滾る適性検査②

「そういう訳でこれからは同じクラスメイトだ。よろしく頼むぜ」

 体育館から出たハヤト達を待っていたのか、レインは寄り掛かっていた壁から背中を離して立つ。ハヤトの時は埋もれる程の人数が周囲に人壁を形成していたが、レインには一人も近づこうとしない。あんな登場の仕方をすれば当然の事ではあった。

「えぇ、よろしくレイン。用があったらいつでも話しかけてね」

「学校ではなるべく話しかけない感じで頼む」

「ちょっと待ってくれないか。どことなく距離を感じるぜ俺」

「正しい感性だ」

「ハヤトォ!」

 怒りの中に悲しみを滲ませた、そんな表情でレインがハヤトの肩を揺さぶる。

「何でだよ俺達仲間だろ一緒に危険を潜り抜けた戦友だろもっと温かく歓迎してくれてもいいダロォ⁉」

 ハヤトは返事をしない。次々と教室へ戻っていく生徒達から注がれる奇異の視線がハヤトの口を縫い付ける。

「何で返事しない⁉」

「ここで返事したら友達と思われる」

「ハヤトォ‼」

 もはや泣き出す一歩手前の様な表情でレインが叫ぶ。これ以上喚かれても状況は悪化の一途を辿るだけだ。ハヤトは観念してレインに向き直る。

「分かったから少し落ち着け。こんなんじゃ話も出来やしない」

「歩きながら話しましょう」

 ハヤト達は教室へ向かう生徒達の列──とは違う道を進む。体育館と校舎を繋ぐスロープではなく、校庭に面した道を歩く。

「おいおい、どこに行くんだよ二人共。教室に戻らないのか?」

「学園長から聞いてないのか? これから俺達学生部隊のメンバーはグラウンドで適性試験があるんだぞ」

 ハヤトは何も知らない様子のレインに説明する。

「各校の学生部隊全員で同じ課題をやるんだ。個々の戦力や部隊の練度をある程度数値化して番付けするんだとさ。要は『大丈夫』か『大丈夫じゃない』かの査定だな」

「そんな言い方しないの。ここで現時点の実力を見て戦場での配属先を決めるのよ。まだ未熟な私達の身を案じているからこその試験よ」

 アイカが窘める様に言う。アイカらしい真っ直ぐな考えにハヤトの表情が和らぐ。しかし、

「……あー、そういう事」

 レインの表情が一瞬、無機質なものになる。満面の笑みから突然、素の表情に戻ったレインに、ハヤトは首を傾げる。

「どうかしたかレイン?」

「いや何も。学園長もちゃんと言えよ、って思っただけだ」

「……そうか。確かにそうだな。忙しくて失念してたのかもしれないな」

「そんな訳だから、レインもしっかり準備しておいてね。数値や順位に拘るんじゃなくて、今自分の出来る正しい実力をしっかり出す事を心掛けましょう」

 アイカの方針に、ハヤトは大きく頷く。

「アイカの言う通りだ。自分の精一杯を出す事を第一に考えよう。無茶して怪我したら本末転倒だ」

「了解っと。ぼちぼち全力って感じだな」

 レインも素直に頷く。しっかりと物事を理解した的確な指示だとハヤトは思った。

(この調子なら部隊指揮も任せられるかもな)

 改めてアイカの非凡の才を感じながら、ハヤト達はグラウンドに出る。

 優に校舎の敷地の三倍はある校庭では既に先生達が準備を整えて打ち合わせを始めている。

 円になって話をする先生達の中には、軍服を着た人の姿も見えた。

「俺達が先か」

「他にも誰か来るってのか?」

「隣町の霊獣士学校と合同で行われるの。だからもう一小隊来るはずなんだけど……あ。あれじゃないかしら」

 アイカの視線の先には校門を潜ってこちらへ向かってくる一台の車があった。

 獣力を籠めるだけで自動で進む馬車、通称『獣自動車ホース・ギア』。それなりに値の張る贅沢品である獣自動車だが、目の前で止まったそれは大人数を乗せる事が可能なものとなっている。

「すごいわ、大型の獣自動車なんて。余程この計画にお金を割いているのね」

「なんだかよくわかんねぇが、気合入ってんな」

 アイカとレインがそれぞれ感銘を受けて見上げている中、獣自動車の扉が開き、数人の生徒が下りてきた。

「初めまして。セカンドニール霊獣学園から来ました隊長のフレッドと申します」

 一番最初に降りてきた長身の少年が右手を胸に当てて頭を下げる。貴族の集会などで目上の相手に使う作法だ。

 隣町から来たという生徒達はそれぞれが深緑色のブレザーと紅色のズボンやスカートを穿いている。フィリアリアの白黒を基調とした制服とは違い、落ち着いた雰囲気の制服だ。

「隣町からご苦労様ですわ。私はアイカ・レイス・セインファルトです。以後お見知りおきを」

 アイカは早速お嬢様モードでにこやかな笑みを浮かべている。挨拶を聞いてフレッドの背後に控えた生徒達がヒソヒソと話している。浮足立った様な顔を突き合わせて開かれる密会の内容は凡そ見当がつく。

「申し訳ありませんアイカ様。我が部隊にはアイカ様と初めてお会い出来た者もいまして……少々浮ついております」

「構いません。私の事なら気になさらなくて。ここでは一人の霊獣士見習いとして気兼ねなく接して下さい」

「ありがとうございます……ところでアイカ様、一つお尋ねしたいのですが」

 フレッドは視線をハヤトとレインに移し、

「こちらは私を含め勇敢な霊獣士が七名揃っておりますが、アイカ様の部隊はまだ集まっておられないのですか?」

「いいえ、私達の部隊はここにいる三名です。それに私の部隊でもありません。隊長はこの人、シノハラ・ハヤトですわ」

「初めまして。隊長のシノハラ・ハヤトです」

 一歩横に移動して空けた場所に、ハヤトが歩み出る。

 途端に、フレッドの表情が変わる。

「君が隊長だって? しかも隊員は三名だけ?」

 どこか楽しそうな声でフレッドがそう言うと、後ろで控えていたフレッドの仲間達からクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「いやぁ、アイカ様の苦労が眼に浮かぶ。どうやらこちらの学校にはあまり勇敢な霊獣士は揃っておられない様だ。集まった霊獣士も二人だけ……それもあまり期待出来そうにないときた」

「あっ……」

 何かを感じ取ったハヤトの表情が一気に強張る。

「何だこいつ等」

「レイン」

 ハヤトがレインを制止する。肩越しに少しだけ振り返ったハヤトの額には冷や汗が浮かんでいた。

「何とも羨ましい限りだよ。僕等の学校は栄誉ある七枠を取り合う程だというのに。出来るのなら選抜に漏れたこちらの生徒をそちらの余った枠に入れてあげたいよ」

「悪い事は言わないフレッド。その辺で止めといた方がいいぞ」

 緊張した面持ちで言うハヤトに、フレッドは嘲笑を浮かべる。

「どうやら肝すら据わっていないと見える。僕は益々アイカ様が心配になってきたよ」

 やってしまった……、と言わんばかりにハヤトは額を覆う。

「ふふ、心配性なのねフレッドさんは」

 アイカはにこやかな笑みを浮かべてハヤトの隣に立つ。

「でもご心配には及びませんわ。私達は三人でも十分戦えます。今日はお互いベストを尽くしましょう」

「えぇ、そうですね。それではまた後ほど」

 失礼しますと頭を下げ、フレッド達はその場を離れる。アイカはその背中をにこやかな笑みを浮かべたまま見送る。

 その間、ハヤトはアイカの方を決して見なかった。

 レインも気付いた頃だろう。今はハヤト達の背後で押し黙っている。

「ハヤト。レイン」

 アイカはフレッド達の背中を見送りながら、静かに告げる。

「全獣力を振り絞って結果を出しなさい。全ての競技で彼等を叩き潰すわよ」

 めらめらと白い獣力を不気味に揺らめかせて言うアイカに、二人は何度も頷いて見せた。

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