流星の霊獣士

黒永 夕

第一章 王道、開始

再会

「ふふふ……」

 人気の無い裏路地で、少女が微笑む。

「アハハ、ハハ……」

 つられて向かいに立つ男も微笑む。



 霊獣戦争が終わってから、二百年の時が過ぎた。相変わらず小さな紛争や事件は後を絶たないが、世界情勢からみて少しずつ平和になりつつあるようだ。

 そんなご時世に黒髪黒目のこの男──シノハラ・ハヤトはというと、人気ひとけのない裏路地で、なんとまぁ、見目麗しいお嬢様に身を寄せられ、顔をのぞき込まれていた。

 腰まで伸びる金糸の髪に、豊満とはいえないが決して小さくない胸。しなやかで綺麗な脚線美を描く足。その見事なまでに整った身体は、何処かの制服だろうか、白を基調としたブレザーと、黒と赤の生地で編まれたチェックスカートに包まれている。

 街で見かければ誰もが視線を奪われる。そんな美少女に迫られ、ハヤトの心臓は早鐘の様に激しく脈打っていた。

 しかし、それは甘酸っぱい初恋の様な、嬉し恥ずかしな鼓動ではない。


 なぜなら、ハヤトの喉元にはナイフが突きつけられているからだ。


「久しぶりね、ハヤト」

 女神の様な笑みを浮かべて、少女は揺らめくナイフをハヤトの首元へと突きつける。

「あぁ……久しぶりだな。アイカ……いや、アイカ姫」

 努めて冷静な声で言ったつもりだが、その声はどうしようもなく震えていた。

 彼女の名はアイカ・レイス・セインファルト。

 現在、ハヤト達がいるフィリア共和国のお姫様だ。

 彼女は王位継承権第三位を有する、正真正銘の王族だ。といっても、王家なんて幾つにも別れていくもので、一位の本家以外はほとんど番付の意味合いしか持たない。

 しかし、アイカが王家の姫君である事は変わりない事実だ。

 そして、そのお姫様にナイフを突きつけられているという事実も変わらない。

「三年ぶりかしら」

「そうだな。三年ぶりに会っていきなりナイフ突きつけられるとは思わなかったな」

「私もこんな形で再会するとは思ってもみなかったわ」

「そう思うならまずはそのナイフを下げようか? ダメじゃないか、お姫様が民草にナイフなんて向けたら」

 アイカの両腕を掴みながら、慎重に、刺激しない様に、ハヤト引き攣った笑みで諭す様に言う。

「えぇ、そうね。私もその通りだと思うわ」

「だ、だろ? だったら──」

「でも」

「うん?」

「貴方は特別よ」

「う、うーむ」

 何とも反応に困る待遇に、ハヤトはより一層深い苦笑いを浮かべる。

「そ、そもそも何で俺はナイフを突きつけられているんだ?」

「……何で、ですって?」

 ピクリ、と。

 終始女神の様な笑みを浮かべていたアイカの眉が、動いた。

 それは亀裂の様にアイカの笑顔を崩壊させ、眉間に深い、ふかーい怒りを生み出す。

「そう、わからないの…………」

 ガクリ、とアイカは落胆した様に肩を落として俯くと、ゆっくりとした動作で一歩下がり、

「分からないのなら、教えてあげるわよ……」

 アイカは首に下げていた紐を掴み、服の下に隠れていたブローチを取り出す。

 赤い結晶が埋め込まれたそのブローチを握りしめ、


獣武展開ビーストアウト‼」


 声高らかに告げる。

 途端、紅いブローチが眩い光を放ち出した。

 純白の粒子がアイカの周囲に溢れ出し、頭上で収束する。

「な……」

 驚きに目を見張るハヤトの前で、収束した粒子が形を変える。


 光り輝く、白馬の姿へと。


「白馬の霊獣──び、霊獣士ビースティア⁉」

 驚愕するハヤトの前で、アイカは無造作に右手を掲げると、誘われる様に頭上の白馬が再び光の粒子となってその手に集まる。

 今一度眩しい閃光が辺りを白く染めた後、アイカの手には一本の白杖が握られていた。白杖の上部に付いた赤い珠が見事な光沢を放っている。

「……落ち着けアイカ。もはや俺すら叫びたいぐらいだが、とにかく落ち着くんだ」

 必死なハヤトの言葉に耳を貸す様子もなく、アイカは両手で杖を握りしめ、ゆっくり、ゆっっっっっくりと頭上に振りかぶる。

「今から三年前、手紙一つ残して突然姿を消したりして? 手紙の内容も『暫くベルニカと修行に行ってくる。必ず帰る』って文字だけでどこに行ったかも、いつ帰ってくるのかも分からず今の今まで安否も知らされずに不安と不満を募らせていた、この……このぉ……」

 ブルブルと震えるアイカの全身が、加速度的にその震度を増していく。

「ッ⁉」

 そこでハヤトは思い出す。

 幼い頃から怒りが限界を迎えた時に起こす、彼女の悪い癖を。

「落ち着けアイカ! いくら人気の無い路地だからって、それはマズ──ッ!」

 ハヤトの制止の声は、怒り心頭振り切れ状態のアイカに届くことはなかった。

 彼女は大きく息を吸い込み、腹の底から吐き出す様に言い放つ。


婚約者フィアンセの気持ちがわからないの、このバカァァァァァァっ‼」


「よせって! やめっ! おわぁぁぁぁぁぁ‼」

 絶対に聞かれてはならない事を口走りながら、振り上げていた杖を勢いよく下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る