準備⑥

「霊獣を奪うのがロストの特性じゃないの?」

「それは間違いなく奴の力だろうけど、問題はその力の器量がどれほどのものなのかだ」

「?」

 小首を傾げるアイカに、ハヤトはクラウスが地面に描いた図を指差しながら補足する。

「クラウスさんの話だと、これまで奴は四体の霊獣を操っているのが分かった。クラウス夫妻の霊獣と、その他の二体。これは全て他人から奪った霊獣だ」

「どうしてそう思うの?」

「さっきクラウスさんが言ってただろ。ロストは奪った霊獣で獣武展開は出来ないと。俺達と戦った時、奴は四体の霊獣をそのまま使って戦った。自分の霊獣を獣武展開しないで戦ったとは考えにくい」

「霊獣を特定されない為にわざと獣武展開せずに戦ったのかもしれないぜ」

「レインの言う可能性もないとは言えないが、恐らくそれもないだろう。繰り返すが、霊獣のままでは獣武には勝てない。剣を前にして小枝で挑む様な無謀を奴が選ぶとは思えない」

「じゃあ、奴が使っていたあの鞭がロストの獣武って訳ね」

「あぁ。あの鞭と、腰に吊るした檻。それがロストの獣武だ」

 ハヤト達の出した答えに、クラウスは大きく頷く。

「獣武が分かった所で本題はここだ。ロストはあの獣武で一体幾つの霊獣を保持できるのか」

「なっ」

「えぇ!」

 ハヤトの言葉に、アイカとレインが驚いた声を上げる。

「そんな! 他にもまだいるっていうの⁉」

「可能性は十分にある。既に四体も使役している時点でおかしいんだ」

 いくら劣化しているとはいえ、我獣特性は強力な力だ。

 本来なら一つだけしか備わらないはずのその性質を四つも使える時点で十分に脅威だが、これ以上となればいよいよ打つ手が無くなってしまう。

「それを確かめる術は俺達にはない。ただ一人を除いて、な」

 ハヤト達の視線が一斉に一人の人物に集まる。

 最後の砦であるこのクアッド平野前線で唯一、ロストを倒す希望を知る人物へと。

「どうですか、クラウスさん」

「……実際の所、ワシにも分からん。じゃが、ワシの今までの経験から立てられる仮説なら、一つある」

「教えてください。誰よりも奴を追い続けた貴方の言葉なら信じられる」

 ハヤトの言葉に、アイカも頷く。

 曇りなきその信頼に、クラウスは胸が温かくなるのを感じた。

 久しく感じなかった胸の高鳴りを噛み締めながら、クラウスは二人の信頼に応える為に自身の全てを曝け出す。

「ロストが他にも霊獣を隠し持っているというのは、ワシの見立てでは恐らく、無い。この二十年で幾つか別の霊獣を見てはいるが、奴が使役できる霊獣は決して無限ではない。限られた数の中で選好みをしているとワシは判断した。奴が奪える霊獣の枠は恐らく、五つ。強欲な奴の事だ。本当に欲しい霊獣が現れた時の為に常に一枠空けているじゃろう。そして今回、その一枠を見つけた様じゃ」

 そう言ってクラウスはアイカを見る。その視線の意味に、アイカの表情が強張る。

「ロストの保有する霊獣は奴自身の霊獣を含めて五体。これが現状考えうる最高の仮説だと信じている」

 地面に描いた図を勢いよく叩き、クラウスはそう宣言する。

「君達には本当に感謝している。この老いぼれの命、最後の一滴まで燃やし尽くす事を誓おう」

「頼りにはしていますが無茶だけはしないように。作戦上俺とアイカは囮役マークスマンなので警戒されるのは目に見えています。上手く挟撃の体勢を取れるかがこの作戦の成否を決める」

「無茶な事はレインが何とかしてくれるわ。クラウスさんはいざという時の為に備えていてください」

「もはや俺の意見など存在しないのな。こんなのもうイジメだぜ」

「頼りにしているわよ、レイン」

「お前の実力ならやれると思った。違うか?」

「くそ、ズルいズルいズルいッ! 断りにくい言い方してホント、ホンット嫌だー!」

 レインが持て余す感情を撒き散らす様に手足をバタつかせて闇夜に吼える。

 不安に押しつぶされそうな状況でも、ハヤト達の顔には笑顔があった。

 彼等の笑顔を見ながら、クラウスは再度自身の胸の内だけで呟く。

(見ておるかマイサ……今度こそ、ワシはお前の元へ行くよ)

 部隊の仲間と過ごす時間も残り僅か。

 作戦時間まで、あと三時間を切っていた。

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