すれ違う想い④

「…………」

 ハヤトが走り去った後も、アイカはその場を動けないでいた。

 メンバーに加えないと言われた時、アイカは必要とされていないのかと思った。だがそれはアイカの勘違いで、ハヤトはただ怖かったと言った。アイカを失うのが怖いと。

 ハヤトは昔からどこか落ち着いた雰囲気をしていて、アイカはその雰囲気にとても癒やされていた。子供っぽいことをしても、つい見栄を張ってしまっても、最後には二人で笑い合えていた。その笑顔は気持ちの籠っていない貴族達のそれとは全く違う、特別なものだった。

 真っ直ぐに自分と向き合ってくれるのが嬉しくて、気が付けばハヤトと一緒にいることが当たり前になっていた。

 そんなハヤトに、アイカは寄りかかっているだけだった。温かな気持ちを享受きょうじゅするだけで、与えようとはしなかった。

 だから今度は自分がハヤトを支えようと努力した。ハヤトの力になりたい、その一心で。

 でも、それをすることでアイカはハヤトの重荷になってしまう。

「それならいっそ、ハヤトが望む様にここにいた方がいいのかな……」

 それがハヤトの為になるのなら……と、アイカがそう思った時、


「本当にそれでいいのかい?」


 不意に、後ろから声が掛けられた。

 振り返ると、そこには腕を組んで立つ一人の女性の姿があった。

「ベルニカさん……いつからそこに?」

「盗み聞きが好きなものでね、つい聞き入ってしまった」

 ベルニカはいつもの表情で微笑む。つまりはほとんど最初から聞いていたのだろう。

 しょうがない人ですね、といった風に、アイカは苦笑を浮かべる。

「それより、アイカ君はそれでいいのかい?」

 ベルニカが再度、アイカに尋ねる。その眼はいつもの柔和で優しく、しかし何処か鋭い。

「……だって、しょうがないじゃないですか。私がいたらハヤトの重荷になってしまいますし」

「ふむふむ、それで?」

「私が引くことで、ハヤトが安心できるなら、それはそれで一つの形なのかなって……」

(……あれ?)

 口を動かしながら、アイカは違和感を覚える。

「傍にいることだけが支える事じゃないと言うか、何と言いますか……相手の求める事をしてあげることが一番の支えになるのかな、なんて……」

(おかしい……私は、一体何を言っているの?)

 先ほどから聞こえる自分の声が、いつもとは違って聞こえる。

 まるで自分の口から別の誰かが話している様な、気持ちの悪い感覚がアイカを惑わせる。

「なるほどね。それも一つの形かもしれない。間違っているとは思わないよ」

 でもね、とベルニカは付け足し、


「さっきからまるで納得した様には聞こえないんだけど、どういうことなのかな?」


 スッと、ベルニカの声がアイカの体を突き抜けた。

(あぁ……)

 そう。先ほどの違和感の正体はまさにそれだった。

 アイカはハヤトの言葉を理解した。でも納得はしていなかった。

「そうよ……納得……出来る訳ないじゃない‼」

 アイカは叫んだ。その姿に王族の気品やお淑やかさはない。あるのは、生の感情だけ。

「私は……私はッ‼」

 ありったけの想いを声に出したい衝動に駆られるが、何とか踏み留まる。


 なぜなら、この想いを伝える相手はここにはいない。


「結論は出たかい?」

「ベルニカさん、本当にありがとうございます」

 アイカは深々と頭を下げた。

「おや? お礼を言われる様な覚えは無いんだがね」

 飄々と告げるベルニカに、アイカは思わず口元が緩む。

(本当、昔から変わらない素敵な人……)

 ハヤトの居場所は分かっている。ならば今、何をすべきか。

 緩んでいた口元を引き締め、アイカは顔を上げる。

「あの、ベルニカさん。お願いがあります!」

 アイカは真っ直ぐにベルニカを見つめて言う。

 一点だけを見据えるその碧い瞳に、ベルニカは満足そうに頷いて応えた。

「愛娘同然の君の願いなら大歓迎だよ」

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