滾る適性検査③

 適性試験の内容は至って単純だ。

 決められたコースを走り抜け、タイムを計測する。コースの途中には様々な罠や障害物、教師陣が操る案山子などが無数に設置されている。

 ハヤト達学生部隊のメンバーはこのコースを走り抜ける過程で罠や障害物を躱しながら、自身の獣武で案山子を破壊しなければならない。

「いいかお前達! この試験はタイムだけ早ければいい訳じゃない。途中に設置された罠や障害物を交わしながら私達が操る傀儡ダミ・ドールだけを的確に破壊して進め。罠や障害物に当たったり、傀儡を討ち漏らせばその都度減点とする。分かったな!」

 はい! と学生部隊の全員が返事をする。

「最初は人数の多いセカンドニールの生徒からだ。呼ばれた者は開始地点に着く様に。まずはアニー、次にイストンだ」

 名前を呼ばれた生徒達が順に試験に挑んでいく。

 笛の合図でスタートし、ぐねぐねと曲がるコースを進む傍ら、乱雑に置かれたコンテナの影から飛び出す傀儡を破壊していく。そちらに集中していると、足元に描かれた設置型の術式罠(を想定した発光術式)を気付かずに踏んでしまうなど、単純そうに見えて中々に難しい。

 セカンドニールの生徒が試験を終えたが、どれも似通ったスコアが並んでいる。

「続いてフィリアリアの部隊に移るぞ。先ずはレイン・ヴァーミリオン」

「ようやく俺の出番か!」

 レインが拳を打ち合わせ、気合を入れる。

「レイン、見せてやりなさい」

 アイカの激励に、レインは口元を小さく吊り上げる。

「八十秒台が四人と七十秒台が三人といった所か……」

 記録盤に記されたスコアに目を通しながら、レインは落ち着いた様子で開始地点に着く。

 静かに息を吐き、集中した面持ちで獣武を展開し、レインは槍を構える。

「位置に付いて! ……始め!」

 甲高い笛の音と共に、レインが雷槍と共に飛び出す。

「なっ⁉」

 先の生徒とは比較にならない程の圧倒的なスピードに、フレッド達が目を見張る。

 レインは前方に漂う傀儡を見つけるや、誰よりも早くその傀儡を雷槍で貫いた。

 そして、瞬く間にゴールにたどり着く。

 その場にいた全ての人が圧倒された。

「……ふっ、少し早すぎたかな」

 レインは槍の先に刺さった傀儡を振り払いながら、渾身の決め顔で呟く。

 最速と呼ぶに相応しいタイムだ。


 何せ、スタートからゴールまで一直線に駆け抜けただけなのだから。


「レイン・ヴァーミリオン。コースアウトにより記録なし」

「なんだと……⁉」

「お前本当いい加減にしろよ!」

「何も聞いてないわ。ほんっっっとうに何も聞いてない!」

 愕然とするレインに、ハヤトとアイカが怒鳴りたてる。

「……馬鹿な」

「馬鹿なんだよ!」「馬鹿なのよ!」

 ハヤト達の背後ではフレッド達が大口を開けて笑い転げていた。

「くそっ。非の打ち所がない程完璧な笑い者だ。これは生半可なタイムじゃ覆せないぞ」

「次。シノハラ・ハヤト!」

 笑い声が収まらない内に、ハヤトの名前が呼ばれる。

「ハヤト。貴方だけが頼りよ。私達の尊厳の為にもお願いね」

「任せろ。俺達の部隊をお笑い担当にはしないさ」

 ハヤトは両手に剣を携え、開始地点に着く。異なる剣を持つハヤトの姿に、ようやく笑いの声も収まった。

「位置に付いて……始め!」

 笛が鳴り、ハヤトは両足に風を纏わせる。地面を蹴ると同時に纏わせた風を足元に噴射して飛び出す。

 レイン程の速さではないが、一気に加速したハヤトは最初に現れた傀儡を素早く斬り倒す。

 直ぐに体勢を整えて曲がりくねったコースを滑る様に駆けていく。

 途中に仕掛けられた罠や障害物も難なく躱し、危うげなく傀儡を破壊していくハヤトの動きは緩んでいたフレッド達の表情を徐々に改めさせる。

(この調子なら、もう少しペースを上げても!)

 何体目かの傀儡を斬り伏せ、ハヤトが地面を蹴る足に力を込めた、その時だった。

 突如、ハヤトの体が突き飛ばされたかの様に不自然に傾く。その先には鋭利なコンテナの角が待ち構えている。

「ッ⁉」

 咄嗟に地面を蹴って跳び上がり、態勢を整えてコンテナの上に着地する。

「何だ、今のは……?」

 試験の罠にしてはあまりに危険すぎる。そもそもこの試験には実際に人体に影響を与える類いの罠は使用されていないはずだ。

「どうしたのハヤト! 早くゴールに走って!」

「しまった!」

 アイカの声でようやく試験の最中だと思い出したハヤトは、急いでゴールに向かう。

 その後は特に何もなくゴールしたハヤトだったが、記録は先の七名よりも低い結果となってしまった。傀儡の討伐数が多かったお陰で悲惨な結果だけは避けられたといった具合だ。

「何やってるのよハヤト! せっかくギャフンと言わせてやるチャンスだったのに!」

 どこか釈然としない様子で戻ってきたハヤトを、アイカは腰に手を当てて出迎える。

「……面目ない」

「まぁいいわ。次は私の番だし。見てなさい。私の名前が堂々と一位の名を冠する所を!」

「……くれぐれも怪我だけはしないでくれよ」

 意気込むアイカにそれだけ伝え、ハヤトは記録盤の下にいるレインの隣へと向かう。

「ミスったなハヤト」

「お前ほどじゃないバカタレ」

 互いに肘をぶつけ合いながら、二人は開始地点に立つアイカを観る。

 ハヤトはアイカとその周囲に立つ教師陣、競技コースを隈なく観察する。先ほど獣力感知の術式を試してみたが、案山子を操作する教師陣の獣力以外に変わった動きは見られなかった。

「なぁレイン」

「ん? どうしたハヤト」

「……いや、何でもない」

 ハヤトは開きかけた口を閉ざす。レインは不思議そうに首を傾げたが、直ぐにアイカの方に向き直る。

「それではアイカ・レイス・セインファルトの技能試験を行う。位置に付いて……始め!」

 高らかに響く笛の音を聞いて、アイカは走り出す。

 宙に漂う黒のマントを引き連れながら、手に持つ紅玉の白杖で次々と術式を発動し、傀儡を撃破していく。

「流石はアイカちゃん。このままいけば一位は間違いないぜ」

 すっかり観戦気分のレインを他所に、ハヤトはアイカの周囲を注視する。

 好記録を維持しながら、アイカがついにハヤトが不可解な力を感じた付近に差し掛かる。

 直ぐにでも飛び出せる様心掛けながら見守るハヤト。

 しかし、そこにあったのは他の場所にある設置型の発光術式だけ。難なく回避して、アイカはあっさりとその場を通り過ぎていく。

 後はゴールに向け一直線のコースだけとなっている。

(どうやら無事に終わりそうだ)

 ハヤトは肩から力を抜く。レネゲイドの存在を危惧したが、杞憂で終わりそうだ。

 アイカの方からは見えていないが、ゴール手前の茂みに傀儡が一体潜んでいる。突然足元から飛び出る奇襲を想定した配置だろうが、アイカなら問題なく破壊するとハヤトは思った。

 ハヤトの想像通り、右下からニュッ、と飛び出してきた傀儡に慌てる事無く砲術を当てる。

 直後、異変が起きた。

 砕け散るはずの傀儡が内側から膨らむ様に膨張し、


 ボッッゴォ‼ と、周囲を爆炎で染め上げた。


「アイカ‼‼‼」

 周囲が突然の爆発に驚いた声を上げる中、ハヤトはアイカの元へ一直線に駆ける。

 しかし、ハヤトが火中に飛びこむ寸前、爆発の中心地点から何かがゴロゴロと転がりながら出てきた。

「ケホッ、ケホッ! もうっ! 最後の最後にこんな罠があるなんて!」

 黒いマントに付いた硝煙を払い飛ばしながら、アイカが怒鳴る。

「アイカ!」

「ハヤト? 何でこんな所にいるのよ。そこコース内よ」

 見た所、何処も怪我をしていない様だ。ハヤトは全身から空気が抜ける様に長い息を吐く。

「……なぁアイカ。やっぱり学生部隊に入るのは止めないか。俺の心臓が持ちそうにない」

「またそんなこと言う。ダメよ絶対。それに試験だって私の方が成績が……って大変! まだゴールしてないわ!」

 慌てて立ち上がり、アイカはすぐ目の前にあるゴールに向かって走り出す。しかし、

「いたっ!」

 二歩目を踏み出したアイカの表情が歪み、前のめりに倒れ込む。

「アイカ!」

 ハヤトが直ぐにアイカに駆け寄る。アイカの体はゴールラインを示す白線を分断する様に倒れている。

「大丈夫か、アイカ⁉」

「痛た……えぇ、大丈夫よハヤト。左足を少し捻ったみたい」

「見せてみろ」

 ハヤトは素早くアイカの下半身に移ると、その細くてしなやかな左足をそっと持ち上げる。

「ふぇ⁉ ちょっとハヤト⁉」

 ゆっくりと半長靴を脱がせ、靴下を剥ぐ。少し火照った白い素足が露わになり、アイカが慌てた声を上げる。

「いきなり何してるのよハヤト! 皆見てるのにこんな──」

「ジッとしろ!」

「うぅ、もぅ……」

 顔を真っ赤にしながらも、アイカはされるがままハヤトに左足を委ねた。

「踝の辺りが少し腫れてるな……でも大丈夫だ。これなら少し冷やせばすぐに治る」

「大丈夫か!」

 ハヤトに抱えられてゴールを潜ったアイカに教師陣が一斉に集まる。校舎からは保健の先生が此方に走って来ているのが見えた。

「どういうつもりだ。試験だからといっていきなりあんな威力の術式を眼前で放つなんて」

 アイカを下ろした後、ハヤトの眼が鋭く教師達を睨め付ける。

「ま、待て。これは何かの手違いだ。本来は閃光石が入っているはずだったんだ。決して爆発物など入れては、ましてや用意すらしていない」

「……」

 教師達は全員頷いている。教師達の言い分が正しいとすれば犯人は他にいる事になる。

 一瞬暗殺かとも思ったが、こんな場所でアイカを傷付けたとなれば、あまりに目立ちすぎる。狡猾な手段を用いた割に雑な策と言わざるを得ない。

「仮にそうだとしても、あまりに不用心だ。一歩間違えれば取り返しの尽かない事態になっていた」

「う、うむ……」

 ハヤトの言葉に教師達は困った様に唸る。更に言葉を重ねようと口を開くハヤトを、アイカが後ろから小突く。

「ハヤト。先生達にそんな言い方は良くないわ」

「アイカ……」

「誰にだってミスはあるわ。次に同じ失敗を繰り返さない様にすればそれでいいじゃない」

「……」

 甘い、とハヤトは思った。

「それに、これくらいの奇襲で怪我をした私にも問題があるわ。戦場はこんな生易しい場所じゃない。そうでしょハヤト」

 同時に、これがアイカの強さなのだとも思った。

「あぁ、そうだな」

「さぁ、先生達も試験を再開しましょう。ちなみに私の記録はどうかしら?」

 アイカは獣武を解除しながら、自信に満ちた表情で記録盤に振り返る。

 そして、自信に満ち溢れていた顔が一瞬で絶望に変わる。

「さ、最下位……? なんで私が一番遅いのよ⁉」

 記録盤には一位のフレッドから順にセカンドニールの生徒が並び、最後尾に小さくハヤトとアイカ、記録なしのレインが続いていた。

「その、大変言いにくいんだが、記録はゴールを完全に潜った時に測定される。アイカ君がゴールを潜ったのはハヤト君に抱き上げられたあの時だから、時間にして百秒を超えている」

 教師の一人が申し訳なさそうに言う。

「そ、そんな……」

「こちらの不備の所為でもあるんだが、やり直しは認められてなくてね……すまないが、うん」

「そ、それじゃあ試験の結果は……」

 恐る恐るといった風に問い掛けるアイカに、教師達は皆苦笑を浮かべた。

「セカンドニールはランクB、フィリアリアは……ランクEだ」

 評価段階は五段階。上からA、B、C、D、Eとなっている。

 Eランクとは即ち、最低ランクの事である。

「く、クク……Eランクだってよ」

「プ、フフ……こらイストン、笑うんじゃない……全力を尽くした彼等に失礼じゃないか」

 たしなめるか笑うかハッキリしないフレッド含め、セカンドニールの生徒達の忍び笑いがハヤト達の耳につく。

 ハヤトとレインは顔を合わせて肩を竦める。二人は特に気にした様子もないが、アイカはそうはいかない。

 結果を出せなかったどころか、自身のベストを尽くすことも出来なかった。

 不完全燃焼。それがアイカの精神を苛ませる。

「んもーーーーーーーー! こんなはずじゃないのにぃーーーーーーーー‼」

 頭を抱えながら天を仰ぐアイカに応える様に、フレッド達の笑い声も一層大きくなった。


          §       §       §


 ガッ、ガッ、と大きな靴音を響かせ、一人の男が薄暗い廃墟を進む。派手な音の正体は男の履いた靴音、ではない。

 男の足元。そこには何十人もの人が倒れている。奥へ続く一本道を塞ぐように乱雑に捨て重ねられたその光景はまるで床に散らばった木材の様だ。

 床に倒れた人は誰一人動かない。それも当然、既に一人も息をしていないのだから。

 男はそれを何の躊躇いもなく蹴り飛ばす。先ほどからの音の正体はそれだ。

 全身を黒いローブで覆い、目深に被ったフード。僅かに差し込む外の明かりで垣間見えるフードの中から覗く赤い瞳は真っ直ぐに前を見据えている。

 近年、急速に勢力を増している反乱組織『レネゲイド』を率いる男、ジェネリード。

『漆黒の大剣使い』の異名で知られるジェネリードは、無数の屍が転がる地獄の様な廊下を事も無げに進み、奥の部屋にたどり着く。

「こんな夜更けに来客とはねぇ。こんばんは『漆黒の大剣使い』さん」

 広い部屋の中央にはうず高く積まれた人の山。その頂に腰を下ろす唯一の生存者が、だらりと頭を横に倒しながらジェネリードを迎える。

 血濡れた様にあかい髪に、同色の口紅が厭に目を引く。街中を歩くにはあまりにも過激な、下着程の面積しかない黒革の装いに、真紅のコート。

 腰に吊るした長鞭も相まって、色々と『毒』の強い女性だ。

 大人の色気、というにはあまりに危険な部類に属する。正に『毒物』の様な危険な色香を纏う女性だ。

「お前がロストか」

 ジェネリードは淡々とした声で尋ねる。

「知ってて来てんでしょうが。つまんない前戯は止めましょうよ。せっかく良いモン持ってんだから先ずは……ね?」

 真っ赤な唇から艶めかしく舌をチラつかせ、ロストはジェネリードを見る。

「シルフィードの海岸都市、クアッドビーチを制圧する部隊を指揮しろ」

「あぁん、つれなぁい」

「海路を確保するのが目的だ。間違っても船を破壊するんじゃないぞ」

「そういうつまんないのはあたしの性に合わないのよねぇ」

 両足をパタパタと振って、子供の様に駄々をこねる。それでもジェネリードの態度は一向に変わらない。人と話すというよりも独り言を喋っている感覚に近い。

「やるのか、やらないのか、どっちだ」

「ハハッ! それ選択肢のつもり? やらないって言ったら殺すくせにぃ」

 そう言ってロストは両足を振って立ち上がる。

 そして腰に吊るした長鞭をパシン! と足元に叩き付ける。

 途端、彼女の周囲に火の玉の様な三色の獣力が溢れる。白、緑、茶色の獣力はやがてそれぞれ別の霊獣の形を成す。

「丁度いいわ。そろそろ品定めショッピングに行きたい気分だったの」

 白は鶴、緑は亀、茶色は猪と、三種三様の霊獣を従え、ロストは不気味に微笑んだ。

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