エピローグ

「有翼の獅子、か……」

 艶のある革椅子に深く腰掛け、ベルニカは自身の書斎で大量の資料と睨み合っていた。

 机に広げられた資料は過去に存在した特殊な霊獣士や、幻獣種と認定された霊獣についての資料ばかりだ。

(やはり過去に翼を有した獅子型の霊獣などいないか……となれば、やはりハヤトの霊獣は幻獣種か?)

 ベルニカはうず高く積まれた本の山から、一冊の古びた本を取り出す。本の表紙には『幻獣辞典』と書かれていた。

 慣れた手つきで開いたページには、鷲の翼を有した獅子の絵が描かれている。

(ソロモン72柱の一柱、ウァプラ。知識と技術を特徴とする幻獣……)

 翼を持った獅子。姿形はハヤトの霊獣と酷似している。

 しかし、ベルニカはその本を静かに閉じ、机の上に置いた。

(違うな……ハヤトの特徴とは一致しない。そもそもハヤトの我獣特性は何だ?)

 百獣の王である獅子ライオンと、ある地域では幻想種である龍と対等に崇められる猛虎トラの血を受け継いだ、王の名を冠する獣武。二刀から長刀への形態変化もそうだが、何よりもあの神々しく光る獣力の翼。

(ハヤトの獣武にはあまりにも謎が多すぎる)

 ベルニカは椅子から立ち上がり、背後にある窓際へ移動して腰掛ける。

 外は太陽の光が降り注ぎ、雲一つ無い青空が広がっていた。

(あの翼……アレは翼の形をしてはいるが、固型ではなく噴射に近い形で──ッ)

 そこまで考えた所で、ベルニカの脳内に一つの仮説が浮かび上がる。

(まさか……いや、まだ判断するには情報が少な過ぎるな)

 ベルニカが右手を持ち上げると机の上のコーヒーカップがフワフワと浮かび上がり、吸い込まれる様にその手に収まる。ミルクも砂糖も入っていない黒い液体を一口啜り、息をつく。

 焙煎された豆の香りを楽しみつつ、ベルニカはぼんやりと外を眺めていたが、やがてそっと窓を開け放つ。

 晴天の空に流れる風はどこか忙しなくベルニカの髪を靡かせる。

 まるで、世界の流れを変えるかの様に。

「これからは大変だぞ……覚悟は良いね? 可愛い息子よ」

 ベルニカは妖艶な笑みを浮かべながら、静かにそう呟いたのだった。

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