶ。
バギン、と檻の扉が開き、暗い檻の中で無数の紅い光が不気味に灯る。
キシャァァァァァ、と雄叫びを上げるかの様に
「蜘蛛型の霊獣……あれが奴自身の霊獣か」
「行きなさいグリード! 全てはあたしのモノよ!」
解き放たれた濃紫色の蜘蛛は空中を自在に飛び跳ね、ハヤト達に近付いていく。
ジャキ、とハヤトが狙いを定めて長刀を構える。
しかし、毒々しい蜘蛛はハヤト達の前で動きを止めると、やがて紅い瞳を邪悪に歪ませる。
それはまるで嘲笑うかの様で不快な眼だった。
「品の無い霊獣ね」
ハヤトの背に隠れながら、アイカが言う。
その言葉に反応したのか、蜘蛛の霊獣は再び機敏に空中を飛び跳ね、ついに一直線に飛び出した。
身構えるハヤト達だが、蜘蛛の軌道はハヤトの足元に向かっている。
「下から……いや、違う!」
念のために後退ってから、ハヤトはロストの狙いに気付いた。
先ほどまでハヤト達が立っていた付近には数人のレネゲイド兵が倒れている。
未だ『
「がッ、あァ⁉」
咬まれたレネゲイドの霊獣士は苦しそうに痙攣した後、その身から毒々しい色合いをした霊獣を出現させる。
その色はロストと同じ、毒々しい濃紫色をしている。
「仲間の霊獣を奪ったの⁉」
「いや、違う!」
蜘蛛は次々に倒れている仲間に這い回り、その毒牙を容赦なく突き刺していく。
苦しみもがくレネゲイド兵達から、次々と毒に侵された霊獣達が膿み出される。
「これは、霊獣が暴走している!」
「あたしのグリードは対象に毒を打ち込み強制的に霊獣を発現させて得物を絡め獲る。その毒牙を必要以上に打ち込んでやれば霊獣は異物に適応できずに暴走する。血流に大量の小石を入れてやった様なものよ。五分と持たないでしょうけど、時間稼ぎくらいにはなってもらわないと」
「貴方……自分の部下なのに、なんてこと」
「元々押し売りみたいな形で渡された部隊。邪魔なだけよ。作戦は失敗したけど、それ以上の成果は直ぐに手に入りそうね」
そう言ってロストは怪しい笑みを浮かべながら姿を消した。
「待ちなさい!」
反射的に駆け出すアイカだが、眼前は暴れ狂う霊獣達で塞がれている。
「ダメ、これじゃあ通れない!」
霊獣とは獣力の塊だ。密度の高い獣力体である霊獣は実体の無い岩の様なもの。それが暴れ回れば周囲に暴風を生む。
「気を付けろアイカ。霊獣士の制御を失った霊獣達は質が悪い。うっかり接触して獣力に当てられない様に注意するんだ」
暴走した霊獣は元の宿主に戻ろうとする。その際に宿主とは違う人間に接触した場合、制御を失った霊獣は宿主との区別が出来ずにその人間に入ろうとする。当然別の人間なので直ぐに弾き出されるが、その際に掛かる精神の負荷は相当なものだ。
素人なら卒倒、訓練を受けた霊獣士でも酷い船酔いの様な症状に陥る。
「このままじゃ逃げられる!」
アイカが周囲に獣力壁を展開しながら叫ぶ。暴走する霊獣達の渦中で、ハヤトは考える。
「飛行するにもこれだけ囲まれてちゃ無理だ。だからってこのまま呆けている訳にもいかない」
ならば、とハヤトは覚悟を決める。
「突破するぞ、アイカ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます