第二章 クアッド平野防衛戦
滾る適性検査
フィリアリア
フィリア共和国の中腹に建つこの学園は近年増加傾向にある霊獣士育成学校の中でも最初期に建てられた学校の一つだ。『霊獣士の故郷』とも言われているこの学園は後に建つ他の霊獣士学校の基盤とされる程、一目置かれる存在となっている。
全体集会は月に二、三回ほど。二週間に一度あるかないかの頻度だ。
最後に集会があったのはつい先日──だというのに、登校した生徒達は教室に着くや、すぐさま荷物を置いて廊下へ逆戻りしていた。
「ほらハヤト、早く行くわよ」
アイカは廊下を歩きながら、置いて行きそうになっている従者に振り返りながら急かす。
廊下の窓から差し込む太陽の光を受けて煌く金糸の髪をふわりと靡かせる碧い瞳の少女に、黒髪の少年、ハヤトは眠たそうな顔で言う。
「そんな慌てなくても、まだ時間には余裕がある」
「王族たるもの、いついかなる時も手本となる動きを心掛けるの。皆よりも早く行動しなきゃ駄目でしょ」
「眠い……」
「シャキッとなさい! 私の従者なんだからもっと毅然とした態度を……ってこら! 眠たそうに目を擦らない!」
目元を擦ろうとするハヤトの手を奪い、アイカは引っ張る様に歩く。
「夜遅くまで『
「映劇、だっけ? あんな面白いものがあったなんて知らなかった」
ハヤトが幾分か楽しそうな表情で言う。
獣結晶の用途は純度によって多岐に渡る。純度の高い鉱石は主に霊獣士の持つ獣石に使われるが、それ以下の純度の鉱石は日々の暮らしを支える重要な源力となっている。
明かりを灯す『発光石』や複雑な仕掛けを動かす動力源として使用される『獣電石』など、様々な使い道がある。映像石もその内の一つ。記録者の視線上に映像石を据えながら獣力を籠めてやると、その間に記録者が見た風景を映像石に移し込む事が出来るのだ。
「丁度三年前くらいから市場に出回り始めたのよ。目新しいのも分かるけど、この調子じゃ『映像石』は暫く禁止かしらね」
「もう眠くない」
背筋を伸ばしてハヤトは歩き出す。
「もぅ、調子いいんだから」
そう言ってアイカはハヤトと並んで廊下を進む。
「それにしても、また集会なんて学園長も大変だな。つい最近やったばかりだろうに」
「こんな短い期間で連続して行われた事なんてないわ。きっと何か急ぎの用件があるのよ」
お母様は何か言っていたかしら、とアイカが最近の記憶を思い返していると、
「ア~イカ! おっはよー!」
みゅにゅう、と。
アイカの脇下から突如現れた手がアイカの胸部を鷲掴みする。
「ひやぁあああ⁉」
顔を真っ赤にしてアイカが飛び跳ねる。ハヤトの思考が一瞬で切り替わる。
(いつの間にッ⁉ 獣力は感知してないぞ⁉)
ハヤトは即座にアイカの背後に立つ人影目掛け、高速の肘鉄を繰り出す。
「ハヤトストップ!」
慌てて発せられたアイカの制止の合図で、ハヤトの肘は目標の眼前で停止する。急制動により生まれた余波が目標の茶色い髪を揺らす。そして硬直していた犯人がペタンと尻餅を付く。
「い、いやぁ~こりゃ頼もしい執事様だことで……」
顔を強張らせながら尻餅を付いた犯人の正体は、ハヤト達と同じ制服を纏った女の子だった。
アイカがため息をつきながら振り返る。
「はぁ、もうその手は使えないわよ、ジュリア」
「参ったね。アタシの楽しみが一つ減っちゃったよ」
ジュリアと呼ばれた女の子が恥ずかしそうに立ち上がる。赤みを帯びた茶髪は丁寧に梳かれ、キリッとした目元の印象と相まって女性らしいカッコよさを感じさせる。
「ハヤト、紹介するわ。この子は私達と同じクラスメイトのジュリアよ」
「ジュリア・ヘンバートンよ。以後、よろしくねっ!」
爽やかな笑顔を浮かべてジュリアは手を差し出す。
茶髪のショートヘアにヘアピン、快活そうな表情が本人の性格をよく表していた。
「シノハラ・ハヤトだ。こちらこそよろしく」
差し出されたジュリアの手を握り返し、ハヤトは言う。
「だ、ダメだよジュリアちゃん。アイカちゃんに悪戯ばかりしちゃ」
「……ん?」
不意に聞きなれない声がして、ハヤトは周囲を見回る。しかし、周囲には体育館に向かう生徒達の姿だけで、他にそれらしい人影は見当たらない。
「気のせいか?」
「気のせいじゃないわよ」
アイカが苦笑を浮かべながら手の平で下を向く様に促す。
言われるままに視線を下に向けると、ジュリアとアイカの間に小さな女の子の姿を捉えた。
眉毛の辺りで切り揃えられた艶やかな黒髪に、ぱっちりと開いた大きな目。頭の天辺からややズレた位置で結われたチェリーの髪留めからぴょこんと飛び出た一束の黒髪が可愛らしいその娘は、隣に立つアイカの半分程の身長しかない。
「え、えっと……は、はじゅめましゅて! あぅ、かんじゃった……」
自分の腰辺りまでしかないその小さな女の子を前にして、ハヤトは数秒考えた後、納得した様な表情を浮かべて膝を折り、小さな少女と目線を合わせて言う。
「お母さんを探してるのかな」
「迷子じゃないわよハヤト」
アイカは素早く訂正する。そして真っ赤になって俯いてしまった少女の後ろに立ち、その細い肩に手を置く。
「この子はピア・ローリネス。私達と同じA組のクラスメイトよ」
「A組?」
「そうよ」
「クラスメイト?」
「同じね」
「……飛び級?」
「いい加減認めなさい。同い年よ」
「あ、改めまして! ピア・ローリネス、です。よろしくね、ハヤト君」
「こ、こちらこそよろしく」
ハヤトはぺこりと頭を下げる。すると強張っていたピアの表情が柔らかく緩む。
「えへへ……ハヤト君が怖い人じゃなくて良かったぁ」
「はぁ~、今日もピアは可愛いわね~」
アイカがピアを後ろから抱き締め、頬ずりしそうな勢いで愛でる。
「んむゆぅ、苦しいよぉ、アイカちゃぁん」
アイカの腕の中でピアが手足をバタつかせる。本気で嫌がっている様子はない所を見るに、普段からこうなのだろう。
子猫の様に仲睦まじくじゃれ合う二人を眺めているハヤトの横にジュリアが並ぶ。
「ここだけの話、ぶっちゃけ君がアイカの噂の
ハヤトはこの台詞を聞かれるのがひどく久しぶりに思えた。昔は事あるごとにこの手の質問を受けたことを思い出す。
そして、当時の躱し文句も同時に思い出し、
「さぁ、どうだろうな」
と、意味深な台詞だけを残す。
ふぅ~ん、とジュリアが探るような視線を送ってくるが、やがて諦めたのか、アイカ達の方に顔を向ける。
「まぁそれは追々探っていくとして、君が来てくれて良かったよ」
「何のことだ?」
「いやぁ、なんというかね。アイカの表情がいつもより嬉しそうなのよ。いつもは笑顔の裏に何か潜んでる感じがしてたって言うか、陰があるというか。あ、別に今までが暗かったって意味じゃないよ? ただ、何というのかなぁ……軽いのよ、今のアイカの表情は」
そう言ってジュリアは納得した様に頷く。ジュリアの言葉にはハヤトの知らない間のアイカの姿があった。
彼女がアイカの傍にいてくれた事はすぐに分かった。
「……よく見てるんだな、アイカの事」
「まぁねぇ。伊達に仲良し三人組をやってないわよ」
「なるほど。手強そうだ」
アイカは友人に恵まれている。ハヤトはそう感じた。
「君がアイカの王子様かどうかはさておき、アイカにとって君は大きな存在なのは確かだよ。これからもよろしくね、ハヤト君」
そう言ってジュリアは夏風の様な爽やかな笑顔を浮かべた。
「あぁ、こちらこそ」
ハヤトも感謝の気持ちを込めて応える。
きっとジュリアとは長い付き合いになる、とハヤトは思った。
「二人とも何話してるの? そろそろ本当に急がないと」
アイカがピアの手を操作して手招きする。
「はいは~い。んじゃ、行きますか!」
ジュリアが勢いよく駆け出す。
正直な所、ハヤトは学校に通う事に不安を感じていた。一般的に言われる『普通』という生活からはかけ離れた戦場ばかり見てきた少年に、学校という環境で上手くやっていけるのか、分からなかったからだ。
今でもそれは変わらない。
だが、少しは前向きに取り組めそうな、そんな気持ちのいい感情がハヤトの一歩を力強いものにしていた。
§ § §
「霊獣士として新たな一歩を踏み出す時が来た」
学園長のルドルフ・ジンネマンは壇上に立つや、開口一番そう告げた。
各クラス毎に整列し、先日と変わらない集会が行われている。
変わった事といえば、ハヤトが壇上ではなく生徒の列に加わっている事くらいだ。
「諸君等も知っての通り、近頃は物騒な事件が増えてきている。つい先日も下町の廃墟で騒動が起きたばかりだ。これは最近世界全土で問題となっている──」
学園長は最近起きた内紛やテロについて話し始めた。生徒達の中には話を聞かずに近くの友人と小声で談笑している姿が見え始める。
「――と言った様に、近頃増え続けるテロや内紛に対して我々霊獣士学校からも学生で構成された特殊部隊を派遣する計画が正式に決まった」
しかし、学園長から告げられた言葉に談笑していた生徒がピタリと口を閉じる。
「下は3名から、最大7名まで編成出来る学生小隊を作り、我が校の代表として任務に就いて貰いたい」
会場が騒めく。皆、動揺を隠せないでいた。先ほど談笑していた生徒達に至っては口を噤んで青ざめている。
「既に何人かは決まっている。今日はそのメンバーを紹介したい」
そしていきなり自分達に出番が回ってきて、ハヤトは内心驚く。
「まずは我が校で優秀な実績を持つアイカ・レイス・セインファルト」
周囲の生徒達が一斉にアイカへ視線を向ける。アイカは大衆の視線に慣れているのか、全く動じた様子も無く優雅に一礼して見せる。
ジュリアやピアも驚いた様子で顔を見合わせている。
「そしてもう一人。それが彼、レイン・ヴァーミリオンだ」
直後、壇上に一筋の雷光が
「なっ⁉」「えぇ⁉」
突然の登場に、ハヤトとアイカが同時に声を上げる。周りも呆気に取られている。
そんな事など全く気付かず、レインはバッ! と槍を大仰に振り、雷槍の獣武を解除する。
「イタい奴だ」「イタい奴だな」「イタいの来た……」「ヤバいのだわ……」
周りから続々とそんな言葉が聞こえてくる。
学園長は壇上でこめかみを押さえていた。
満足そうに悦に浸るレインを見ていると、ハヤトも同じ様にこめかみを押さえそうになる。
「えー……彼は諸事情により以前から休学していたが、今日からこのフィリアリアに復学する事となった」
再び周囲が響めく。戸惑うのは当然だった。ハヤトとは違い、レインは元々試験には合格している。軍の任務を優先していたが為に学校に来ていなかったという事情があるのだが、生徒にそれは知らされていない。
「皆思う所があるだろうが先ずはメンバー紹介を続けさせて貰いたい。アイカ君にレイン君、そして最後の一人、このチームのリーダーである、シノハラ・ハヤト」
すっかり調子を狂わされたタイミングでの紹介に、ハヤトはビクリと硬直する。そんなハヤトに、アイカ同様皆の視線が集まる。
しかし、先の二人に比べ、皆の表情に驚きは見られなかった。
「以上の三人が現段階で構成されている部隊だが、まだまだ枠は空いている。我こそはと思う者は申し出てほしい。君達の今後にもきっと役立つだろう。私の話はこれで終わりだが、何か質問がある者は?」
最後に学園長が生徒に質問の場を与える。そして、やはりというか一人の生徒が手を上げる。
ハヤトが編入してきた際にも異論を唱えた男、フェルト・ティルセリアだ。
「うむ、君の言い分は凡そ見当がついている。何の試練もないまま復学する事が納得いかないといった所だろう?」
「話が早くて助かります」
「では、以前と同じ方法で構わないかね?」
フェルトは口元を吊り上げる。
「そうですね。学年3位であるこの僕に勝つ事が出来るのなら我が儘を聞くに足る人材だと皆も納得出来るでしょう!」
ここで大半の生徒が『納得してないのはお前だけだ』と思った。
「おいおい大丈夫なのかお坊ちゃん。怪我しても知らないぜ?」
レインが挑発気味に笑う。
そんなレインに、フェルトはハヤトの時と同じ鋭い眼光で言い放つ。
「ちょっと格好いい登場をしたからといっていい気になるなよ!」
ここで大半の生徒が『えッ⁉ 本気で言ってるの⁉』と思った。
「……え~、それでは先生方は試合の準備に掛かってください」
学園長の事務的な掛け声で先生達が早期解決に尽力する。
再びの試合観戦に沸き立つ館内で、ハヤトとアイカは互いに顔を合わせ、同じ様にため息をついた。
その後、穏やかな昼過ぎの青空に場違いな雷鳴を轟かせ、新たに一人の生徒がフィリアリア聖徴兵学園に編入した。
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