準備④
「俺は反対だ」
テントを出て暫くして、最後尾を歩いていたレインが立ち止まる。
辺りは未だ暗く、日が昇るのはまだ先の様だ。
「……引き返してもトイレしかないぞ?」
「作戦の事だよ! 誰も方向の話してねぇよ」
「もぅ、さっきから文句ばっかり。どうしちゃったのよレイン」
アイカが腰に両手を当てて言う。
「どうもこうもしねぇよ。無茶な作戦に異を唱えるのは当然だぜ」
「……ワシの事を言ってるんじゃな」
「ッ、あぁそうだ」
申し訳なさそうに俯くクラウスに一瞬声を詰まらせるも、レインは肯定する。
「俺達でロストを討とうってのは百歩譲って良い。だがその無茶を押し通すのに爺さんはお荷物が過ぎるぜ」
「クラウスさんの知識は俺達にはない確かな力だ。多少の無茶をしてでも必要な戦力だ」
「じゃあ聞くが、今だってろくに歩けないってのにどうやって戦場を走るつもりだよ」
「そうだな……」
ハヤトは近くに転がっていた木の枝を拾うと、地面に簡易的な平野の地図を描く。
「敵は恐らく力技で真正面から押し寄せてくるだろう。恐らく全体の七、いや八割か。とにかく正面から行くのは愚策だ」
ハヤトは四角い敵の大群を飛び越える様に放物線を描くと、もう一つ迂回する様な線を描く。
「俺とアイカは空から一気に敵群を飛び越えてロストの元へ行く。レインはクラウスさんを背負って敵群を迂回してロストの元へ向かってくれ。お前の槍と脚ならいけるだろ」
「そこだよ。爺さんを連れていくのがおかしいだろ」
レインはクラウスを指差しながら言う。
「もう充分だろ爺さん。アンタはもう戦えないんだ。戦えない奴はただの足手まといだ。部隊の生存率が下がるんだよアンタだってそれくらい知ってるだろ」
「……」
「アンタの境遇には同情するよ。でもだからってこれ以上好き勝手されたらこっちが困るんだ。頼むから戦線を離脱してくれ」
必死に捲し立てるレインだが、クラウスは首を横に振る。
「……すまんのぅ、レイン。酷な事を言わせてしまって」
クラウスはハヤトとアイカに振り向き、
「ワシはこの部隊を抜ける。一人で奴を仕留めに行くとしよう」
「なっ……! ちっげぇよそうじゃねぇだろ!」
レインが傍に立つ松明の柱を殴りつける。降りかかる火の粉を意にも介さず叫ぶ。
「どうしてだよ。絶対勝てねぇのはアンタが一番わかってんだろ⁉ 後は俺達に任せりゃいいじゃねぇか! なんで自ら命を投げ出しに行く様な真似すんだよ! アホだぜ!」
「アホ、か。その通りじゃな。否定はせんよ」
「だったら!」
「じゃがな、ワシはもうアホな真似を二十年も続けてきたんじゃよ。それがワシの人生であり、唯一の誇りでもあるんじゃよ」
クラウスはレインの肩を叩き、微笑む。
「お主は何も間違っていない。間違っているのはワシなんじゃ。じゃがな、例え間違っていたとしても、ワシはこの道を正しく進むよ」
「……ッ」
間違っていると分かっていて、それでも譲れぬ者の為に進む。
これ以上、何かを言う事は出来なかった。
レインの肩からクラウスの手が離れる。
そのまま背中を向けてゆっくりとした足取りで去っていく。
クラウスの歩みは公園の広場を何時間もかけて散歩する老人のそれだ。決して戦場を渡り歩けるはずがない。
それでも、この傭兵は決して止まらないだろう。
一人で行かせてはいけない。行ってほしくないとさえレインは思った。
でも止まらない。
だったらどうするべきか。
(あぁ、くそ……)
レインの中で一つの答えが浮かぶ。
それと同時に、すぐ傍からひそひそと囁く声が聞こえてきた。
「見たかアイカ。あの金髪モヤシ、老人を一人で戦場にほっぽり出そうとしてますよ」
「まぁひどい。誰かさんが守ってあげれば皆で支え合えるというのに、それでも御老人を一人で行かせるのね。最近の若者の冷たい心、アイカ悲しい」
「…………」
「普段あれだけカッコつける癖に肝心な時は色々理由付けて逃げるんだなぁ」
「嫌だわそれじゃあまるで折れたモヤシみたいに情けないじゃない」
「……………………くッ」
「これだから金髪モヤシは」
「ねぇ、これだから金髪モヤシは──」
「やってやろうじゃねぇかよォ!」
我慢の限界を迎えたレインが吼える。
レインは怨めしそうな視線をハヤト達に向けながら言う。
「あぁ分かったよやればいいんだろ! どうなっても知らないからな! 爺さんもビビッてないでさっさと戻ってこいオラァ!」
突然の怒声に驚いて振り返っているクラウスを呼び戻すレインに、ハヤトとアイカは顔を見合わせて微笑む。
「全く、しょうがない奴だな」
「ふふっ。本当、素直じゃないんだから」
ハヤトがレインの肩に手を回し、アイカが笑う。
「うるせぇ二人して頭を撫でるな! あーもう、やめろやめろォ!」
何故か無性に恥ずかしくなって、レインは手足をバタバタ振り回した。
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