衝突

 日も沈み、辺りが夕闇に変わる頃、ハヤトとレインは下町にある廃墟に身を潜めていた。

 町の外れにあるこの廃墟は、元々採掘関係に使われていた資材置き場だった所で、広さは学校にある体育館と同じ位だ。中には古びた木箱などがある以外は何も無く、窓は一枚として綺麗な物は残っていない。屋根に至っては所々穴が開いていた。

 廃墟の周囲は急な斜面になっていて、蟻地獄の様に窪んだ形になっている。

 その中心に廃墟が立っている為、比較的人目に付かない町の外れから更に目の付きにくい場所となっていた。

 既にヨーグは建物の中央に立ち、依頼人であるレネゲイドが現れるのを待っている。

「いいか、再度確認しておくがレネゲイドの奴が現れてもすぐには動くな。タイミングを見計らってから仕掛ける。いいな?」

「わーってるよ。野外演習じゃあるまいし、何度も同じ事言うんじゃねぇよ」

 減らず口を叩けるぐらいには場慣れしているのか、レインから気負いは一切感じられない。

「それにしてもレネゲイドの奴等こねぇな。本当に来んのか?」

「……契約ってのは成功しようが失敗しようが必ず一度はどこかでコンタクトは取るんだよ。いいから静かにしてろ」

「へいへい。ところでよ……その、アイカちゃんはもう大丈夫なのか?」

 レインの問い掛けの裏には、ちゃんと話をしたのか、という意味が籠められている。

「……あぁ。悪かったな。気を遣ってもらって」

 騒めく心を抑えつけ、ハヤトは礼を言う。正直な所、まだ気持ちの整理はついていない。

 だが、きっとこれでよかったのだと、ハヤトは自分に言い聞かせる。

「フッ……気にするな。当然のことをしたまでだ」

 前髪をさらりと払いながらいかにもな笑みを浮かべるレインに少々腹が立ったので、

「そうか」

 ハヤトは淡泊な言葉を返す。

「…………」

「…………」

 少しの沈黙の後、

「……やっぱりちょっとだけ気に留めてもらいたいかなぁ、なんて……」

 レインはあっさり音を上げた。

 ハヤトは盛大にため息をつき、文句の一つでも言おうと思った、その時。

 カツン、と廃墟の中に微かな足音が響いた。

 二人は一瞬で頭を切り換える。

 足音は次第に大きくなり、やがて建物の奥から一つの人影が浮かび上がった。

 現れたのは、黒いローブを着た人物。目深くフードを被り、全身をローブで包み隠している為、一見した限りでは性別の判断は出来ない。

「……依頼した人物がいないようだが」

 依頼人の抑揚のない声が廃墟に響く。女性にはない男特有の低い声だ。

「それなんだが……すまん。依頼は失敗した」

 ヨーグはガシガシと頭を掻きながら言う。

「それでは話が違う。もう一度チャンスをやる。早急に捕まえてこい」

 フードの男は尚も作戦の続行を申し立てるが、そうはいかない。

「悪いな。やっぱり俺達はこの依頼を降りさせてもらう」

「……なぜだ? 金は十分払っているはずだが」

 慌てた様子もなく、フードの男は淡々と問い質す。

 ここは自前の作戦通り、『自分達の理念に合わない』と答える手筈になっている。

 しかし。

「理由が分からないからだ。アイカ姫を捕らえて一体何をする気だ?」

 ヨーグは作戦とは違った台詞を口にしていた。

 予想外の展開にレインが肩を揺すってくるが、ハヤトは無視して目の前の会話に集中する。

「……」

 黙って立ち尽くすフードの男に、ヨーグは尚も畳み掛ける。

「別にアンタのしようとしている事に首を突っ込むつもりはないし、関わる気もねぇ。それが契約だからな。だが、やはりどうも気に食わん。危害を加えないならなぜこんな方法を取る。少なくとも、俺達を利用する理由くらい教えて貰わない限り、この契約は無しだ」

「…………」

 フードの男は尚も沈黙を貫いている。

「ヨーグの奴、依頼者から情報を聞き出そうとしているんだ」

 ヨーグの意図を理解したハヤトがそう呟き、レインが音を出さずに口を吹かす真似をして賞賛する。

(だが、それは──)

「……そうか」

 沈黙を貫いていたフードの男が、残念そうに肩を落とす。ハヤトの頬に嫌な汗が伝う。

 次の瞬間、カッ! とフードの男の足元に術式が浮かび上がる。

「マズイッ‼」

 ハヤトは慌てて物陰から飛び出し、ヨーグの元へと走り出す。

 しかし、それより早く、

「寝返った貴様に用はない。消え失せろ」

 フードの男が展開した術式から、無数の獣力の塊──獣弾じゅうだんが放たれる。

「避けろッ‼ ヨーグ‼」

 ハヤトが叫ぶも、ヨーグは突然撃ち出された砲術を躱す事が出来なかった。

「うがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ‼」

 ハードスキンを習得していない生身のヨーグに、茶色の獣弾が無数に叩きつけられる。

「オッサン‼」

 レインが物陰から出てきて叫ぶ。

 ヨーグは勢いよく吹き飛ばされ、背後の壁に激突。そのまま地面に倒れ込んだ。

「やはりもう手を回していたか」

 ハヤト達に振り返りながら、フードの男が先ほどと変わらない声音で話す。

「テメェ!」

 すぐさまレインが雷槍を展開し、フードの男に突きつける。

「威勢が良いな。お前等は何者だ?」

「見習い霊獣士と下っ端軍人で構成された特殊部隊って所だ」

 殺気立つレインの前に出て、ハヤトはフードの男をめ付ける。

「そりゃまた愉快な部隊な事で。ごっこ遊びは他所でやってもらいたいものだ」

馬鹿にした態度で男はフードを脱ぐ。星の光に照らされた茶髪の男が嫌な笑みを浮かべる。

「我が名はマーク。残念だが見られたからには生かして返す訳にはいかない」

「状況わかってんのか? お前は一人、こっちは二人。そう簡単には逃げられねぇぜ」

 レインの槍がマークの喉元に狙いを定める。

 しかし、マークの態度が崩れることはなかった。

「お前こそ状況を分かっていない様だ」

 その言葉と同時に、

 ザザザッ! と建物の至る所からマークと同じ格好をした人影が何人も現れた。

 その数、およそ三十人。

「我々が何の対策もしていないと思っていたのか? そこまで軍は平和ボケしているのか」

「こいつ……ッ!」

 してやられたと言った様子で、レインが悔しそうに歯噛みする。

 ところが、レインとは対照的にハヤトの表情には何の変化も見られない。

「どうした見習い霊獣士、絶望的な状況に声も出せないか?」

 マークが蔑んだ様な笑みを浮かべて言う。勝利を確信したその笑みに、

「もしかして、これがあんたの言う策なのか?」

 ハヤトはそんな疑問を投げかける。

「……何だと?」

「何人かの伏兵を用意した位でもう安心しているのかよ。どっちが平和ボケしてるのかわかったもんじゃない」

 やれやれと呆れた様子で、ハヤトは首を振る。それがマークの癇に障った。

「ガキが。泣き喚く暇もない程痛めつけてやる!」

 その言葉を合図に、レネゲイドのメンバー全員が獣石を光らせる。

「「「獣武展開‼」」」

 何十人もの声と共に、色鮮やかな獣力の光が辺りを眩く照らし出す。

「マズいぜハヤト、こいつら全員霊獣士だ!」

「落ち着けよ。名武は出来ていない」

 ハヤトの言う通り、レネゲイドが持つ獣武はどれも簡素で、ハヤトやレイン達の様な一目見ただけで『特別』と分かる名武とは違っていた。

「何を悠長な事言ってんだ! 腐っても霊獣士だぞ!」

 レインの危惧は尤もだ。名武が出来ていないとはいえ相手は霊獣士。獣力鎧ハードスキンで身は堅く、砲術や獣武の脅威は獣骸武器レムナント以上だ。

 それでも、ハヤトは平然と前に出る。

 まるでこんな場面は初めてではないという風に、全く気負いがない。

「そういえばさっきの質問に答えていなかったな」

 今にも飛び出してきそうな敵を前にして、世間話でもするかの様にハヤトは言う。

「さっきの? ええと、ハヤトの名武が微妙だとか何とか言ってた話か?」

「そうそう。その答えを、今度は俺が実戦で教えてやるよ」

 掲げた右手の獣石を輝かせ、ハヤトが叫ぶ。

獣武展開ビーストアウト!」

 緑と橙、異なる色の獣石が互いに輝き、形を変える。しかし、やはり霊獣は現れないまま、両手にそれぞれの剣が具現する。

 右手に握る明青色の片刃剣と、左手に持つ同じ色彩の刀剣。形状の異なる両方の剣をハヤトはレインに見える様に持ち上げる。

「この二本の剣。実は俺の獣武じゃないんだよ」

「……は?」

 訳が分からず、レインは気の抜けた声を出す。それもそのはず、獣武はその者の魂の形を具現化した物だ。それは唯一無二の型であり、同じ獣武は二つとない。

「詳しくは俺も知らないんだが、この獣武は俺の死んだ両親のモノらしい」

「な……何だって?」

レインはハヤトが何を言っているのか、理解出来ずに混乱する。

「何でも、俺が生まれたばかりの頃に両親の獣力を強く浴びる事があったらしく、それが原因かもしれないってベルニカは言ってたな」

 何処か曖昧な、そして思い出すかの様にハヤトは言う。平然と自身の過去を明かしているが、影響を与える程の獣力となれば、それは並大抵の量ではない。

(この男の過去には、一体何が……?)

 レインは興味を引かれると同時に、得体のしれない恐怖を感じていた。

「待ってくれ。それじゃあハヤトの獣武は? それが両親の獣武だというのなら、ハヤト本来の獣武はどうなってるんだ?」

 レインの問い掛けにハヤトは少し考え、肩を竦める。

「分からない。俺の獣武は存在するのか、しないのか……ひょっとしたら、この双剣が俺の獣武なのかも。両親の獣武を揃えた、この双剣がな」

 マークの合図で数人のレネゲイド兵が獣武を掲げ、術式を組み立てる。他のレネゲイド達も各々の獣武を構え、ハヤトへ向かって走り出す。

「正直、俺の獣武がどうとか、そんな事はもうどうだっていいんだ。双武展開のおかげで今までまともに獣力を操る事すら出来なかった俺が、ようやく獣力を扱える様になったんだ」

 レネゲイド兵の展開した砲術が一斉に放たれる。

「こんな俺でも──」

 ハヤトの視界を、色とりどりの獣弾が埋め尽くす。

 全ての獣弾がハヤトに集束する、その直前に。

「ようやく! アイツに少しだけ近付けた! それだけで十分だ!」

 ハヤトは勢いよく地面を蹴り、敵陣へ真っ直ぐ飛び出した。

 動き出したハヤトを追尾して、無数の獣弾が垂直に降下する。

 殆ど真上から降り注ぐ大量の獣弾を、ハヤトは強引に加速する事で躱す。同時に左手の刀剣を真後ろに向ける。

 直後、色とりどりの獣弾が地面に直撃し、ハヤトの背後で爆散した。

 凄まじい爆風が、ハヤトを襲う──事は、なかった。

「ハアァ!」

 ハヤトの声と同時に、左手の刀剣から風が吹き荒れる。

 刀剣から吹き荒れる風は一瞬にして爆風を絡め取ると、

 バッッ‼ と、鼓膜を叩く裂音を響かせて一気に放出される。

 剣先から噴出された爆風に乗って、ハヤトは瞬く間にレネゲイド兵の群れに突っ込む。

 身構える暇も与えず、ハヤトは形の違う明青の双刃を煌かせ、目にも止まらぬ早さで振り抜く。ガリリ! と靴底を滑らせながら着地したハヤトの後ろで、二人のレネゲイド兵が左右に割れる様に倒れる。

「爆風を巻き上げた……⁉ 奴は風を操るのか!」

 一瞬にして二人を斬り伏せたハヤトに、レネゲイド達が騒めく。

姫風刀きふうとう『ティヴァリエ・スィエラ』。母親から貰った獣武だ」

 立ち上がりながら、ハヤトは左手の剣を振り払う。

 滑らかに伸びる刀身から爽やかな風が吹き、周囲の硝煙を優しく押し流す。

「怯むな! 別に珍しい我獣特性アビリティでもない。奴の獣武は風を操る。囲んで近接戦に持ち込め。数はこちらが圧倒的に有利なんだ!」

 マークの指示で直ぐに数人のレネゲイド兵がハヤトの周りを囲い、各々の武器を構える。

「オラアァァ!」

 四方を囲まれたハヤトの頭上から、巨大な大剣を振り被ったレネゲイド兵が振ってきた。

 それを皮切りに、周囲を囲っていたレネゲイド兵達も各々の武器を振り上げ、一斉にハヤトに飛び掛かる

 前後左右、上からも押し寄せる刃のカーテンが、ハヤトに降りかかる。

「良い陣形だが、一つ勘違いしてるぜ」

 ハヤトはそう言うと、今度は右手の片刃剣を振りかぶる。

 雄々しく逆立った厚い刀身が、ユラリと朧に揺らめく。

 真夏によく見るその揺らめきは、やがて明確な熱を放ち出す。


 青い炎という形を持って。


「俺の獣武は風と炎、二つの特性を操る!」

 ハヤトは青い炎を纏った刀身を地面に振り下ろす。まるで導火線に引火した様に、青い炎は勢いよく地面を伝ってハヤトの周囲で一気に燃え上がる。

「グワァァァ‼」「ノァァァァ‼」「あつ! 熱いィィィィ‼」

 足元から湧き上がる蒼炎がレネゲイド達を焼き包む。

炎帝剣えんていけん『ヴォル・レオリオン』。炎を使役する父親の剣だ。当然、この我獣特性アビリティも両親のものだがな」

 刀身に残った青い火の粉を振り払い、ハヤトは不敵な笑みを浮かべる。

「す、すげぇ……」

 レインは自然とそう呟いていた。

 呆気にとられて、というより、戦慄に近いものを感じ取っていた。

(あいつ、何て戦い方してやがる……!)

 ハヤトはあの一瞬で獣弾が自分を標的にしている事を察し、あえて前に出た。

 その結果、予定の軌道よりも垂直に近い形で落下を余儀なくされた獣弾は後方に流れず、ハヤトのすぐ後ろに落下、爆散する。

 その時に生じる爆風を利用し、自分の体を一気に前に押し出したのだ。

(一朝一夕でこなせる動きじゃねぇ。あれが同い年の奴の動きかよ……!)

 ハヤトは先ほど倒した二人とは別のレネゲイド兵達と剣撃を繰り広げながら、後衛の砲術を華麗に躱していく。

 その動きはどこか流麗で、安定感がある。まるで敵の動きを理解しているかの様な動きに、これが達人の動きだと説明されても素直に頷いてしまえる。それ程に、ハヤトの戦いはレインにとって衝撃的な光景だった。

「クソ! なんだこいつは!」

「本当に学生か!」

 毒づきながら、二人のレネゲイド兵がハヤトを挟み込む。

 左右から同時に迫る獣武の刃に対し、ハヤトは左手の剣を逆手に持ち替え、右回りに勢いよく体を捻る。歯車の様に回転してレネゲイド兵の獣武を巻き込む様に弾くと、直ぐに後ろに飛び退り、体勢を崩して肩をぶつけ合う二人に狙いを澄まし、

「そこぉ! 一迅いちじん!」

 すかさず左手の剣を順手に持ち替え、風の斬撃を放つ。見た目は基本技の獣の爪スラツシユストリームだが、生み出された『風』で研ぎ済まされた斬撃は桁違いの速さで飛来する。

「ガッ⁉」「グァァッ‼」

 レネゲイド兵の二人は受け身も取れないまま吹き飛ばされる。

 武人。その言葉が相応しいと思う程に、ハヤトの戦い方には無駄がなかった。

「は、ハハ……とんでもねぇ奴の部隊に入っちまったな」

 これを幸と取るか、不幸と取るか、レインは判断に困る。

 しかし、その口元は自然と吊り上っていた。

「なるほど見事な戦闘だ。特異な獣武の操作に的確な状況判断、手札の切り方も悪くない」

 マークが冷静にハヤトを称賛する。

「だが、やはりガキだな!」

 その上で、尚もマークは勝ち誇る。

 同時に、先ほどハヤトに倒されたはずのレネゲイド兵達が次々と起き上がり始めた。

「自分の実力を過信しすぎたな。お前の獣武は大したものだが、肝心の獣力がまるで足りてない。精々並の霊獣士程度といった所か」

「なんだって?」

 レインは怪訝な表情を浮かべる。

 それは在り得ない話だ。ハヤトは人よりも多くの獣力を保持している。ハヤトに限って獣力が少ないという事はありえないはずだ。しかし、現にレネゲイド兵達は立ち上がっている。

(ハヤトは獣力が多すぎて通常の方法では獣力が暴発しちまう。それを避ける為に双武展開で獣力の捌け口を増やす方法を取ってたはず)

 それでも獣力が平均程度しかない、という事は。

(嘘だろ……まだ足りないっていうのか⁉)

 レインは驚愕する。

 双武展開によって、ハヤトは術式を展開できる様になった。でも、だからといって獣力を遺憾なく発揮できる訳ではなかったのだ。

(ハヤトにとって双武展開は単なる放出回路を増やす手段でしかない。結局は獣力を抑制しないといけないってのか!)

 レインはハヤトの横顔を窺う。

(例え放出回路を増やしても、その回路を破裂させない様に獣力を調整しなければならないなんて……一体どれほどの獣力をその身に宿しているんだ?)

 もはやレインの理解出来る範疇を超えていた。

 そんな事など露知らず、マークはここぞとばかりに声を張り上げる。

「奴の腹の底は知れた! 一気に畳みかけろ!」

 合図と共に、レネゲイド達は一斉にハヤトに襲い掛かる。

 レネゲイド達は勘違いしたままだが、確かにいくら獣力があろうと、それを存分に扱えないのであれば今のハヤトにこの人数を相手にするのはあまりに危険なはず。

 だが、レインに焦りは生まれなかった。

(なぜだ……あいつなら、大丈夫な気がする)

 普段ならまずありえない。戦場でこんな気持ちを抱く事など今まで一度もなかった。

 何の根拠もないその感情に、レインは無意識に従っていた。

「アンタの言う通り、俺はそこまで多くの獣力を出せる様になった訳じゃない」

 残念ながら、といった風にハヤトは首を横に振り、

「だがな、俺はその程度の力だけでこの三年間を生き抜いてきたんだよ」

 ハヤトの足下で風が爆ぜる。

「なッ⁉」

 マークが驚きの声を上げている間に、ハヤトは前方のレネゲイド兵二人を呻き声一つ上げさせる事なく斬り倒していた。

「少量の風でも、各部の衝撃を和らげる位は出来る」

 ハヤトの周囲にうっすらと風の流れが見られる。身体を覆う様に漂うその風は、まるで緩衝材の様に柔らかくハヤトを包み込んでいる。

「後は純粋な剣術。これが俺の戦い方だ」

「純粋な、剣術……」

 言われてレインは納得した。ハヤトの強さは圧倒的な獣力の多さではない。実際、ハヤトが強大な獣力を使った所など誰も見ていない。

 見たのは、あらゆる敵を圧倒的な剣術で倒したハヤトの剣技だけだ。

「獣力を使わない霊獣士だと……ッ」

 マークが理解出来ないと言った様に呟く。

「正しくはちょっとしか使わない、だぜ?」

「……は、ハハッ!」

 レインは思わず吹き出す。こんな霊獣士は見た事がなかった。

「そんなふざけた霊獣士がいるかぁ‼」

 マークが小杖型の獣武を掲げて砲術を放つ。ハヤトはそれを炎を纏わせた右手の剣で斬り飛ばす。獣弾は破壊こそされていないが、軌道を逸らされハヤトの背後に着弾する。

 派手な爆発が起こり、辺りを煙が覆う。

「まずはあんたからだ」

 硝煙を穿うがち、ハヤトは一気にマークの眼前に迫る。

「くっ!」

 驚いた声を上げるマークの前で、ハヤトは右手の剣を大きく振りかぶり、

「これで、終わりだ!」

 止めの一撃を振り下ろす。

 しかし──。


 ガキィン‼ と硬い物が擦れる音と共に、ハヤトの剣は突如割り込んできた謎の人物の獣武によって防がれた。


「なっ⁉」

 その人物はマーク達と同じローブを身に纏い、全身を覆い隠している。

 しかし、ハヤトの剣を止めたその獣武は、明らかに連中とは違う『特別』な形状をしていた。

「そ、その獣武は……ッ⁉」

 ハヤトは目の前に立つ謎の人物を見て、目を見張る。

 正しくは謎の人物が持つ、特別な獣武を。

 特別といっても、ハヤトにとっては少し意味合いが違ってくる。

 その獣武は、重大な意味を持つ手掛かり『シンボル』。

 漆黒の大剣。

 ハヤトの剣を受け止めたのは、禍々しい漆黒の大剣だった。

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