準備⑤

 先ほどまであれだけ鬱々としていた感情が、風に吹かれた様に綺麗さっぱり消え去っている。

 自分の感情の起伏に戸惑いながらも、レインはおずおずといった様子で戻ってきたクラウスに助けを請う様に問い掛ける。

「あのロストって奴の霊獣はどうなってる」

「ええと、そうじゃな……ワシがこれまで見た奴の霊獣は四体。ワシとマイサの霊獣に猪の霊獣。そして今回新たに見せた蜥蜴トカゲの霊獣じゃ」

 クラウスは先ほどハヤトが使用した木の枝を借りて地面に人型を描き、その周囲に四つの丸を描く。

「即座に任意の場所へ移動する甲羅の盾に相手の死角から飛び出す猪。この二つは用途が単純ゆえ、対策を講じる事は容易じゃ。問題は今回新たに見せた身代わりを生み出す蜥蜴の霊獣と、妻のマイサから奪った白鶴の霊獣カルシス

「それがあの白鶴の名前ですか」

 片膝を付いて図を眺めるハヤトに、クラウスは頷く。

「君達も体験した通り、突如として消えた不可視の砲術。あれが『カルシス』の我獣特性じゃ」

「砲術や対象の姿を眩ませる『透明化』の力って訳ね」

「少し違うが、今はその認識でも良いじゃろう。この力の凄さは既に身を以って知っていると思う」

「確かにあれはヤバかった。攻撃が見えないから躱す事も出来なかったぜ」

「アイカの援護に救われた。お陰でこうして対策が立てられる」

「砲術だから何とか防げたけど、もしあれが獣武による強力な一撃だったら防げたかどうか」

「心配することはない。奴にそれ以上の事は出来んよ」

「それ以上? どういう意味だ?」

 首を傾げるレインに、クラウスは左手に装着した小手弓を掲げる。

「これはワシの獣武を模して作った『獣機器クオンタム』じゃ。本来ならワシの獣武はこの小手弓と盾なんじゃが、ロストの奴がワシの獣武を展開した事は一度もない。妻の獣武もまた同じ。奴はこの二十年で一度として奪った霊獣で獣武展開した事がない」

「それって、つまり」

 アイカの予想を裏打ちする様にクラウスは頷く。

「うむ。奴は奪った霊獣で獣武展開をする事は出来ないんじゃ。これは危険霊獣士ノマド指定を受けた奴の、『霊獣喰いソウルイーター』唯一の弱点と言えるじゃろう」

 ここがこの話の肝だと、クラウスは皆の顔を見渡しながら言う。

「獣武展開が出来ないという事は必然、芽生えた我獣特性の質も本来の力より劣る。奴の奪う霊獣に単純な破壊力に長けた霊獣がいないのはそう言う理由なのじゃろう」

「確かに奴の扱う霊獣はどれも隙を突く特徴の強い霊獣だった。それにはこういう理由があったのか」

「仕掛けが分かればこっちのものよ。私達の獣武なら展開前の霊獣に遅れは取らないわ」

「いや、勇み立つにはまだ早い。まだ奴の本質には到達していない」

「ハヤト君の言う通りじゃ。今までの話は奴のこれまでの戦い方と使役する霊獣の情報だけ。肝心な奴の力についてはここからになる」

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